【ちょっと怖い話】お兄ちゃんと七人ミサキ

@masamasa0930

【ちょっと怖い話】お兄ちゃんと七人ミサキ


これは実際に起きた話です。


私は温暖な気候の海沿いの街で生まれました。

ここの海はとにかく穏やかで、太平洋のような激しく打ち付け、岩をも砕くような波を起こし、万いち波にさらわれたら最後、ハワイの沖合にヤシの実のように流れ着くような激しい海ではない。


また日本海の様に、季節によってはすべてを凍り付かせるような厳しい海でもない。


いつも海からくるただ暖かく、ただ穏やか風はまるで、小さいころあやしてくれた父の様に私の頬を撫でていく。


そんな私が、はじめて親戚の家に遊びに行ったのは、十歳になったころだった。

親戚の住む四国のある場所は独特な所だ。

四国山地という険しい山で、よその土地とも遮断され、言葉も文化も独特。

他にはない興味深い文化や風習がたくさんある。


親戚は漁師兼魚屋さんで、家に行くとトロ箱に入った氷の中に美味しそうな魚が山盛りになっていた。

それを器用に刺身や焼き物にしていく親戚のおじさんとお兄ちゃんの姿は、普段の私の母親の料理と違う荒っぽさと繊細さが同居したプロの姿だった。


やっと完成した四国山地を突き抜ける二車線のトンネルに乗って、着いたばかりの私と両親に、親戚たちは大きな宴会を開いてくれた。


わらわらと、ご近所のお友達が集まってその数の多さにびっくりする。

女の人たちは、てきぱきと地元の名物のごちそうを作ってくれ、男の人たちは宴会用の食卓や敷物を準備して場所を整える。

そうしている間に、ごちそうを盛った大皿をいくつも抱えて女の人たちが一通り、飲食する準備を整えると自分たちも席についていく。そうして歓迎会、という名の酒盛りは始まる。


大皿に料理を大量に盛って並べるのは、この地方独特の宴会のやり方だそうだ。

女性を大事にするこの地方の人たちは、自分たち男だけが飲み食いして、女性たちに膳の上げ下げや酌をさせて働かせるのを好まず、あらかじめたくさん料理を出しておいて「お前たち女も座って一緒に飲み食いしよう」と始めたのが文化として根付いたらしい。


名物の魚料理をほおばり、食べることに夢中になっている私に親戚のおばさんが話しかけてくる。

「ここのお魚はどう。よそのものと比べて。気に入った(あえて標準語にしています)」

私はやっと思えた『お上手』を使って答える。

「とても美味しいです。うちの地元の魚は柔らかいから。ここの魚は身がしっかりします。お醤油も甘くておいしいです」

おばさんは酔って赤くなった顔をさらに赤くして言う。

「○○ちゃんの刺身はおばちゃんが作ったの。少し火であぶってるのよ。火であぶると食べやすくなるの。お醤油は甘いけど、本当はそれに薄切りニンニクやおろししょうがを入れるからピリピリするのよ」

私はおばさんの話に相槌を打ちながら、白いご飯とあぶった刺身のおいしさに感動していた。


翌日はおじさんたちが海に連れて行ってくれた。

初めて見る荒々しい海。

自分が知っている海とまったく違って、まさに叩きつける、という言葉がぴったりの海だった。

場所によっては遊泳禁止の看板が立っているほどの激しさで、この海を漁に出かけるおじさんとお兄ちゃんの命知らずの勇気と仕事に対するプライドを感じ、せっかく来たのに泳げないということの残念さは全く感じなかったのを覚えている。


