3 妹に似たお嬢様 1
☆
「わたしをこの世で、一番美しくしてちょうだいな」
突然聞こえた少女の甲高い声に、グルナは足を止めた。
「お嬢様、とても美しいですよ。お顔もとても麗しいですし、ドレスも最上級ですよ。髪留めも最高の宝石を使っております」
「でも、わたしの顔よ。そばかすが目立つのが嫌よ。もっと綺麗にお化粧し直して」
「ファンデーションはしっかり塗っております。十分に隠せていますよ。これ以上、分厚く塗ってしまうと、お嬢様の若々しさを損なってしまいます」
「これじゃ、駄目なの。もっと上手な侍女はいないの?」
癇癪を起こしているお嬢さんは、そばかすはあるが、それほど目立つわけでもない。白粉を塗らなくても、十分に美しい容姿をしている。
「もういいわ、わたしが自分でするわ」
綺麗にお化粧された顔に、白粉をもっとはたく。
そんなに塗ってしまったら、せっかくの顔が真っ白になってしまうのに、そばかすだけを消す為に、白粉をたっぷり塗って、そばかすが完全に隠れると、ホッとしたような顔をした。
彼女の侍女達は、真っ白な顔になったお嬢様に口出しができないようだ。
「出かけてくるわ」
「……行ってらっしゃいませ」
彼女はドレスをたくし上げあけながら、階段を降りていく。
「お父様、お母様、行って参ります」
「ミルメール、そんな真っ白な顔で出かけるつもりなの?」
「お母様、そばかすだらけの顔では恥ずかしくて、出歩けませんわ」
彼女はミルメールという名前らしい。
両親はミルメールの顔を見て、戸惑っている。
「そばかすはチャームポイントになるのよ。そんなに真っ白に塗ってしまって、まるで……」
まるでお化けのように見えてしまうわと、いう言葉を、母親は飲み込んだ。
「わたしはそばかすが嫌いなの」
そう言うと、ミルメールは玄関の外に待たせていた馬車に乗り込んだ。
馬車は、王宮へ向かっているようだ。
舞踏会でも行われるのかもしれない。
そう思って、グルナはその馬車を追いかけた。
なんだか面白そうな物が見られそうな気がする。
王宮に馬車が着くと、ミルメールは一人で王宮の中に入っていった。
荷物を預け、会場になっているホールに入ると、お淑やかに歩いて行く。
そう言えば、王宮には、適齢期の王子がいたような気がする。
第一王子は、名は確か、オピタル・マーキュリー。21歳。
第二王子は、ルース・マーキュリー王子。17歳
マーキュリー王国の王子達だ。婚約者を探すパーティーでも行われるのかもしれない。
「マヤ、ごきげんよう」
「あ……ミルメール、ごきげんよう」
「なにそれ、あ、って言うのは、不快だわ」
「ごめんなさい。……少し、緊張しているの。今日は王子様がお見えになるパーティーだから」
ミルメールは、マヤの姿を見て、勝ち誇った顔をした。
ドレスは、地味でとてもシンプルな姿をしている。色も無難な薄いピンク色で、化粧は薄化粧で、結い上げられた髪は、ドレスと共布で作られたリボンだけだった。
同い年の女の子が集められたパーティーには、当然、年頃の殿方も来ている。
「カルメル、ごきげんよう」
「あ……ミルメール、ごきげんよう」
「カルメルも緊張しているの?あ、なんて失礼よ」
「……ごめんなさい。とても緊張しているの」
カルメルは目をそらして、「あちらに知り合いがいるわ。挨拶してくるわね。それでは……」と言って離れていった。
カルメルも質素なドレスを着ていた。露出が少なく、色も無難な薄い水色で、髪留めはやはりドレスと共布でできたリボンだった。
ミルメールはまた勝ち誇ったような顔をした。
