第8話 鍛練の日々とトラブル

 養成校の授業は不定期に行われる。ダニエルも引退したとはいえ、かつては王城の執事長だった人物だ。そんな人物が引退したからといっても突然暇になるわけではない。ダニエルは国の全てを知り尽くしていたため、各方面から頼りにされている。むしろ引退してからの方が忙しいようだ。


「では本日の授業はここまでです。次は申し訳ありませんが来週頭になります。皆さん、自習を怠らぬようお願いしますよ?」


 それに浮かれるのがロランとアレン以外の生徒達だ。


「一週間も休みか~。これなら勉強も苦にならないよな」

「それな。なぁ、買い食いして帰ろうぜ」

「いいね~。あ、ロランとアレンも来るか?」

「バカ、よせって。あの二人が来るわけねぇだろ。ほら、行こうぜ」

「あ、待てよ~」


 そうして他の生徒達は教室を出ていった。


「……はぁ。あいつらは自習を休みか何かと勘違いしてるんじゃないか?」

「あはは……。仕方ないよ。誰にも生き方を強制する事なんてできないし。僕達は僕達だよ。自分のためになるって思ってるから居残りしてるんだし」

「……そうだな。俺達は俺達だ。だが……」


 アレンはいつも思っていた。未熟なのは自分だけで、ロランはこんな補習のような真似をする必要などないのではないかと。


 この一ヶ月、授業がない日はいつも二人でいたし、ロランの屋敷にも行った。屋敷は清潔に保たれ、三食ロランの手作り。そんなロランがわざわざ自分のために自分の補習に無駄な時間を費やしているのではないかと。


 そんなロランに対し、アレンはなぜここまで自分の為に動いてくれるか確かめずにはいられなかった。


「……ロラン」

「なに?」

「お前は……。お前はなぜそこまでして俺に協力してくれるんだ? お前のギフトならこんな補習なんてしなくても十分二年で卒業できるだろう。いや、もしかすると釣りが出るかもしれない。対して俺は未だに料理の腕もあまり上達していないし……」


 そう気落ちするアレンに対し、ロランはこう言った。


「う~ん……。友達だから……かな?」

「と、友達? それだけで!?」

「いや、別に僕もギフトはあるけど執事としてはまだまだだしさ。それに、アレンに教えていてもちゃんと自分のためになってるから。人に教えるのって結構難しくてさ。自分がわかってなきゃ教えられないんだよね。だからアレンに教える事で復習っていうか、自分がちゃんと理解してるか確認できるんだよ。だから得してるのはアレンだけじゃないんだよ」

「教える事で再確認か……。俺は迷惑をかけているだけじゃないんだな……」

「もちろん。僕達は二年で卒業しようよ。そしてできたら一緒にマライアさんの所で働こうよ」


 その誘いにアレンは笑顔で頷いた。


「ああ。しかし……マライア氏は人間嫌いだと噂があったが……会ってみたらそうでもなかったような……。むしろ歓迎されていた気がする」

「あはは、マライアさんは好きと嫌いがハッキリしてる人だから。さ、話はここまでにして料理を仕上げちゃおうよ。そろそろティータイムにしよう」

「……まさか俺が菓子作りをするとは思わなかったぞ」


 ちなみに今日はスコーンを焼いていた。それに自作のジャムを合わせ紅茶と合わせる。授業初日で紅茶の煎れ方を習った成果を確認するためだ。それにどうせなら菓子も合わせようと考えた。


「ジャムって作れたんだな。俺は市販のジャムしか知らなかったぞ」

「いやいや、市販されてるんだから作れるでしょ。多少難しいけどね」

「多少? 滅茶苦茶焦がしてしまったが」

「慣れればなんて事ないよ。それにジャムは紅茶にも入れれるし、パンに塗る事もできる。覚えておいて損はないよ」

「確かにな。市販のやつは甘すぎたり……それと高い」

「だよね~」


 そうして焼き上がったスコーンを籠に入れ、ジャムと紅茶を煎れるセットをカートに乗せ中庭へと運ぶ。


「あれ? あの人達……」

「ん? 知り合いか?」


 カートを押して中庭に向かっていた時だった。中庭に数人の女子がかたまり何かをしていた。


「アレン、ちょっとカート見てて!」

「あ、おいロラン!」


 ロランはカートを預け窓から飛び出した。


「あんたさ~、いつまでここに通うわけ?」

「そ、卒業まで……」

「はぁ~? 無理に決まってるでしょ? 何やらせてもトロいし、ドジばっかり。十年経っても無理。時間の無駄だし私達の邪魔なのよあんた。早く辞めなさいよ」

「そうよ! 私達は優しさから言ってるんだからね?」

「や、辞めません……!」

「……口で言ってもわからないようね。ならちょっと痛い目見せようか?」

「ひっ……」

「止めろっ!!」

「「「は?」」」


 ロランは今にも殴りかかられそうになっていた女の子の前に割り込んだ。


「何をしてるんだ!」

「あんた誰よ? 邪魔だから退きなさい」

「誰でも良いだろ。話し合いならともかく、暴力は見過ごせない」

「暴力? 暴力じゃないわ。躾よし・つ・け。口で言ってもわからないんだからこうして体に教えてあげてるのよ」

「……怯えてるじゃないか。そんなのは躾じゃない!」


 ロランと女の間に火花が散る。


「何も知らない癖にしゃしゃり出てくるんじゃないわよっ! 私達がその子のせいでどれだけ被害を受けてるか知りもしない癖にっ!」

「知らないよ。でもまだ入学して一ヶ月だろ。何でも完璧にできる奴なんていないだろ」

「その子は何一つできないのよ。一ヶ月もあれば何か一つくらいはできて当然。向いてないのよ」

「それを決めるのはあんたじゃないだろ。向いてるか向いてないかは自分で決めることだ」

「ウザ。あんた、私が誰か知っててそんな口きいてるわけ?」

「知らないね。知りたくもない」


 そう言うと女は胸を張り身分を口にした。


「私は伯爵家の三女よ?」

「それが何か?」

「はぁ?」


 ロランは一切退くつもりはなかった。


「ここでは身分なんて関係ないはずだろ。それなのに伯爵家の三女様がイジメなんてしてる方がイメージ悪いよ」

「……言いましたわね。あとで後悔しても知りませんわよ?」

「後悔なんてするわけないだろ。むしろ助けなかった事を後悔するよ」

「ふんっ、精々今の内にイキがってる事ね。行きますわよ」

「「はい!」」


 そう捨て台詞を吐き、女は取り巻き二人を引き連れその場を離れて行った。


「あの……」

「え? あ、ごめんね。大丈夫だった?」

「は、はい。私はいつもの事なので……。それに……叩かれても治癒できますから」

「いつもの事……。もしかして今みたいな事が日常なの!?」

「……はい。私……メイド向いてないみたいで……。何をやらせても上手くいかないし、遅いんです」

「それは……」


 そんな時だった。ようやくアレンがカートを押しながら中庭の片隅に着いた。


「今伯爵家の令嬢とすれ違ったが……」

「なんでもないよ。そうだ、僕達今からお茶にするんだけど君もどうかな?」

「え?」

「ほら、あっちのテーブルに行こう!」

「はわわっ、押さないでぇ~!」


 ロランは女の子をティータイムに誘い、テーブルに向かうのだった。

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