第5話   森の中のお屋敷

 レオンが森の近くに降りると、目の前に屋敷が建っていく。


 その屋敷の中に入っていくと、目の前で建物が造られていく。エントランスは白い大理石で、その奥に入っていくと、広間があり、階段が造られていく。できたばかりの、その階段を上っていく。一つの部屋の前で足を止めると、扉が開いた。シンプルだが大きなベッドがある。そのベッドに寝かされた。


 部屋の中がまだ造られている。大きな出窓のある窓ができ、クローゼットが造られ、ドレッサーにソファーも造られていく。



「すごいわ」


「これくらいは容易い」



 レオンは何でもないように言う。



「俺は執事にでもなるか?」


「悪魔の執事?」


「コックもしてやろう」



 レオンは楽しそうだ。



「傷を治してやろう」



 レオンは魔術を使い、アリエーテの体のできた傷を綺麗に消した。


 けれど、炎症までは治せない。



「傷は治したが、炎症は治せない。治るまでここで安静にしているといい」


「炎症なら、自分で治せるかもしれないわ」



 アリエーテは治癒の歌を歌い出した。



「いい声だ」



 アリエーテは微笑んだ。


 レオンはベッドに浅く腰掛け、アリエーテを見ている。


 30分ほど歌っていたら、体から腫れや痛みが消え、熱っぽさも取れてきた。



「綺麗に炎症が治ってきたな。これはすごい治癒魔法か?」



 レオンがアリエーテの頬に触れた。


 アリエーテは自力で傷を治した。



「たぶん、治ったと思うわ。でも、とても眠い」


「一晩中、歩いて、昨夜は教会が燃えるところを見ていたんだ。普通の人間ならば、眠くなるだろう」


「着替えたいわ。ここにはネグリジェはないの?」


「どんな物かイメージしてみろ」


「うん」



 アリエーテは目を閉じて、家族で住んでいた頃に着ていたネグリジェを想像した。



「よし、いいぞ」



 レオンが声をかけると、レオンの手の中に想像していたネグリジェがあった。



「すごいわ」


「悪魔だからな」



 ベッドの上にネグリジェが置かれた。



「洋服も作れるの?」


「面倒だから、一着だけ作ってやる。後は街で買い物をしてくれ」


「でも、わたしはお金を持っていないわ」


「そこは、アリエーテの叔父の家からアリエーテの後見人として支払われた金をもらってきてやる」


「きっと、もうお金なんて残ってないわ」



 あの叔父のことだから、ギャンブルで消えているだろう。



「心配するな。アリエーテ・ベルレ・パルテノスとして暮らしていけるようにしてやる」


「どうしてわたしの名前を知っているの?」


「アリエーテが教会に入る前から見ていたからな」


「わたしの魂はそんなに美味しそうに見えたのかしら?」



 レオンは微かに笑った。



「風呂に入りたいか?」


「あのる?」


「ちょうどできあがった」


「それなら、入ってきてもいいかしら?」


「案内しよう」



 レオンはネグリジェを持つと、アリエーテを抱き上げた。


 そして、まだ造られている屋敷の中を歩いて風呂場に連れていってくれた。



「一人で入れるか?」


「入れるわよ」


「それは失礼」



 レオンはウインクをして、アリエーテを床に下ろした。



「アリエーテが風呂に入っている間に、食事の支度をしておこう」


「レオンに作れるの?」


「任せておけ」



 レオンは恭しく頭を下げると、お風呂の前から立ち去っていった。


 とても悪魔に見えない姿と口調に、アリエーテは戸惑ってしまう。




 お風呂は一人では贅沢なほど湯船も大きく洗い場も広い。


 教会のお風呂より大きく、白い大理石で造られているようだ。手触りもしなやかで美しい。


 この家に家族がいれば、どんなに幸せだろう。


 ふわりと眠くなり、壁にもたれかかり目を閉じた。


 気持ち良く湯船に浸かっていると、「アリエーテ」と声をかけられた。



「風呂場で眠るな。溺れるぞ」


「レオン、見ているの?」


「見てなくても分かる」



 声が頭の中で響いた。


 アリエーテは湯船から出て、タオルで髪を拭うと体も拭った。


