第16話 デート


 デートの待ち合わせに少し早くついていた俺は、相手が到着するまでどうやったら那月を死なせずに済むか、改めて考えていた。




 那月の様子を見守るために、彼女の傍に付きっきりでいられれば一番良いのかもしれないが、それには問題がある。


 まず前提として、那月は受験生のため、当然受験勉強で忙しい。


 あまり彼女にまとわりついて、これまである程度作り上げた信頼関係を損なうのは、上策ではない。




 そしてもう一つが致命的なのだが……。


 もしも、犯人が今宵であり、その動機が『嫉妬』であったなら。


 那月とずっと一緒に行動をした場合、その嫉妬心は2周目をはるかに上回ることが予想できる。


 そうなれば、2周目とは違うタイミングで、2周目よりも苛烈な悪意を、那月にぶつける可能性がある。




 文化祭に問題が起こるという前提そのものがなくなれば、この3週目での対処は困難になる。


 可能な限り、今宵の嫉妬心が那月に向かないように立ち回る必要がある。


 いや、そもそも論だが、今宵が那月へ嫉妬心を抱かなければ理想的だ。




 ――だからと言って、今宵とは既に『受験が終わるまでは付き合わない』という約束を交わしていた。その間は、必要以上に一緒にはいられない。


 無理やりにでも説得すれば、彼女との約束を反故にし、付き合い、行動を共にすることはできるだろうが、そうすると当然、俺は今宵から束縛され、自由に行動できなくなる。


 問題が起こるかもしれない文化祭も、今宵に付き合わないといけなくなる。


 その場合、もしも那月に嫌がらせをした犯人が今宵ではなく伊織であれば、全く対応が出来ない。




 今宵の嫉妬心を、那月から逸らせること。


 そして、伊織の様子を確認できるポジションを確保すること。


 この両立をするために、これからの行動指針を決定した。




 それは、今宵の嫉妬心を那月から伊織へ向けさせることだ。




 と、いうわけで――。




「あっきー、お待たせ―!」




「俺も今着いたところだ」




 俺は伊織をデートに誘ったのだ。


 今いる待ち合わせ場所は、自宅の最寄駅から電車で40分程度の市内の駅。


 あの田舎町に比べて、遊ぶ場所ならいくらでもあった。




「いきなり電話来たからさー、びっくりしたんだけど」




「今度暇な日にデートしようって、先に誘ってきたのは伊織だったろ?」




 俺が言うと、「それさー」と、楽しそうな表情で前置きをしてから、




「ダメ元で言っててさー、マジで誘われるとは思ってなかったから!」




 それから、続けて伊織は言う、




「それで、何するかまだ決まってないけど、何する?」




 伊織の言葉に、俺は答える。




「とりあえず、昼ご飯食べに行かない?」




「ん、オッケー。ご飯食べながら話そっか」




 それから、俺と伊織は駅近くのファミレスに入る。


 昼時のため、それなりに混んではいたが、待たされることなく席に案内された。




 その後、注文の品を食べ終え、飲み物を口にしながら、俺は伊織に問いかける。




「そういえば、課題持ってきてくれたか?」




「うん、無くしたからコピーさせてってやつでしょ?」




 伊織はそう言って、カバンの中から俺が持ってきてほしいと頼んでいた課題を取り出した。


 予想通り、それは白紙のままだった。




「お願いしておいてなんだけど、本当に、全く手を付けてないんだな」




「ほら、トワって『愛されおバカキャラ』じゃん? イメージを守る努力をしてるんですよこう見えてさ?」




 自称『愛されおバカキャラ』のバカが、恥ずかしげもなくそう言った。


 俺は嘆息しつつ、彼女に言う。




「でも、課題一つもやってなかったら、2学期始まってから面倒だろ?」




「そうかもしれないけどさー、やる気もないし、分かんないし。ま、いっかな―って」




「それなら、俺が課題を手伝ってやるよ」




「え、マジ!? ありがとーあっきー、助かるよー!」




 可愛らしく笑みを浮かべて、伊織は言った。


 それがなんだか微笑ましくて、俺は笑う。




「それじゃあ、早速」




 俺は店員さんを呼び止め、テーブル上の皿を下げてもらった。