まわりの男性たちがクスクスと笑っているが、まったく気付いていない。
「ミルメール、わたし、壁の近くに行っているわ。ここは通路になっているし」
マヤはミルメールにお辞儀をすると、壁側に寄っていった。
ミルメールも確かに、通路に立っているわけにいかなくて、マヤの後を追う。
「マヤ、せっかくだから、一緒にいない?」
「……いいけれど」
ミルメールはマヤが好きだ。素直だし、一番に学校で気が合う友人だと思っている。
「ジュースをもらってこない?」
「……そうね」
マヤはおとなしい。
マヤとは貴族が通う学校で一緒のクラスだ。カルメルもいつも一緒に過ごしている。
彼女たちより、ミルメールは上位貴族だが、同じ伯爵家のお嬢様として仲良く過ごしている。
グルナはミルメールの心を覗きながら、面白そうなので、パーティーの従者に混ざり、トレーにジュースを載せて、ミルメールに近づく。
「お嬢様、飲み物は如何ですか?」
「戴くわ」
ミルメールは赤紫の葡萄ジュースを手に取った。マヤは白葡萄のジュースを手に持った。
マヤはすぐに壁際に寄る。
「マヤ、そんなに端に寄っていたら、王子様の姿が見えないわよ」
「……わたしは壁の花になるつもりで、来ているの。気にしないで」
「欲がないわね?」
仕方なく、ミルメールはマヤの近くに寄っていく。
「あら、いらしたわよ」
周りが騒がしくなり、王子様は従者を連れて、人々と挨拶をしている。
王子様がわざわざ歩いて、挨拶しているようなので、ミルメールはジュースをテーブルに置いて、マヤの手を引き少し前に出た。
ミルメールの前に王子様が来たから、ミルメールは美しくお辞儀をした。マヤもお辞儀をしているようだ。
「お嬢様達、今日は来てくれてありがとう」
ミルメールとマヤも顔を上げた。
「ご招待いただきありがとうございます」
マヤと一緒に声を合わせて、ミルメールは挨拶した。
「ブハッ……君はまるで……ククククケケケ」
王子様はミルメールを見て、吹き出して、声を上げて笑い出した。
「王子、お行儀が悪いですよ」
王子の従者が、王子に注意している。
「でも、まるで顔が真っ白で……ククククケケケ」
「王子、いい加減になさいませ」
「コホン!ああ、お隣のお嬢様は、何というお名前だろうか?」
「わたくしは、マヤ・ベークシスと申します」
「なんと清楚で美しい。後でダンスを踊ってくれまいか?」
「喜んで。まあ、お声をかけていただけるなんて、心の隅にも思っておりませんでした」
マヤは美しくお辞儀をした。
「王子様、わたくしは?」
ミルメールは王子様に声をかけた。
「君の顔は、きっと一生忘れないだろう。白粉にまみれた令嬢なんて、まるで白玉団子のようだ……ククククケケケ」
王子様はお腹を抱えるように、笑っている。
「王子、いい加減になさいませ」
従者に叱られて、王子様はコホンと咳払いをした。「失礼」と言って、笑いながら次の令嬢に挨拶に行った。
「わたしはダンスに誘ってもらえなかったわ」
マヤが離れていこうとするのを捕まえて、ミルメールはマヤの顔を見る。
薔薇色に頬を染めている彼女の姿を見て、ミルメールは嫉妬をした。
落ちつかせるために、テーブルに置いておいた葡萄ジュースを手に取る。
マヤはジュースを飲み出した。
「どうして、マヤなの?」
「……ごめんなさい」
「クラスで一番地味なのに、何故わたしではないの?」
後ろから殿方がぶつかってきて、その勢いで手に持っていた葡萄ジュースがマヤの顔にかかった。
「きゃ!」
「きゃ」
ミルメールも転びかけて、なんとか持ちこたえる。
