「何かを隠す濃い藍色」

「それで、結局どうなったんだよ」


「なんで聞いてくるの……」


 教室に戻るや、道草がにやけながら聞いてくる。殆ど彼とは話したことはないのに凄い距離間で正直嫌になる。それでもこうして話すのは、純粋にいい人であることを知っているから。


 彼は嘘をつくことがない正直者。色も明るめの色が多くて、猫を被っているような嫌な色は見たことがない。もちろん落ち込んでいる時や、ミスをしたときは多少もやがかかっているのは見たことあるし、自分の気持ちに素直。


 それに一方的に僕と友人関係だと思っているようで、なんか申し訳ないのも話す理由だ。まあ僕からは一切話しかけないけど。


「まあ言いたくないなら言わなくていい。あの先輩を振ったなんて知られたくないだろうし」


「僕は先輩の恋人じゃないし、告白されてもいない。話はすぐ終わったし誤解を招くようなことを言わないでね」


「じゃあそういうことにしておくわ」


「えぇ……」


 道草の意味深な言葉に、思わず呆れの声が出たものの聞いていないとばかりに彼はその場から立ち去った。


 というか、勝手に勘違いしているみたいだけれど、僕は断じてあんな先輩を好きになるわけがない。確かに学校の中では上位に入る程可愛いとは思う。でも、外見だけで判断したら後悔するのが先輩だ。


 仮にも誰かが先輩とくっついたとして、僕のように彼女のことを知っていなければ痛い目を見るだろう。特にあんなにもゲームのことで頭がいっぱいなのだから眼中にないとかなんとか言われてしまうだろう。


 まあそこまでではないとは思うが、支えれる人は限られているのは事実だ。


――もう関係ないから、別にどうしようが構わないけど。


 妙な胸の痛みがさっきからあるけど、きっとストレス。そう思い込んで痛みをため息ともに吐き捨てる。


 午後の授業が終わると、いつものように僕は一人で下校するべく直ぐに席を立った。


「おう誠、一緒に帰ろーぜ」


 今まで誘おうともしてこなかった道草が僕を見つけて声をかけてくる。どういう風の吹き回しだと疑って信頼の緑色を睨みつけてると、ふと先輩と接触するのを回避できるいい口実になることに気づいて、珍しく道草と帰路を共にした。


 ゲーセンには寄れないのが残念だが、それでも一度距離を置きたい相手から離れることができるから良しとしよう。


「にしても、どういう風の吹き回し? 今まで誘おうとしなかったのに」


「誠直ぐ帰るからな、誘おうと思ってもいないんだよ」


「別にいいだろ、僕はあんまり人とは関わりたくないし」


「だから話しかけんなオーラ出してるのか―。でもな、オレには無意味だ。癖みたいなものでお前みたいな奴ほど声をかけたくなるんでな」


「直ちにその癖を直したほうがいいと思うが」


「はっはっは。嫌だね」


 わざとらしい笑いから一変して真顔で否定してくる道草。でも楽しい感情が表すオレンジが横目でも見えるから本気で言っているわけではないだろう。そもそも癖はすぐ直るものではないし、個性でもあるのだから僕の個人的な理由で帰る必要もないし、放っておいても問題はない。


 こうして他人と一緒に帰るなど久々だったものの、道草のフランクなやり取りに緊張はなかった。変に気を使わなくていいという気楽さに自然と口角がひきつっているのが自分でもわかる。


「漸く笑ったー」


「別に僕だって笑う時は笑うんだけど」


「いや、今日の話な。先輩と話してからずっと暗い顔してたし。なんかあったの丸わかりだったからね。でもオレが心配しても解決はしないし。だったらせめて話聞いたり、忘れれるように楽しくしてやればいいかなとね」


 だから戻ってきたときさりげなく聞いてきては、こっちが話すつもりがないとわかったら離れたのか。変に気を使って心配されるより、そのほうがいいとわかってて。


――僕と違って道草は人のことちゃんと考えて話してるんだな……


「あんまり人には言えないことがあるんだ。でも断じて色恋沙汰とかじゃない。強いて言うならゲームのことで喧嘩してるってだけだから」


「ゲーム!? あの先輩ゲームやるんだ!?」


「やるね。フィギュア・クロニクル・オンラインっていう、フィギュアを使って遊ぶゲーム」


 隠すことでもないから、どんなゲームかと聞かれる前にタイトルを言うとぴたりと道草の歩みが止まった。


「道草……?」


「あ、ごめん何でもない」


 振り返ると、道草は眉を下げて困ったような表情を浮かべていた。今まで楽し気に話しては笑顔が絶えなかったのに、急に現れたその表情に思わず心臓が止まりかける。


 何かを隠しているのは見え見えだが、緑色だった感情の色が一気に深い海に放り投げられたような深い藍、濃藍こいあいが何かを隠すように染まっていた。

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