 それから、持ってきていた筆記用具を取り出す。


 そして、伊織にシャープペンを渡す。




「トワが使ってるのとおんなじシャーペンだー」




 素直に受け取った伊織に課題を広げさせる。




「ちなみに、伊織って実際どのくらいの馬鹿なの?」




「……おバカとはいえ、トワはやればできる子だからなー」




 たはー、と手のひらで額を抑えた伊織に、俺は言う。




「じゃあ、自分で出来るところまで、課題を解いてくれる?」




 俺の言葉に、伊織は「へんっ!」と鼻を指先で擦ってから、課題を解き始めた。


 そして……。




「やっぱり無理―!」




 伊織はうんうんと唸った後、シャーペンを机の上に放り出した。


 課題を確認してみると、驚いたことに俺が思っていたよりも、ずっとマシな状態だった。


 基礎的な部分は意外としっかりしている。ただ、応用的な問題が少しでも入ると、混乱してしまうらしい。




「この問題は――」




 俺は伊織のつまずいた問題を、一つ一つ解説する。


 伊織に勉強を教えるのは、驚くほどやりやすかった。


 説明が理解できていれば、彼女はわかりやすい笑顔になって、




「なるほど、あっきー天才じゃん! 先生よりわかりやすいよ!」




 とほめてくれるし、説明が分かりづらかったら、




「……うん、分かったかも」




 と、全然ぴんときていない様子で呟く。


 そんなときは、どこから理解できていなかったのかを彼女の表情から探り、もう一度説明すると、




「なるほど、あっきー天才(以下略)」




 と、理解をしてくれる。


 うちの高校に入るだけの学力はあるので、地頭が悪いわけではない。


 面白いほど理解してくれるので、彼女に説明をしながら課題をサクサクと進めていき――。




「え、ちょっと待って!? もう外暗いんだけど!」




 昼からほとんど休憩なしで勉強を続けていたが、気付けばもう遅い時間になっていたらしい。




「それだけ集中してたってことだろ、良いことだな」




「デートは!?」




「また今度な」




 俺がそう言うと、荒ぶる伊織はやや落ち着きを取り戻し、




「……それなら、まぁ。いっか」




 と、はにかんで笑った。


 俺たちは机の上に広がっていた勉強道具を片付けて、席を立つ。


 会計を済ませてから店を出たところで、伊織に聞かれる。




「あれ、そういえば課題のコピーまだとってないよね? トワ、結構書き込んじゃったんだけど……」




 今さらながら、彼女は気づいたようだ。


 自分のミスでもないのに、心から申し訳なさそうにしていて、俺は心苦しくなる。




「大丈夫だ。課題無くしたのって、嘘だから」




 俺の言葉に、伊織はキョトンとした表情を浮かべる。




「え? それって……」




 そう言ってから、ハッとした表情を浮かべる。




「トワをデートに誘う口実が欲しかったわけだ、あっきーてば可愛いとこあるじゃーん?」




 にやにやとしている伊織に、俺は苦笑しつつ「そういうことだ」と答える。


 すると、「もう」と呟いてから、




「あんまりカッコつけないでよね、お節介さん?」




 と、伊織は言った。


 流石に、最初から俺が伊織の課題を手伝うことが目的だったと、気が付いたらしい。




「そういえば、伊織の最寄り駅ってどこ?」




「あ、電車乗らない。トワ今、この近くでお姉ちゃんと一緒に住んでるから」




「え、そうなの?」




「うん、実家よりも、お姉ちゃんの部屋の方が、学校近いから」




 それは、これまで知らなかった。




「そうなんだ。……一応、送っていこうか?」




「大丈夫、ホントにこっから近いからさ。あっきーこそ気を付けて、バイバイ!」




「おう、それじゃあまたな」




 彼女は大きく俺に手を振って、駅とは逆方向に立ち去った。


 俺も、彼女に手を振って応えた。







 電車に揺られながら、俺は考える。




 伊織の性根は優しい。


 なのに、那月をいじめていたのはなぜなのか?




 俺は、その理由が知りたいと思った。

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