第5話 森の中のお屋敷
☆
レオンが森の近くに降りると、目の前に屋敷が建っていく。
その屋敷の中に入っていくと、目の前で建物が造られていく。エントランスは白い大理石で、その奥に入っていくと、広間があり、階段が造られていく。できたばかりの、その階段を上っていく。一つの部屋の前で足を止めると、扉が開いた。シンプルだが大きなベッドがある。そのベッドに寝かされた。
部屋の中がまだ造られている。大きな出窓のある窓ができ、クローゼットが造られ、ドレッサーにソファーも造られていく。
「すごいわ」
「これくらいは容易い」
レオンは何でもないように言う。
「俺は執事にでもなるか?」
「悪魔の執事?」
「コックもしてやろう」
レオンは楽しそうだ。
「傷を治してやろう」
レオンは魔術を使い、アリエーテの体のできた傷を綺麗に消した。
けれど、炎症までは治せない。
「傷は治したが、炎症は治せない。治るまでここで安静にしているといい」
「炎症なら、自分で治せるかもしれないわ」
アリエーテは治癒の歌を歌い出した。
「いい声だ」
アリエーテは微笑んだ。
レオンはベッドに浅く腰掛け、アリエーテを見ている。
30分ほど歌っていたら、体から腫れや痛みが消え、熱っぽさも取れてきた。
「綺麗に炎症が治ってきたな。これはすごい治癒魔法か?」
レオンがアリエーテの頬に触れた。
アリエーテは自力で傷を治した。
「たぶん、治ったと思うわ。でも、とても眠い」
「一晩中、歩いて、昨夜は教会が燃えるところを見ていたんだ。普通の人間ならば、眠くなるだろう」
「着替えたいわ。ここにはネグリジェはないの?」
「どんな物かイメージしてみろ」
「うん」
アリエーテは目を閉じて、家族で住んでいた頃に着ていたネグリジェを想像した。
「よし、いいぞ」
レオンが声をかけると、レオンの手の中に想像していたネグリジェがあった。
「すごいわ」
「悪魔だからな」
ベッドの上にネグリジェが置かれた。
「洋服も作れるの?」
「面倒だから、一着だけ作ってやる。後は街で買い物をしてくれ」
「でも、わたしはお金を持っていないわ」
「そこは、アリエーテの叔父の家からアリエーテの後見人として支払われた金をもらってきてやる」
「きっと、もうお金なんて残ってないわ」
あの叔父のことだから、ギャンブルで消えているだろう。
「心配するな。アリエーテ・ベルレ・パルテノスとして暮らしていけるようにしてやる」
「どうしてわたしの名前を知っているの?」
「アリエーテが教会に入る前から見ていたからな」
「わたしの魂はそんなに美味しそうに見えたのかしら?」
レオンは微かに笑った。
「風呂に入りたいか?」
「あのる?」
「ちょうどできあがった」
「それなら、入ってきてもいいかしら?」
「案内しよう」
レオンはネグリジェを持つと、アリエーテを抱き上げた。
そして、まだ造られている屋敷の中を歩いて風呂場に連れていってくれた。
「一人で入れるか?」
「入れるわよ」
「それは失礼」
レオンはウインクをして、アリエーテを床に下ろした。
「アリエーテが風呂に入っている間に、食事の支度をしておこう」
「レオンに作れるの?」
「任せておけ」
レオンは恭しく頭を下げると、お風呂の前から立ち去っていった。
とても悪魔に見えない姿と口調に、アリエーテは戸惑ってしまう。
☆
お風呂は一人では贅沢なほど湯船も大きく洗い場も広い。
教会のお風呂より大きく、白い大理石で造られているようだ。手触りもしなやかで美しい。
この家に家族がいれば、どんなに幸せだろう。
ふわりと眠くなり、壁にもたれかかり目を閉じた。
気持ち良く湯船に浸かっていると、「アリエーテ」と声をかけられた。
「風呂場で眠るな。溺れるぞ」
「レオン、見ているの?」
「見てなくても分かる」
声が頭の中で響いた。
アリエーテは湯船から出て、タオルで髪を拭うと体も拭った。
