第274話 託された謎の粉末【エリアside】

 ――はあ。

 こんなことをしていったい何の意味があるんでしょうか。


 リエンカ家の新入りハルト・リエンカに渡された粉末を見ながら、ついついため息が漏れてしまう。

 粉末は僅かに黄緑色に光っていて、日中はともかく夜ともなればすぐに見つかってしまうだろう。


 ――誰にも見つからないように遂行するためには、私の部屋の壁に振りかけるのがいいのでしょうけど。

 正直、こんなわけの分からないもので部屋の壁を汚したくはないんですよね……。


 とはいえ、これは私の策の甘さと不甲斐なさが招いた事件。

 リエンカ家に多大な迷惑をかけている以上、せめて私だけでも誠意を尽くさなくてはならない。


 部屋の掃除は天使が毎日行なっているけれど、天使の目を欺くくらいは容易い。

 父上や母上、弟たちが勝手に部屋に入ることは考えにくいし、数日くらいなら何とかなる。はず。


 ――はあ。仕方がないですね。

 本棚の裏ならば気づかれることもないでしょう。


 私は本棚と壁の隙間に、ハルトから渡された粉末を振りかける。

 本棚は扉と反対側の位置にあり、入ってすぐに裏が見えるということもない。

 試しにカーテンを閉めて灯りを消し、真っ暗にしてみたけれど。

 そこまで目立つ光ではなく、気づかれることもなさそうだ。


 ――でもまあ、一応。


 万が一にも天使に気づかれないよう、念には念をということで情報隠蔽用の神術を展開する。

 弟たちくらいまでなら、欺けるはず。たぶん。


 ――私にここまでさせておいて、何にもならなかったら怒りますからねまったく。


 本当に、フィーネ嬢もリエンカ夫人もバース様も、あのハルトという男の何がそんなにいいのか。

 でも、リエンカ家全員があれだけ認めるということは、何らかの能力を隠し持っているはず。

 多少神力が高いくらいでは、恐らくそこまで執着しないだろう。


 ――何より。

 フィーネ嬢があれだけご執心というのは、何というか少し傷つきますね……。

 私は幼少期から家同士の付き合いもあって、積極的に声をかけてきたにも関わらず見向きもされなかったのに。

 まさかあんなぽっと出の転生者に奪われるなんて。


 やっぱり、恋愛感情というのはそれだけ大きなものなのだろうか?

 自分には縁のない、創られた者特有の感情。

 それに触れたことで、神族であるフィーネにもその感情が芽生えた、と。

 まあ、神族の中にもごく稀にそうした感情を抱く者がいると聞きはするけれど。


 でも少なくとも、自分はフィーネからそうした感情を感じたことは一度もない。

 私との婚姻は、リエンカ家としても大きなメリットがあるはずなのに。

 恋愛感情とは不思議なものだ。


 ――はあ。

 私はこれからどうなっていくんでしょうね。

 フィーネ嬢との結婚という目標も破たんして、父上を敵にまわすようなことに手を貸して。


 今からでも寝返って父上に情報を渡せば、評価は得られるかもしれない。

 でも――もしもそれをしてしまったら、そして万が一どこかで話が漏れたら。

 スペース家の信頼は地に落ちるだろう。

 信頼と信仰が力に直結するこの世界で、領域を抱える名門神族としてそんなことは絶対に許されない。


 ――今なら、フィーネ嬢の「普通の家庭に生まれたかった」という気持ち、分からなくもない気がします。

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