そんなおじさんが亡くなった。

死因は教えてもらえなかったが、海だということは察しがついた。

父たちがこそこそと話していた中に聞こえた言葉。


「七人ミサキ」


その言葉が何であるか、オカルト好きの私は知っていたし、時期的にも不思議でなかった。

おじさんが亡くなったのは、まさに「地獄の釜が開く」と言われるお盆の八月十六日だった。

でも、四国の漁師であるおじさんが、十六日に海に出ることがどういうことであるか知らないわけがない。

何故そんなことをしたのか。

そう思いながら私は両親と、急いで四国のおじさんのもとに向かった。


お通夜は静かだった。

お通夜ですらたくさん人が来て、にぎやかな方が故人に対する尊敬の表れになる、と言われるこの土地で、まるで誰にも知られたくないようにひっそりと通夜は行われた。


「この度は・・・」


母が意気消沈しているおばさんに声をかけ、何やら静かに話している。

かつて見た、おばさんの何に対しても嬉しそうに笑う顔は、おじさんとともに死んでしまったように感じた。


お兄ちゃんは、亡くなったおじさんの前に座り込んだまま顔を伏せ、まったく身動きしなかった。

次第に私も涙があふれてくる。


後から案内された客間で父と母が話していた内容によると、おじさんは八月初めに高熱を出し、一週間ほど寝込んだらしい。

その間はお兄ちゃんが漁をしていたのだが、やはり漁獲量は相当減ってしまい、回復したおじさんはそれを取り返そうと、毎日漁にいそしんだらしい。

だからといって十六日に海に出るなど「海の亡者の皆様。どうぞ私をあの世に引きずり込んで下さい」と言っているようなものだ。

しかし両親が言うには、さすがにおじさんもお盆の漁は休むようにしてたらしい。


しかし十六日、おじさんが姿を消したので家族総出で周囲を探し回ったらすでに遅く、まさかと思っていた海から溺死したおじさんは消防隊に引き上げられていた。


「七人ミサキだ。どこかで出会ったんだ。父さんが熱を出したときに気付けばよかった」


お通夜でお兄ちゃんが絞り出すように言ったのを思い出す。

七人ミサキは四国の海の周辺に出る、海で亡くなった人間が悪霊化したものだ。

いつも七人で行動し、出会った人間をとり殺していく。

一人の人間をとり殺すたびに、ミサキの一人が成仏できる。

そうして七人ミサキは常に七人で、出会った人間をとり殺していくのだ。


私は、こののどかな地方に実は恐ろしい妖怪がいることを、両親ではなく書籍から知った。


私はその後、しばらくこのおじさんの家に滞在していた。

両親は仕事があるので早々に家に引き返したが、意気消沈しているおばさんとお兄ちゃんのためには、私が一緒にいるほうがいいだろう、と両親が判断したからだった。

私はおばさんたちを静かに、でも少しずつ元気づけようと気を使いながら日々を送っていた。


そんなある日のことだった。


いよいよおじさんの四十九日になったその日、朝からあわただしく家の外を掃除したりとしていた私とおばさんは、ちょっと休憩して麦茶でも飲もうか、と家に入った。

台所で麦茶を入れていた私の耳に、おばさんの金切り声が聞こえた。

ゴキブリでも出たのだろう。

虫は全く平気な私は、その辺の雑誌を取ると悲鳴が聞こえるほうに走った。


やはりお風呂場だった。腰を抜かしたおばさんが脱衣所に座り込んでいる。

雑誌を振り上げお風呂場に飛び込んだ私が見たのは、風呂に入ったまま寝ているお兄ちゃんだった。

最初はただ、風呂に入っているだけかな、と思ったが、風呂の水が温かいお湯ではなく普段トロ箱に入れている大量の氷だったと気付いた時に私も金切り声を上げることとなった。


慌てて二人がかりで、お兄ちゃんを氷風呂から引きずり出す。

お兄ちゃんは、弱いがまだ息があった。

救急車で運ばれていくお兄ちゃんにおばさんは付き添い、私はその後、警察の事情徴収を受けた。

お兄ちゃんは病院で息を吹き返し、一連の出来事はおじさんが亡くなったショックでお兄ちゃんが自殺をはかった、ということで片付いた。


でも私は聞いたのだ。

お兄ちゃんが病室で息を吹き返した後、おばさんがお兄ちゃんに


「なんでこんなバカなことをした」


と怒った時、お兄ちゃんから返ってきた答え。


「父さんがね、一緒に漁に行くぞ、って言ったんだ。だから漁に出ただけなんだけど・・・なんで病院にいるんだろ俺・・・」


相変わらず太平洋の海は激しい。


思い出の中のおじさんの幻影を追いかけて海辺に行ったお兄ちゃんは、そこで七人ミサキを見たのだろうか。

その後、おばさんは私を「一刻も早くここから帰れ」と追い返すように両親のもとに帰らせたが、今でも海を見るたびにそのことを思い出す。


たとえそれが、私の知っている穏やかで優しい海であっても。

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