○1-1 月曜日(1)

 桜の花も見頃をすっかり通り越した。

 そんな、朝の通学路では木の葉ばかりが目立っている。


 灰色のブレザーとタータンチェックのスカートに身を包んだ女子がひとり、河川堤防沿いの桜並木の間の路地を鼻歌交じりで歩いている。この先、歩いて二十分ほどの距離に位置する高等学校、『私立 海東学園かいとうがくえん』に通う高校二年生、三瀬みせ瑠奈るなだ。

 トレードマークのポニーテールを左右に揺らし、速足で歩く彼女。

 その表情は明るく、ちょっと前に終わったはずの冬を思い出させるようなひんやりとした春の風を頬に受けても、少しも気にする様子はない。


 けれど、そんな彼女が周りの景色から視線を外し、自分から数十メール先の前方でのらりくらりと歩く男子高校生の背中を認めたとき、その表情はどんよりと暗くなった。というより、常夏の島にやって来た台風のような、荒々しさがそこにはあった。

 走り出した、瑠奈。スカートも揺れる。

 彼女が男子高生に追いつく。

 まさにそのときだった。

 彼が、巨大な欠伸あくびを青空に向かって放ったのだ。


「ちょっと、浩輔こうすけ! ……じゃなくて、ゲッツ!!」

「あん?」


 紺色のブレザーに、赤い棒ネクタイ、下半身には灰色のスラックス姿の男子生徒。

 自分の名前を呼ばれ、彼女に向かって振り向いたその目尻には、欠伸で生じた涙がいっぱいにたまっている。

 巷では『一週間探偵 七曜ななよ浩輔こうすけ』として名を馳せている彼ではある。が、普段はこんな感じの普通の高校生なのだ。因みに、幼稚園の時からずっと同級生で幼馴染の瑠奈からは、曜日ごとに違う『あだ名』で呼ばれている。


「今朝は一緒に登校しようって、昨日約束したじゃん。なんで先に行っちゃうのよ!」

「だって、すごくいい天気だったんだもん。勝手に足が動いちゃって……。それにオレ、昨日の記憶はないし」


 とぼけた感じで答える、浩輔。

 月曜日の彼――『ゲッツ』は少々のんびり屋のようである。


「だから、毎日こまめにメモを残しとけって言ってるでしょ! セイさんのメモ、ちゃんと見たの?」


 瑠奈の口にした名前――セイさんとは、日曜日の浩輔の呼び名『セイント』の短縮形で、聖なる日の『Saint』にちなんでいた。


「ふん、朝からガアガアうるさいな」

「なんですってぇー!?」


 彼女の雄叫びが桜並木の道にとどろいた途端。

 浩輔が、まるで小学生男子のような機敏な動きで走り出した。

 盛大なため息が、瑠奈の口から漏れる。


「ホント、いつまでも子どもね、ゲッツは……。困ったもんだわ」


 肩をすくめる、瑠奈。

 身長162センチほどの瑠奈だが、自分より15センチも背の高いゲッツ――月曜日の浩輔を子ども扱いだ。


「だからぁ、一緒に学校行こうって言ってるじゃない。待ちなさいってば! それでなくてもゲッツは事件に巻き込まれやすい体質なんだし、ワタシが傍にいないと……」


 それを聞いた浩輔が、急ブレーキをかけて立ち止まる。

 仕方ないなといった風に肩をすくめた彼に瑠奈が追いついた、そのときだった。二人の横を、一台の恐ろしく細長い車が通り抜けたのである。

 いわゆる、『リムジン』と呼ばれる黒塗りの高級車だった。


「すっごく長い車だったね。しかも゛ムチン゛とかいうぬるぬる物質を塗ったみたいにテカテカで……。まるでチョコアイス・バーみたいだったよ」

「チョコアイス・バー!? さすが、食いしん坊の瑠奈の思い付きだな。あれは金持ちが好んで乗る乗り物なのさ……っていうか、知らないのか? あれは最近編入で転校してきたおうぎ君の通学用の車なのさ。あそこの家はすごく金持ちらしいからな」

「へえ、そうなんだ……って大変だよ、ゲッツ。こんなにのんびりしてたら、また遅刻しちゃう!」

「へ!? うわ、やばっ。走るぞ、瑠奈!」

「りょーかいッ!!」


 血相を変えた浩輔と瑠奈は、学校に向かって一目散に走り出した。

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