第2章 花火

第6話 過去或いは未来の話

「あたし、暁のことずっと……好きだったんだよ」




 俺は今、夢を見ていた。


 過去に戻る、前のこと。


 高校時代の同級生との同窓会、俺は大人になって……一際綺麗になった今宵と、話をしている。




「でもさ、暁は全然私の気持ちに気が付かないんだもん」




 今宵はそう言って、寂しそうな表情を浮かべた。




「俺も、今宵のことが好きだったよ」




「じゃああたしたち、両思いだったんだね」




 今宵はそう呟いて、自らの手に視線を落とした。


 細くしなやかな彼女の左手の薬指に嵌められているモノ・・を見て、俺は自分の気持ちを伝えるのが遅すぎたのだと、ようやく実感した。




 今宵の中で、俺への想いは既に、青春時代の思い出になっているのだろう。


 では、俺はどうだろうか?


 彼女への想いは――深く暗く沈む、胸を締め付けられるこの想いは。


 果たしてただの『青春時代の甘酸っぱい思い出』となって、風化したものなのだろうか……?




 俺と、今宵の間には今、沈黙が訪れていた。




 そのせいか、周囲で明るく思い出話に花を咲かせる旧クラスメイト達の声が、嫌に鮮明に耳に届く。




「――そういえば、トワってさ、今日来れないんだっけ?」




「あれ、あんた知らない? あの子詐欺だか窃盗だかで逮捕されて、今刑務所だから」




「うわ、マジ!? ショック……でもないか。いつか私はやると思ってました。馬鹿だったしね、あの子」




「インタビュー風コメントやめなって! ショックと言えば、現国の熱田先生覚えてる?」




「えーと……クニオくんだったよね? 何、クニオくんも捕まったの?」




「そうそう、そのクニオくんさー。ちょっと前に結婚したんだけど、相手があたしらの一個下の、当時の女バレ副キャプテンらしいんだよね。しかも、彼女が一年生の頃から、周囲にバレないように付き合ってたらしいよ」




「うっわ、マジで!? いや、クニオくん若くて顔も良かったから人気あったけどさー……ロリコンだったかぁー」




「結婚までした純愛だから、単なるロリコンとは違うと思うけどね、まぁまぁショックだよねー」




「他になんかそういう話、仕入れてないの?」




「他かぁー、うーん……」




 雑音から意識を逸らして、俺は今宵を見る。


 全てが手遅れだったとしても。


 このまま、今宵との会話を終わらせたくはなかった。




「……今宵は今、幸せ?」




 俺は、彼女の左手から視線を逸らしながら、そう問いかける。




「うん、幸せだよ」




 今宵は、俺の問いかけにすぐに答えた。


 その表情は、少しだけ寂しそうだったが……それ以上に、本当に幸せそうだった。




「そうか、それなら良かった。……無責任な言葉だけど、今宵には幸せになってもらいたいから」




 その言葉とは裏腹に、俺の胸の内には暗い劣等感が宿っていた。


 出来ることなら今宵とは、お互いに幸せを分かち合える関係になりたかった……。




「ありがとう。……暁もさ、ちゃんと幸せになりなよ?」




 目を細め、今宵は優しくそう言った。


 それから、俺の頭を撫で、髪の毛をくしゃくしゃにしてから、席を立った。


 彼女の背に、俺は声を掛けることができなかった。




 今思えば、今宵と言葉を交わすのが最後になると、この時既に予感していたと思う。


 俺は、炭酸が抜け、氷も解けてすっかり薄くなったハイボールを口にして――。




『もし、高校生のあの頃に戻れたら。暁はどうする?』




 突然、俺の前に高校時代の今宵が現れ、そう問いかけてきた。


 驚くものの……これは夢なのだ。不思議なことは、何もない。




「ずっと好きだったって、俺は今宵にそう伝えるよ」




 俺は苦笑を浮かべ、高校生の今宵にそう伝える。




『そう……』




 今宵は憂いを帯びた眼差しを俺に向け、そう呟いた。




「でも、ごめんね」




 そう言って今宵は表情を急変させ……嘲笑を浮かべる。


 そして、ケラケラと馬鹿にしたように笑いながら、




『あたしのことが好き? はぁ、意味わかんないんだけど。付き合うわけな




 ジリリリリリリリリリリリリ!




 騒々しい音が耳に届き、俺は半ば強制的に目を覚ました。


 それから枕元に置いてある目覚まし時計を操作し、アラームを切る。


 安眠している普段であればこの音色を忌々しく思うところだが、今日に限っては助けられたと思う。




「なんつー悪夢だよ……」




 今しがた見た夢を思い出しながら、俺は大きくため息を吐いてから呟く。


 その悪夢を……俺は今も見続けている。




 タイムリープをして過去の世界に戻ったことで、俺は今宵に告白をすることができた。


 そして、今宵に対する、『呪い』のような『想い』に決着をつけることができた。


 ――その代償として、この二周目の人生を生きることになったのだ。




 割に合わない……とは思わない。


 もしもあの世界で俺が生き続けていたとすれば、きっと死ぬまでわだかまりを抱えたままだったろう。それは――あまりにも価値のない人生だったに違いない。


 そのわだかまりがなくなったことで、今度は生きる意味すら見失ってしまったのは……皮肉というほかないのだが。




 しかし、この二周目の人生にも、終わりが見えてきたのが救いだった。




 ――那月未来。




 未来の世界では既に死んでいた彼女と、俺は共に死ぬことを約束した。


 一人では死ぬことができない俺でも、彼女と一緒になら死ぬことができるはずだから。




 那月のことが語られていなかったか、俺は同窓会のことを思い出した。


 10年近い年月は、少なからず人を変えていた。


 だが、外見も、内面も変わったとしても……思い出は変わらず、色あせることはない。




 それ故に。


 誰とも友情を育むことがなく、思い出を共有することができなかった那月は――。


 当然のように、誰もが彼女のことを語りはしなかった。




 だからせめて、と俺は思う。




 この世界では、心中した俺たちのことを、誰かが後に語ってくれれば良いのにな、と。

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