奥さまは……
@hinataran
第1話
ごくごく普通のサラリーマン。ごくごく普通の通勤。ごくごく普通の仕事、残業、そして、帰宅……。
眼鏡とスーツで日々を過ごす男、国守和季(独身24歳)は本日も会社から約1時間の場所にあるマンションへ帰る。大学卒業後の就職二年目社会人。特に仕事が出来るわけでもなし、特に女にモテるわけでもなし、特にはまってる趣味があるわけでもなし。平々凡々な若者である。
しかし、一応健康のために5階まで階段を上って、自分の部屋の玄関を開けると……
「おかえりなさ~い♪お風呂にする?ご飯にする?それとも――」
制服にエプロンというなんともマニアウケしそうな姿で出迎えた少女の口を、和季の右手が素早く塞ぐ。もごもごと何か文句のようなものを言っている少女の顔も見ずに、ごくごく平凡であるはずのサラリーマンは言う。
「ただいま、沙良」
短いため息。少女の口から手を離すと同時に、彼女の円らな瞳が和季を睨んだ。
「なに、その嫌そーな顔。サラ、和くんの為に今日も腕を振るったのに」
「だから!それがおかしいって言うんだ!!」
おかしい、おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいっ!!!!
心の中で何度も和季は叫んだ。自分はごくごく普通のサラリーマンのはずだった。少なくともこの春まで。多少自分の家が古い家柄でも、親戚のお爺様がどこぞのグループ会社の会長でも、自分に中学の時から許婚がいても。それでも和季は世間一般の子供と同じように育って、学校に通って、就職して働いている。自分は普通なのだ!それなのに、それなのに……
「おいしい?」
この少女、沙良と向かい合って食卓について、夕飯の肉じゃがを口に運んでいる。これは、絶対普通じゃない!
「うまい、が……。なんで沙良が当たり前にここに一緒に住んでるんだ?!」
ありえない日常に異を唱える和季だったが、沙良はきょとんとしていて、なぜそんなことを聞くのか分からない、といった表情を浮かべた。
「だって、サラは和くんのフィアンセでしょ?お父様もお母様も一緒に住んでいいって言ったよ?」
なぜ、この非日常を少女はけろっと認めていられるのだ?理解ができない。許婚なんていざとなったら無視していいって昔から家族に言われていたのに。話が違うじゃないか!
「一つ……重要な問題がある」
「何?」
拳が震えるのを必死に抑えながら、あくまで冷静に和季は目の前の少女にはっきりと言った。
「サラは中学生だろ!!」
冷静に指摘するつもりが、思わず激しくツッコミを入れてしまった。しかし、沙良はにっこりと笑って言葉を返す。
「うん。花の中学一年生♪あ、おかわりほしい?」
「……」
和季は、もう何も言わなかった。
事の始まりは4月1日。いつもと同じように会社から帰ってみると、部屋に彼女―蔵本沙良と彼女の両親が待っていた。(あろうことかその時既に合鍵を作られていた)そして、彼女の父が一言。
「今度から沙良はここから学校に通わせるから」
耳が、悪くなったのだと思った。
「沙良、いいこと?この人を逃がしちゃダメ。逃がしちゃったが最後、お爺様に山ほどお見合い写真持ってこられるわよ」
それが、女子中学生の母親の台詞だと、信じたくはなかった。
しかし、それは現実で、認めたくないと思っていても話はぽんぽん進んでいく。沙良は沙良が生まれたときから和季の婚約者だった。日本では有名なグループ会社の会長である本家のお爺様の孫として生まれた沙良は、このまま育てば政略結婚は避けられない運命にあった。今時、そんなのありえない話だが、お爺様はそれを平気でやってしまうお人なのだ。古い家柄なせいか、親戚は誰もお爺様に逆らえない。言ってみれば沙良は現代のお姫様だ。そして、そんなお姫様の将来を案じて両親が決めた婚約者が、企業戦略とは無関係の、遠い親戚の和季だった。
本家の赤ん坊を見に行った時
「この子が和くんのお嫁さんよ」
なんて言われて、平気な中学男子がいるものか。一週間、両親と口をきかなかったし、目も合わせなかったのを覚えている。さすがに両親も折れて、他に結婚したい子ができたら許婚は気にしなくていい、という妥協案をだした。
けれど、結婚したい子なんて、そうそう現れるものではなかった。和季は昔から何でも平均的に出来るほうだが、特に取り得もなかった。気になる子ができても、すぐにクラスのモテる男子が彼女にしてしまった。その度に、和季は諦めて執着しなかった。
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