第5話
この吹雪のなか、茶器を買いに行く気にはなれなかった。
どうしよう、明日は吹雪ではないはず。焦るな、お菓子の賞味期限も明日だし、今日じゃなくてもいいんだ。明日まで待ってみよう。
とりあえず落ち着くために、写真投稿サイトを開く。愉しい写真を見たら気分が晴れるかもしれない。
友達のごはんの写真や、どこかの庭園の写真がアップされていた。日本庭園といえば、和菓子とお茶じゃないか。なんてタイムリー。
よし、明日茶器を買うぞ。ちょうどボーナスが入ったばかりだし。
そう決意したら、見覚えのある和菓子の写真が投稿されていた。みかんの形の練り切りと、ピンクのグラデーションの花の練り切りが。
お姉ちゃんだ。私があげた和菓子を写真投稿サイトにアップしている。
―妹からもらいました。綺麗で食べるのがもったいないです―
お姉ちゃんはそんなコメントを添えていた。うそーん。先を越された……。私があげた和菓子を、先にアップされた。
いや、私からお姉ちゃんにあげたんだから。それをお姉ちゃんが投稿しようと勝手じゃないか。
頭では分かっているけれども、感情の処理が追いつかない。行き場のない
「むむっ、わー!」
私は一人で顔をしかめて、腕を伸ばして上を向いて叫んだ。怒りを放出する。
「むきー!」
一人で地団駄を踏む。手足を思い切り振り回して、よく分からないダンスの振り付けみたいな動きをする。
ふぅ。一人で叫んで踊ったら少しさっぱりした。
「こうなったらもう、食べるしかない」
このまま黙っていることは出来ない。幸いなことに、ティーポット自体は亀裂があるが、中の茶こしは無事だ。
少し大きい深皿に、茶葉の入った茶こしを入れる。茶こしを箸で押さえたままお湯を注ぐ。平たい丸皿をかぶせて、そのまま少し待つ。
キッチンタイマーで一分セットする。
一分後、いつものマグカップに緑茶を注ぐ。
お菓子を用意しようとしたとき、お皿を洗っていないことに気づく。茶器が割れたショックで放置していた。
まぁいいや。いつも使っている縦長のお皿に和菓子を載せる。名前の分からない、ぐるぐるした模様が描かれているお皿。実家から持ってきたものだ。
和菓子用のようじがないことに気づく。まぁいいや、フォークで。
うーん、とても映えない。マグカップに入った緑茶。よく分からないお皿に載った和菓子、フォーク添え。いいんだ、美味しく食べることが目的なんだから。
「いただきます」
どちらから食べようか。みかんは味が濃そうなので、寒牡丹にフォークを入れる。
練り切りは不思議なお菓子だ。弾力がありそうに見えるのだけれども、触れるとすぐに跡がつく。迷いがあるとどんどん形が崩れる気がして、一気に切る。
スッとフォークが下りる。中にあんこが入っている。破片を口に入れる。確かに、どこかもちもちはしているのだけれども、あてはまる食感が見つからない。なんとなくさっぱりしたくて緑茶を飲む。
「ぬるい……」
元々熱湯では淹れなかったとはいえ、ここまで冷めるのは追い打ちじゃないか。しかもマグカップに入れたからたくさんある。ぬるいお茶というのもなかなかのパワーワードだと思う。
気を取り直して和菓子を食べる。欠けた寒牡丹の練り切りをさらに切る。丸みを帯びていた寒牡丹は、カップケーキのような形になった。
切った破片を口に入れる。確信に変わる。味がしない。先ほどもそうだった。ねちねちとした食感はあるものの、甘みが感じられなかった。そう、もちもちというよりは、ねちねちとしている。
私が抱いている和菓子のイメージは、甘い。それを緑茶でさっぱりさせるのが一種の
いつもの写真投稿サイトで、このケーキ屋さんの名前で検索をかける。
「甘さ控えめ」
「いくつでも食べられちゃう」
「甘党の私には物足りないかな」
そんなコメントが並んでいた。そうか、甘さ控えめなのか……。
ケーキの甘さ控えめは好きだ。ここのケーキを食べてみたい。
ああ、前回、和菓子を買っていたのだから食べておけばよかった。そうすれば今日は美味しくケーキを食べられたかもしれない。後悔が襲ってくる。いや、どのみち茶器を割っていたから半減するか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます