第156話 淀んだ祈りの間~sideクラリス~
そこは私が知っている祈りの間ではなかった。
以前、ここを訪れたことはあったけれど、周りの壁は真っ白だった。こんな暗く淀んだ灰色じゃない。
神官が教えを説く教壇が、祈りの間の前方の右端に設置されているのは、以前のままだけど、その教壇の上に人間の生首がオブジェのようにして置かれている。
あ、あれは神官長!?
見たところ腐敗が進んでいる様子はないけど、時間凍結の魔術がかかっているのかしら?
一般的には魔術効果を持続させる魔石を置いておくことで、食料の保管として使われることが多い。
でも生首の腐敗を止める為に、そんな魔石置いておくかしら?
オブジェとして飾る目的なのだとしたら、魔族って相当趣味が悪い。
元々祭壇が置かれていた場所に、骸骨や魔物の彫刻がほどこされた玉座が置かれ、そこに闇黒の勇者カーティスが王様のように座っている。
エディアルド様はその光景に苦笑する。
「お前は魔族の王に君臨したのか?」
「王は我が主、ディノ様だ。例え立派な椅子がそこにあっても、低い場所には座りたがらない。だから私がただの椅子として使っている」
カーティスは肘掛けに立てかけてある、鞘に入った闇黒剣を手にとり、玉座から立ち上がる。
そしてゆっくりとこちらを見回してから、驚きの声を漏らす。
「……まさか兄弟そろって私の元に来るとは」
今までエディアルド様とアーノルド陛下、両方に仕えていたカーティスからすれば、その光景はとても信じがたいものだったに違いない。
エディアルド様がちらっとアーノルド陛下の方を見てから答える。
「不本意ながらね。アーノルドと共闘した方が、確実にお前達を倒すことができるからな」
アーノルド陛下は悲しそうな表情でカーティスのことを見ていた。
その視線に気づいてか、カーティスは極力アーノルド陛下の顔を見ないよう、天井に視線をやった。
「幼い頃、一度だけ私たちは三人で遊んだことがあった。その時はお互いの身分も立場も分からないまま、純粋な友達として遊んでいた……覚えてはいないでしょうけど」
「いや、覚えているさ。お前はあの頃から仏頂面だったよな」
少し懐かしそうに目を細めるエディアルド様。
アーノルド陛下も苦笑いを浮かべて言った。
「僕は今まで忘れていたけれど、お前に刺されて意識を失う前に思い出したよ。三人で遊んでいた時のことを」
二人の返答に少し笑みをたたえてから、カーティスは再び話を続けた。
「あんな風に遊んだのはあの時が最初で最後だった。私はテレス妃殿下に呼び出され、エディアルド殿下の側に仕えるように言われた。事あるごとにアーノルド殿下と比べる発言をするように。エディアルド殿下に重圧を与えるようにしろ、とも」
エディアルド様が活躍をするたびに、まるで条件反射のようにアーノルド陛下の名を出して比べるようなことを言っていたのは、テレス妃の刷り込みもあったのかもしれないわね。
「そして、エディアルド殿下が頭角を現しはじめたことを知った時は、隙があればエディアルド殿下を殺せとも命じられた」
かつて友達として仲よく遊んでいた子供に対し、暗殺を命じるなんて。
もうテレス妃はどうしようもない人であることは良く分かった。せっかく仲よく遊んでいた三人の子供の仲を強引に引き裂いたのだ。
カーティスはエディアルド様とアーノルド様を交互に見てから、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「でも最後の最後は、そうやって手を取り合うのだから、やっぱりあなた達は兄弟なのでしょうね。テレス妃殿下は、あなたたちが協力をすることを最も恐れていた」
「別に兄弟仲よくなったわけじゃない。俺もアーノルドも目的が同じだった。それだけだ」
さっきリンクしたように同じ仕草で攻撃をしていた姿を見ていると、やっぱり兄弟なんだなと私も思ったけどね。
私は思わず呟いた。
「私とナタリーには姉妹の繋がりはまるで感じなかったけどね」
「当然です。あなた方は本当の姉妹じゃない」
「え……?」
目を点にする私にカーティスは肩を振るわせて可笑しそうに笑った。
彼の言葉に私は混乱する。
ナタリーと私が姉妹じゃない? ?