マヤは自分のグラスを床に落とし、顔を覆った。
顔にかけられた葡萄ジュースは顔だけでなく、薄いピンクのドレスまで汚してしまった。
王子様とダンスを踊れるなんて、羨ましい。
きっと罰が当たったんだわ。
そう思っていると後ろから、王子の姿を見ようとして集まった令嬢達がマヤを押して、ドスンと尻餅をついて、マヤは転んで泣きだした。
「痛いわ。ミルメール、酷いことをしないで」
「わたし、なにもしてないわよ。人がぶつかってきたんでしょ?」
マヤが大声で泣くので、ミルメールとマヤの間に、人がいなくなり、使用人達が走り寄ってくる。
「お嬢様、大丈夫でございますか?」
「目が痛いわ」
マヤは大声で泣いている。
「お着替えを用意いたします。こちらへどうぞ」
マヤは使用人に支えられて、立ち上がると支えられて歩いて行く。ダンスホールの奥に連れて行かれた。
ヒソヒソとミルメールの周りで人々が話をしている。
あの子が、ジュースをかけたのよ。
転ばせるなんて、酷いわ
白粉の顔をしたあの娘が、王子様が声をかけた子に嫌がらせをしたんだ。
…………
「わたしは何もしてないわ」
言い返したけれど、誰も信じてくれない。
噂話がうるさい。
「居心地が悪いわね」
ミルメールはマヤがいなくなり、場所を移動した。
どうして、マヤだけダンスに誘われて、マヤより美しいドレスを纏った自分が笑いものにされなくてはならないの?令嬢の顔を見て吹き出す殿方を初めて見た。それも王子様だ。信じられない。
ミルメールは怒り狂っていた。
いつも仲良しの友達だったのに、いつもおとなしくて目を離すと虐められているマヤを守ってきたはずなのに、裏切られたような気分だった。
王子様は私を見て、白玉団子のようだと笑ったわ。
従者から葡萄ジュースをもらって、今度は飲む。
白玉団子って、美味しいわよね?
白くて、つるんとしていて、モチモチしている。
褒め言葉かしら?
そんなことは100%ないわね。吹き出して、あんなに笑っていたのだから。
わたしが醜いからダンスを誘ってくれなかったのね。
ミルメールは眉間に皺を寄せて、うろうろと歩き回る。
カルメルの姿を見つけて、近づいていった。
「ねえ、カルメル一緒にいてもいいかしら?」
「……あ、ミルメール、……別にいいけれど」
「ミルメールなの?」
カルメルと一緒にいたのは、同じクラスの女子だった。
「どうして、そんなに、白く塗って……うふん、お化粧してきたの?」
「そばかすが気になって」
「誰でも、気になる所はあるわよね?」
そう言ったのは、少しふくよかな体格をしたヘクセだった。
「わたしは、太っているから、社交界の場では恥ずかしくて」
「それはそうでしょうね?そんなに太っていたら、殿方達も見て下さらないわね。わたしのそばかすと同じね?」
ミルメールの言葉に、ヘクセは傷ついた顔をみせた。
「ヘクセは小さな頃からふくよかだったけれど、殿方からは人気があるのよ」
カルメルがフォローをしている。
「ダンスを踊って欲しいって、殿方に申し込まれていたのよ」
「本気で?」
ミルメールは目を丸くして、ヘクセを見る。
ヘクセは太っているけれど、愛嬌のある顔立ちをしている。
性格も控え目で、引っ込み思案だ。見ていて、ミルメールはいつも、もっと積極的になればいいのに……と思っていた。
この子のどこに魅力を感じるのか、さっぱり分からない。
けれど、わたしより魅力的なのね?
学校で過ごしているそばかすがある顔も白粉を塗った顔も、きっと太ったヘクセよりみっともないのね?