 脱衣所に出ると、そこにはレオンの姿はなかった。


 不思議に思いながらネグリジェを身につけると、レオンの姿が目の前に現れた。



「髪が濡れているな」


「いいわよ。教会に入ってから、いつもこんなものよ」


「パルテノス伯爵令嬢のアリエーテだ。ちょっと待て」



 レオンはアリエーテを抱き上げると、歩き出した。



「自分で歩けるわ。もう子供ではないもの」


「部屋履きの靴がない。子供じゃないから、必要な物もあるだろう?欲しい物を言ってみろ」


「下着と顔にぬる化粧品と櫛があったら助かるわ」


「すぐに準備をしよう」



 部屋の扉を魔術で開けているのか、自然に扉が開き部屋に入ると、ベッドの上に下着が置かれた。ベッドの下に部屋履きのサンダルが置かれ、ドレッサーの上に化粧品と櫛が置かれていた。



「レオンありがとう」


「どういたしまして」



 レオンは満足そうだ。


 レオンはアリエーテをベッドの上に載せた。



「下着を身につけたら、靴を履き、ドレッサーの前に座れ」


「うん」



 レオンはドレッサーの方に歩いて行き、ベッドに背を向けている。その優しさに感謝しながら、ネグリジェを脱いで下着を身につけて、もう一度ネグリジェを着た。サンダルを履き、ドレッサーの方に歩いて行くと、レオンが椅子を引いた。その椅子のアリエーテは座った。レオンが髪を梳かしてくれる。ボサボサになっていた髪が、真っ直ぐに伸びた。



「美しい髪だ」


「そう?」



 鏡越しにレオンが笑った。


 顔にも化粧品を塗ってくれる。


 鏡をよく見ると、左の瞳の奥に魔方陣が微かに見えるが、よく見ないと分からない。


 レオンは手を翳し、そこから風を出し、髪を乾かしてくれる。



「手から風が出るの?」


「魔界なら、専用の魔道通風機があるが、今、ここにはないからな」


「魔界の方が人間界より進んでいるのね?人間界には髪を乾かす物なんてないわよ」


「そうか、人間界にはないのか?」


「うん」


「これからは、乾かしてやろう」


「ありがとう」



 綺麗に乾かしてもらい、髪がサラサラになる。



「さあ、お嬢様、本当は洋服を着て食事をするものだが、今日はネグリジェで食事をしてくれ」


「はい」



 レオンは、アリエーテの手を取ると、部屋を出て、階段を降りて広いダイニングに入っていった。


 まだ湯気が立っている料理が並んでいる。



「豪華な食事だわ」



 没落していったアリエーテの家は、食べる物もだんだん粗末になっていた。栄えていた頃は、毎晩、豪華な料理がテーブルに並んでいた。その頃を思い出す。


 椅子を引かれ、椅子に座った。



「冷める前にどうぞ、召し上がりください」


「いただきます」



 久しぶりの豪華な食事だった。


 教会の料理は、スープとパンとスクランブルエッグだった。毎日、毎食、パンとスープが変わるだけだった。その食事を食べながら、餌だと思ったほどだった。


 色鮮やかな野菜もお肉も、久しぶりで夢中で食べた。食べ終えると紅茶を出された。



「とても美味しかったわ」


「口に合って良かったな」



 レオンは優しく微笑んだ。この人が悪魔だとは思えないほど優しい。


 ずっと飲んでいなかった紅茶の味も美味しい。



「ゆっくりお茶を飲んだら、寝る支度をしてベッドに入りなさい」


「レオン、ありがとう」



 レオンは優雅にお辞儀をした。


 アリエーテはゆっくり紅茶を飲み干すと、レオンに洗面所に連れて行かれた。



「歯ブラシもあるのね」


「欲しい物があれば、言えばいい」



 アリエーテは寝る支度をすませると、アリエーテを寝室まで連れて行きベッドに寝かしつけた。



「ゆっくり眠りなさい」



 そう言って、レオンは瞼の上に掌を載せると、アリエーテはすぐに眠り落ちた。


 レオンはアリエーテのベッドに腰掛けると、美しい髪を撫でた。



「やっと手に入れた」



 起こさないように、そっと唇を重ねる。


 レオンの表情は穏やかだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る