第9話
住むところは確保できた。
知幸に、折半している金額を聞いてぴっくりしたけれど、一人暮らしをした時の家賃や光熱費を考えたら、トントンだろう。
両親にルームシェアのことを話すと、なんと隆之介のことを知っていた。
当たり前といえば当たり前だけれど、自分だけ知らなかったことが面白くない。のけ者にされたようで悔しかった。
それに、一度だけ知幸が帰省した時に挨拶に来たというので、驚いた。
「オレ、会った?」と、聞くと、
「友達と遊びに行っていなかったわよ」だそうだ。
「ほら、キャンプ行って、なぜだか山で遭難しかけた時よ」
「ああ――」
あれは二年前だ。春休みを利用して、キャンプに行った。
友人が焚火に使う木や枯葉を探すと言うのでついて行ったのが運のつきだった。
山に入り、獣道を歩くうちに方向が分からなくなってしまったのだ。
途中ではぐれたらしい友人の姿もなく、叫んでも届かない声にサッと血の気が引いた。
「ほんと、あの時は、助かったわ」
母も思い出したのか、眉がハノ字になっている。
「助かったって、オレのこと?」
意味ありげな顔をする母に、眉が寄る。
「お兄ちゃんが見つけたと思ってたでしょ?」
「違うの?」
「雪くんなのよ」
「え? でも、姿を見てないけど」
ドクっと心拍が跳ねる。
「怜生は、救急車で運ばれたから見てないだけよ」
「そっか」
と言ったものの、どうやって見つけたのだろう?
兄は何も言わなかった。
何か理由があるのだろうか?
あまり思い出したくないというよりも、所どころ記憶が飛んでいる。
「言わないで欲しいってお願いされたのよ。お兄ちゃんが助けたと思ってくれていた方がいいと言って。そのお兄ちゃんがたっぷりお礼したみたいだけど。私たちもしてるのよ」
母は、手で箱の形を作った。
「ああ、あの仕送りしてる大きい段ボール箱! 一人分じゃ多いと思ってたけど、そういうことだったんだ」
納得した。
兄が困らないようにと思って送っているのかと思っていたら、別の意味もあったようだ。でも――。
「内緒にしてたのに、今聞いても良かったのかよ?」
「知ってたほうがいいと思って。だって、一緒に住むって大変よ。お兄ちゃんの友達でも怜生とは初めてなわけだし」
そうだ。
見た目の印象は、冷徹で無表情な人だ。
しゃべらないし、冷たい人かと思っていた。それに、まだまだ知らないことがたくさんありそうだし。
表面上はそんな印象だったとしても、助けてくれた人だ。それに、キャンプの時も。
命の恩人だったのか――。
それでも、あの鋭い目には背筋が伸びてしまうけれど。
シャープな目にスマートな輪郭を持った隆之介を思い出すと、もう一度会いたくなった。これは、怖いもの見たさかも知れない。怖がりなのに、お化け屋敷に入るものだろう。
兄とどんな生活をしているのだろうと、思いを馳せた。
それにしたって、大学に落ちては洒落にならないと、猛勉強した。
春が過ぎ、夏、秋そして、冬が来た。
準備は万端だ。
あとは、試験を受けるだけ。
そして、受験当日。
目覚ましよりも早くに、母が起こしに来た。
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