どんなにドレスや髪飾りで美しくしても補いできないほど。
ミルメールはショックを受けていた。
「カルメル、その白い顔の子は誰だよ?」
声をかけてきたのは、同じクラスの殿方だ。
「キリウム、ミルメールよ。ちょっとお化粧が濃いけどね」
「濃いって、何よ。カルメル」
「本当だ、その声は間違いなく、ミルメールだね?言われなきゃ、分からなかったよ。今日は仮装舞踏会じゃないよ」
「もう、失礼ね」
「どれどれ?」
キリウムが顔を近づけてきて、ミルメールは仰け反った。
「あっちに行ってよ」
ミルメールはキリウムの肩を思いっきり押そうとしたが、キリウムが避けた。
その瞬間、履き慣れない、パーティー用の靴が滑って、ミルメールはステンと転んだ。
ドンと尻餅をついて、痛くて立てない。
「面白いほど、みっともない」
キリウムが腹を抱えて、笑っている。
カルメルもヘクセもクスクス笑っている。
友達だと思っていたのに、どうやら一方通行だったようだ。
「もう、レディーに向かって、酷いわ」
美しいドレスが広がり、ドレスは美しいが、転んだミルメールは簡単には起き上がれない。
「誰か、手を貸してよ」
キリウムに手を差し出したけれど、キリウムは顔を顰めて「白塗り」と言って、離れていく。
「もう!碌な殿方はいないのね?」
ミルメールは癇癪を起こして、大声を上げた。
ますますミルメールの周りに人がいなくなった。
「なんて、薄情なんでしょう?」
いつもみんなのために振る舞ってきたミルメールも自分で起き上がれない状態に、悲しくなってきた。
このダンスホールの中には、たくさんの殿方がいるのに、誰一人助けてはくれない。友人だと思っていた女の子も目をそらしている。
グルナは仕方なく、手伝ってやろうかと思ったとき、人の波が動いて道が開いた。
グルナはホウと目を見張った。
これは、これは……。
「お嬢様、お手伝いをしても構いませんか?」
第一王子のオピタル・マーキュリーが現れて、ミルメールの手を取った。その側近が手伝って、ミルメールを立たせた。
白粉を塗りたくった顔に、涙の痕が流れて、白粉が剥がれている。
「ありがとうございます。あの、あなたは、もしや?」
「オピタル・マーキュリーと申すぞ」
キラッと光った歯が爽やかだ。
「オピタル王子様、ありがとうございます」
お辞儀をしたら、腰がグキっとして痛い。
頭を下げたまま、起き上がれない。
「い・た・い……」
「これは、これは、腰を痛めたようだな」
オピタル王子は、腰を撫でてくれる。
「ピグ、お嬢様を裏へ」
「はっ」
ピグは動けないミルメールを抱き上げた。
「痛っ、痛たたた……」
ミルメールが運ばれていると、音楽が流れて始めて、綺麗なドレスを着たマヤが、ルース王子と手を繋いで出てきた。
ルース王子は、ミルメールの顔を見ると、ブハッと吹き出した。
「ルース様、お行儀が悪いですよ」
「だって、あの顔見たか?白粉が剥がれて、汚い顔して……」
従者が咳払いをして、ルースの言葉を濁した。
汚い顔と言われたミルメールは、両手で顔を覆った。
なんて恥ずかしいんでしょう。
白粉が剥がれているなんて。
しかも、腰が痛くて動けない。
マヤは見違えるように、綺麗なドレスを着て、ルース王子と手を繋ぎ、歩いていったのに……。
マヤはチラリと視線を送って、ミルメールの顔を見て、嗤った!
マヤに嗤われた事もショックだった。
「もう、帰りたいわ。なんて屈辱的なんでしょう」
ミルメールは顔を覆ったまま泣きだした。
「お嬢様、大丈夫だぞ。すぐに医師に診てもらおう」
オピタル王子様は、ピグは腕の中で泣く、幼いレディーに声をかけた。
自分で仕掛けたわけではないのに勘違いされて、自爆するお嬢さんが面白くて、グルナは気配を消して後を追った。
久しぶりに見る面白い人間だ。
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