第9話 助けた女の子は

「お、美味しい……! これ……手作りなんですか!?」


 助けた女の子は焼き上げたばかりのスコーンにお手製のジャムを塗り口に運んだ。


「もちろん。ね、アレン?」

「ああ。これくらい作れないようではダニエル先生の授業についていけないからな」

「凄い……。あ、紅茶も美味しい! ここの茶葉はそんなに高くないのに……」

「煎れ方次第だ。まぁ俺もロランに習ったから言えるわけだが」

「ロラン……あ、そうだ名前! あの……私ラング村から来ました【セレナ】と申します!」


 そう名乗り深々と頭を下げた。


「僕はロランだよ。よろしく」

「俺はアレン・ジャスパーだ。ラング村といえば……ジャスパー家が賜っている領地だな」

「り、領主様の! ははぁっ!」

「「え?」」


 セレナは椅子から降り地面に座り頭を下げた。


「な、何してるの?」

「だ、だって! 領主様の御子息様ですよ!? 私のような平民が……」


 そんなセレナに対しアレンはこう告げた。


「席に戻ってくれ。俺は確かにジャスパー家の人間だが、末席も末席。しかも家を出ている。それに……この養成校では身分など関係なく学ぶ場だ」

「は、はい」

「ほらほら、席に戻ろ? さっきの事について話を聞きたいからさ」

「そ、そうですね。では……」


 セレナは席に戻り事情を話し始めた。


「私……昔から何をやらせてもダメで……。掃除をすればバケツの水をこぼし、料理をすれば自分の指を切って血塗れにしたり……」


 話を聞く内に二人はセレナがとんでもなくドジっ娘だと思い始めた。


「それでギフトを授かれば少しはまともになるかと思ったんですけど……。私が授かったギフトはそんなのに全く関係ない【回復師ヒーラー】で……」

「回復師!? それは激レアギフトじゃないか!」


 アレンは動揺して席を立った。


「そうなんですか?」

「知らないのか!? 回復師は主に神殿で働くはずだ。治療を望む民は多い。それに戦ともなれば軍部から引っ張りだこだ。それがなぜメイドに……」

「……それは多分私が欠陥回復師だったからです」

「欠陥回復師?」


 セレナはうつむいたまま語る。


「私は……自分しか治癒できないんです」

「なんだと?」

「ギフトを授かったあと、私は神殿に行きました。そして治癒をしてみたのですが、なぜか発動しなくて……」

「そんなバカな……。自分しか治癒できない回復師なんて聞いた事もないぞ」

「神殿の方にもそう言われました。それから私でも何かできる事はないかとここに来たんです」

「なるほどねぇ……」


 ロランはセレナのギフトについて考えた。


「セレナ、ギフトを鏡で確認した?」

「鏡……ですか?」

「うん。実は僕のギフトは神殿では借金王しか見えなかったんだよ」

「「借金王!?」」


 これはアレンにも告げてなかった事実だ。


「借金王だって!? ロラン、お前……そんなギフトであんな……?」

「借金王は借金が多いほど基礎能力値が向上するギフトでね。まぁそれは今置いといて、それで絶望した僕は鏡に映ったギフトを見て驚いたんだよ」

「な、何にですか?」

「僕のギフトは借金王以外全部ギフト【隠蔽】で隠されていたんだ」

「ギフト【隠蔽】……。あ、もしかして!」

「そう。セレナにも隠されたギフトがあるかもしれない。それで回復師に制限がかかってるんじゃないかな?」

「制限が……。あ、あのっ!」


 セレナは慌てた様子で立ち上がった。


「良いよ、確認してみなよ。そしてあとで教えてくれたら嬉しいな」

「は、はいっ! 失礼しますっ!」


 そう頭を下げてセレナは席を離れ駆けていった。


「ロラン、借金王の話は初めて聞いたぞ」

「あまり言いたくなかったんだよ。だってさ、司祭様にも笑われたくらいだよ?」

「確かに聞いた事がないギフトだったが……。まさか借金の額で強さが変わるなんてな。ちなみに借金の額は?」

「……虹金貨四枚と黒金貨四枚」

「……途方もないな。平民が四回人生やり直しても返せる額じゃない。その歳でどうやってそんな借金背負ったんだ?」


 そう尋ねられたロランは身の上話を始めた。そしてその話を聞いていく内に、アレンは怒りに震えた。


「なんだそれはっ! その冒険者とやらも許せないがお前を捨てた親も許せんっ!」

「……仕方なかったんだと思うよ」

「なぜだ!」

「僕には妹がいる。奴隷にするなら女の方が高く売れるし、買い手も多い。今では両親は妹を守るために僕を置いていったんだと思うんだ」

「だからって……。何の関係もないお前に借金を背負わせるなんて!」

「良いんだ。そのおかげでマライアさんに会えたし、こうして友達もできた。最初は憎んだけどさ、負の感情ってあまり長く続かないみたいなんだ僕」

「お前は……バカだなぁ」

「バカって言わないでよ!?」


 ロランは全てをアレンに話した。そうした事で二人の絆はさらに深まったように思える。そんな時だった。


「ロランさぁぁぁぁぁぁんっ!」

「え?」


 セレナが息を切らしながら中庭に戻ってきた。


「あ、ありました! 私のギフト……隠蔽されてました!」

「やっぱり。で、何が隠されてたの?」

「はぁ……はぁ……。は、はい。私の回復師は……【仲間意識】と言うギフトのせいで限定されていたみたいです」

「【仲間意識】? それは……セレナが仲間だと思わないと治癒できないって事か」

「そうみたいです。だから発動しなかったんです!」


 治癒が発動しなかったセレナはその原因を知り少し高揚していた。


「そっか。原因がわかって良かったね」

「あ、それと……」


 セレナはさらにとんでもない事を口にした。


「私の隠されたギフトがもう一つあって!」

「なに?」

「【死者蘇生】でした!」

「「は……はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」


 ギフト【死者蘇生】。死んでから一時間以内の者を復活させるギフトだ。また一時間を超えた者の場合はアンデッドとして生き返らせ、そのアンデッドは自らを守る駒になる。


「それは禁忌ギフトではないか!」

「禁忌……?」

「そうだ。この国では死者蘇生を禁忌とし、所有者は生涯城の地下牢に幽閉される」

「そ、そんな!」


 アレンは辺りを見回す。


「誰もいないようだな。セレナ、死者蘇生の事は誰にも告げない方が良い。もし知られたら騎士に連行されてしまうからな」

「わ、わかりました」


 高揚していた気分が一気に下がった。そんなセレナに対しロランは優しく声を掛けた。


「安心してよ。僕達は誰にも言わないから。それと……今度僕の主人に会ってみない?」

「え?」

「気に入られたら就職できるかも」

「わ、私なんかでも働ける場所が!?」

「お、おいロラン。まさかお前セレナをマライアさんの所に?」


 ロランはニッコリと笑みを浮かべこう言った。


「もちろん。セレナは女の子だし、マライアさんも同性の方が何かと言いやすいかと思ってね。うちメイドいないし」

「だからってセレナの力量じゃ……」

「い、行きます! 私でも働ける場所なら喜んで!」

「はははっ、じゃあこの後行こうか。アレンも来るだろ?」

「セレナが心配だからな。行くよ」

「よし、じゃあ片付けて帰ろっか」


 ロランはティーセットを片付け、アレンとセレナを連れ、屋敷に戻るのだった。

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