「アカウントを盗られたもう1人の被害者」

 家に帰っても道草の色が頭から離れなかった。仕方ないじゃないか。これまで色んな人の感情を色で見てきたけど、あの色は滅多に見れない色なんだから。


 ただ、濃藍が指し示す感情は恐怖であること。その先にある何かまではわからなかったけど、僕の言葉からなったと推測するのならば、道草はフィクロを知っていて何かあったと考えられる。


 今の僕が知ったところでなんにもならない。でも話は聞いた方がいい気がして翌日の昼休みに道草を捕まえることにした。


「珍しいね誠から話しかけてくるなんて」


「ちょっと聞きたいことがあって」


「いやだ☆」


 まだ要件すら言ってないのに拒否された。てへって可愛らしい動作をしてるけど、こいつは男。見た目は爽やかで可愛らしいけど男だ。自分でもそれが武器であると知っているからなんだろうけど、それを無視して話を強引につなげる。


「屋上で飯食わない?」


「あ、なんだそれならいいよ。てっきり昨日のことかと」


「昨日のこと? 僕は普通に君と食べたいだけなんだけど」


 聞きたいことはそっちがメインなのは確か。ただ昨日の反応を見ているから、なるべく人気のないところでと思って誘ったものの、勘の鋭さに背中が一気に冷えた気がした。


 正直嘘は付きたくないけど、情報を知る為ならやむを得ず少し誤魔化してから屋上へと向かった。


 屋上はフェンスがあるからいつでもだれでも来ることができる。人が少ないのはわざわざ屋上に行ってまで食べるのがめんどくさいとか、高所恐怖症とかもろもろの理由があるらしい。聞いた話だから本当のところはわからないけど、実際貸し切り状態だから間違ってはいないのだろう。


 しっかりお腹を満たしたのち、本題を話す。


「道草、昨日僕がゲームのタイトル言った途端に表情固まってたけど、知ってるの?」


「あー、トイレ行きたいから失礼するわ」


 案の定、本来の目的を話すと目を合わせようとはせず、逃げようと試みていた。見える色が嘘をついて申し訳なさの繊細な水色。こういう時に限って僕の能力って便利だとつくづく思う。


「嘘だよね、どうして逃げるの?」


「い、いや、本当にトイレに……はぁ、わかった話せばいいんだろ? というか掴まないで痛い」


 どうしても逃げようとするから腕を掴んで引き留める。どことなく男のわりには細く感じたけど直ぐに離され痛そうにしていた。そんなに強く掴んでないけど、今はそれよりも知りたい情報があるからそっちを優先に問いただす。


「フィクロ、知ってるんだよね」


「知ってるよ。プレイヤーだったし」


「だった?」


「うん」


 前まではプレイヤー。つまりはやめた理由があるということ。いやゲームだからやめる理由なんて人それぞれだけど、先輩に関する何かを知っている可能性もある。僕も辞めた身とはいえデータを盗られた事件は放っておけない。


「なんで辞めたのか聞いても?」


「その前にオレからも一つ。君はどっち側だ?」


「というと……?」


「いや知らないならいいかな。えっと、辞めた理由は奪われたんだよ。アカウントを」


 ん? 今アカウントを盗られたって言った? もしかして先輩と同じ被害者……?


「盗られた?」


「上位の人が襲われて奪われるんだ。ただ架空世界だし一瞬だから誰かもわからない。唯一オレが知ってるのはそれをやる奴はチートを使ってること。痛覚のレベルを弄ってくるからな……思い出すだけできつい」


「痛覚のレベルを……?」


「ああ、普通にプレイしてるだけじゃあ変更なんて出来やしない隠れステータスだ。それを最大にしていたぶってくる。……正直あんなのもう嫌」


 道草がフィクロを聞いて固まっていたのは、トラウマのせいで間違いない。昨日も見た恐怖の濃藍が物語っていて、その先にあるのが嫌な思い出を思い出したくない、嫌な感情赤色が混じった黒であると容易に推測できる。


 ただ、問題は痛覚レベルを上げられて襲ってくること。嘘は付いていないから本当であるのはわかるけど、そうなると先輩も大変な思いをしているのは間違いない。きっと普通なら道草のようにトラウマになってもおかしくないし、今後同じことが起きうるかもしてないのに、それでも取り返したいのはなんでだろうか。


 求めてる答えは一切出るわけがなくて小さく息を吐くとふと、道草が言っていた言葉を思い出した。


「そうだ、さっき言ってたどっち側って言うのは?」

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