ファースト・コミュニケーション(於母鹿毛島海岸)
リヤカーに乗せられて翻訳機が浜に到着した。
大人三人がかりでなければ持ち上げられないほど大きな装置だ。
長いこと埃をかぶっていたようで、キーンという
しかし地球外文明言語の翻訳機は太陽系内には、まだ十台もない代物のはずだ。
「その貴重な翻訳機がどうして僕の家にあるんだよ?」
ダイヤルやらキーやらをマニュアル片手に操作する海人に聞いてみた。
「昔、通販で買ったんだ。かさばるのであまり使えなくてな」
『そういうことを聞いたんじゃない』とか、『何で通販で買えるんだ』とか、弾太郎はつっこみたかった。
だが、無駄な気がしてやめた。
「よし、これで作動する……はずなんだが。ルキィさん、何か喋ってくれんかね」
額の汗をぬぐいつつ、海人は顔を真上に向けて頼んだ。
グォッ!ギャオオオッ!グギャギャガァーッ。
翻訳機がガクン、ガクンと壊れかけの洗濯機みたいに揺れた。
少し遅れて無駄に馬鹿でかいスピーカーから『声』が流れてきた。
『あ、はい!初めまして、ダンタロさん。私、ルキィ!ルキィ・マーキシマスと申しますッ!』
翻訳された声は人間の女の子のものだった。
それも雑音混じりではあったが実に可愛らしい声だ。
『アンタレスだい、だい、第五惑星出身!銀河パトロール本部より、地球……派出所に、配属されましたぁッ。年齢は地球人換算で十七歳。特技は穴掘り!三級宇宙船舶運転免許と二級通信士資格あり。それから格闘技はマスター資格持ってます。誠心誠意、粉骨砕身、一球入魂で頑張らせていただきますッ!』
緊張しているのかところどころ、つまったりつっかえたりしているが、気合の入ったいい挨拶である……人間ならば。
ノコギリみたいな牙がならぶ口から発せられた言葉としては、不似合いを通り越して奇怪になっている。
「うむ、では弾太郎。お前も挨拶しなさい」
「いやだ」
一瞬の間も置かずに息子に拒否されて、海人はちょっと面食らっているようだ。
「…………なんだと?」
「いやだって言ったんだよ。僕は宇宙からきた怪獣撃退する防衛警察官だよ。それが怪獣と組むなんて変だよ」
弾太郎の言い分に海人はちょっとだけ考えた。
困ったように悩むように顔をしかめて、それから頑固な息子を諭してみる。
「お前の言い分はわかるが、防衛警察の仕事は怪獣退治ではない。恒星間犯罪の抑止だろう」
「地球を守るのは地球人の仕事なんだ。異星人っていうか怪獣だけど!手は借りたくないよ」
「野球やサッカーだって外人選手の導入は当たり前ではないか」
「外人と宇宙怪獣じゃ大違いだろ。大体、安全を脅かしているのも宇宙からきた連中じゃないか」
一応、もっともな事を言ってるから始末が悪い。
それでも何とか説得しようと海人は根気強く説得を続けた。
「しかしなー、地球側の装備人員だけでは、増加する一方の星間犯罪者に対抗できんのは知っているのだろう」
「それでも僕は断ります!他をあたってください」
グワァォォッ『そんなぁ、困りますぅ』
恐ろしい咆哮と同時に、なんとも情けない声がスピーカーから流れてきた。
見上げると、赤い瞳がこちらを見下ろしている。
ガアアッ、グガガァッ『この星の方と契約できないと私、銀パトを解雇されちゃいます』
「知るもんかッ!」
さっきまでの恐怖と圧迫感も忘れて弾太郎が怒鳴り返す。
と今度は大怪獣ルキィのほうが怯えるように後ずさりする。
唸り声までちょっぴり気弱になった。
ガ、ガォ……『そ、そんな恐い顔しなくても……』
「怪獣に恐い顔、なんて言われたくない」
グガッ?ギャォォォッ!『あー?それって偏見です!差別です!』
「やかましい、とにかく僕は契約なんかする気はないから。すぐにアンタレスに帰ってくれ」
たっぷり十秒ほどの沈黙、見下ろす真紅の巨大な瞳と睨み返す青年の瞳。
息詰る睨み合いの果てに……
ガァオゥゥゥ―――ッ!
天地を揺るがす大咆哮。
後ろ足が大地を蹴飛ばすたびに島は地震に襲われ、尻尾が海面を叩くと高波が埠頭を洗った。
「うわぉっ?お、怒らせたか」
足元の砂地がさざなみのように波打ち、バランスを崩して転びかける弾太郎の耳に翻訳された雄叫びが届く。
『ひどいです。あんまりです!地球の人は優しいって父さんに聞いてたのにぃ』
怒りの雄叫びではなかったようだ。
冷淡な態度に傷ついた乙女の涙の訴えだったらしい。
『この就職難の宇宙で着任即日免職だなんて鬼みたいです』
「就職難なのか?今の銀河系って」
銀河系にも不況ってあるのだろうか?
弾太郎の脳裏に職業安定所前にずらりと並ぶ怪獣の姿が浮かんだ。
その問いに、訊かれてもいない海人がしゃしゃり出て答えた。
「うむ、確かに戦士系巨大生命体の就職は難しいのだ。特に彼女はC級戦士とはいえ実戦経験なしだからね」
「なんなんだよ、そのC級っていうのは。怪獣にもAとかCとかランクがあるの?」
「ああ、その通り。ランク制なのだ」
海人は腕組みをして説明を始めた。
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