脱衣所に出ると、そこにはレオンの姿はなかった。
不思議に思いながらネグリジェを身につけると、レオンの姿が目の前に現れた。
「髪が濡れているな」
「いいわよ。教会に入ってから、いつもこんなものよ」
「パルテノス伯爵令嬢のアリエーテだ。ちょっと待て」
レオンはアリエーテを抱き上げると、歩き出した。
「自分で歩けるわ。もう子供ではないもの」
「部屋履きの靴がない。子供じゃないから、必要な物もあるだろう?欲しい物を言ってみろ」
「下着と顔にぬる化粧品と櫛があったら助かるわ」
「すぐに準備をしよう」
部屋の扉を魔術で開けているのか、自然に扉が開き部屋に入ると、ベッドの上に下着が置かれた。ベッドの下に部屋履きのサンダルが置かれ、ドレッサーの上に化粧品と櫛が置かれていた。
「レオンありがとう」
「どういたしまして」
レオンは満足そうだ。
レオンはアリエーテをベッドの上に載せた。
「下着を身につけたら、靴を履き、ドレッサーの前に座れ」
「うん」
レオンはドレッサーの方に歩いて行き、ベッドに背を向けている。その優しさに感謝しながら、ネグリジェを脱いで下着を身につけて、もう一度ネグリジェを着た。サンダルを履き、ドレッサーの方に歩いて行くと、レオンが椅子を引いた。その椅子のアリエーテは座った。レオンが髪を梳かしてくれる。ボサボサになっていた髪が、真っ直ぐに伸びた。
「美しい髪だ」
「そう?」
鏡越しにレオンが笑った。
顔にも化粧品を塗ってくれる。
鏡をよく見ると、左の瞳の奥に魔方陣が微かに見えるが、よく見ないと分からない。
レオンは手を翳し、そこから風を出し、髪を乾かしてくれる。
「手から風が出るの?」
「魔界なら、専用の魔道通風機があるが、今、ここにはないからな」
「魔界の方が人間界より進んでいるのね?人間界には髪を乾かす物なんてないわよ」
「そうか、人間界にはないのか?」
「うん」
「これからは、乾かしてやろう」
「ありがとう」
綺麗に乾かしてもらい、髪がサラサラになる。
「さあ、お嬢様、本当は洋服を着て食事をするものだが、今日はネグリジェで食事をしてくれ」
「はい」
レオンは、アリエーテの手を取ると、部屋を出て、階段を降りて広いダイニングに入っていった。
まだ湯気が立っている料理が並んでいる。
「豪華な食事だわ」
没落していったアリエーテの家は、食べる物もだんだん粗末になっていた。栄えていた頃は、毎晩、豪華な料理がテーブルに並んでいた。その頃を思い出す。
椅子を引かれ、椅子に座った。
「冷める前にどうぞ、召し上がりください」
「いただきます」
久しぶりの豪華な食事だった。
教会の料理は、スープとパンとスクランブルエッグだった。毎日、毎食、パンとスープが変わるだけだった。その食事を食べながら、餌だと思ったほどだった。
色鮮やかな野菜もお肉も、久しぶりで夢中で食べた。食べ終えると紅茶を出された。
「とても美味しかったわ」
「口に合って良かったな」
レオンは優しく微笑んだ。この人が悪魔だとは思えないほど優しい。
ずっと飲んでいなかった紅茶の味も美味しい。
「ゆっくりお茶を飲んだら、寝る支度をしてベッドに入りなさい」
「レオン、ありがとう」
レオンは優雅にお辞儀をした。
アリエーテはゆっくり紅茶を飲み干すと、レオンに洗面所に連れて行かれた。
「歯ブラシもあるのね」
「欲しい物があれば、言えばいい」
アリエーテは寝る支度をすませると、アリエーテを寝室まで連れて行きベッドに寝かしつけた。
「ゆっくり眠りなさい」
そう言って、レオンは瞼の上に掌を載せると、アリエーテはすぐに眠り落ちた。
レオンはアリエーテのベッドに腰掛けると、美しい髪を撫でた。
「やっと手に入れた」
起こさないように、そっと唇を重ねる。
レオンの表情は穏やかだった。
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