異母姉妹だから半分は他人の血かもしれないけど、半分は同じお父様の血が流れているはず。
大体、それが事実だったとして、何故カーティスがそれを知り得るわけ?
疑問だらけなのが表情にでていたのか、カーティスはこちらが尋ねなくても答えてくれたわ。
「テレス妃殿下がね、笑いながら私に教えて下さったよ。ナタリーは執事の子供だって。目の色が同じだからすぐに分かったって」
「――――」
……え、何、それ。
ということは、ナタリーはベルミーラとトレッドの子供だったってこと!?
いやいやいやいや。
そんな、お昼のドラマじゃあるまいし。
「ナタリーの目の色はハーディン王国だと最も多いブラウンじゃない。執事と同じ色でも不思議じゃないわ」
「でも執事は随分狼狽していたみたいだから、図星だったようですよ」
「……」
確かにトレッドのナタリーに対する溺愛ぶりは、執事と令嬢の域を超えていたような気がする。
私を虐げていたのも、あの執事が中心となっていた。
トレッドは私を排除して、自分の子であるナタリーを侯爵家の主にしようとしていたのかもしれない。
そんなトレッドも王族の殺害を企てた一員として、お父様と共に投獄されている。
確かトレッドとベルミーラ、それからお父様は同じ牢に入れられているって聞いていたけど。
……牢の中、かなりの修羅場と化しているんじゃ。
「ナタリーが真実を知ったら、さすがにショックかな」
私は何ともやりきれない気持ちになるけれど、カーティスは軽く肩をすくめた。
「ナタリー嬢は知っていたようですよ。それとなく母親から聞かされていたみたいですね。いつか本当の父娘として暮らす予定だって私に自慢していたくらいですから」
「……」
あ、あんなにお父様のことを慕っていたナタリーが?
本当のお父様じゃないって分かっていて、あんなに甘えていたの? 怖っっ!!
いつかトレッドと本当の父娘として暮らすって……じゃあ、今のお父様はどうするつもりだったの? ?
「その通りよ。お父様はいずれ遠くへ行く。その時にはお母様とトレッドお父様と一緒に楽しく暮らす予定だったの」
ウィストが後ろを振り返り、私とエディアルド様を守るように剣を構える。
ソニアは前方のカーティスの方に目を離さぬまま身構えていた。
声がしたのは真後ろ。先ほど開いた重厚な扉にぽっかりとトンネルのような穴が開いていた。そこからヒールの音をカツカツと立てて、現れたのはナタリーだ。
ディノもあのトンネルを使ってシャーレット家を出入りしていたわ。
あの闇のトンネルは壁と壁を貫通させる役割を果たすみたいね。でも物理的に壁や扉を破壊しているわけじゃないようだ。闇のトンネルはナタリーが通り抜けると自動的に閉じられ、扉は元通りになった。
「あの魔術で、城に入ったのか……」
アーノルド殿下は忌々しそうに呟く。
ナタリーは黒いローブの下、黒いイブニングドレスを纏っていた。
トレッドの血を引いた証であろうブラウンの目は、真っ暗な闇のような黒、ブラウンの髪の毛もぬば玉のように黒い。
肌の色は青白く、血色がない。
随分と大人びて綺麗になったけれど、その美しさには禍々しさが纏わり付いている。
私はナタリーに尋ねた。
「お父様が遠くへ行くって?」
「お母様と旅行に出かけて、旅行先の事故で亡くなる予定だったの。でもその計画もあんたたちのせいで台無しになったわ」
悪びれもなくナタリーはお父様の殺害計画をペラペラと喋っている。
私だけじゃなくて、お父様も殺すつもりだったなんて。
哀れなお父様……あんなに愛していた妻や娘に殺される予定だったなんて。
ナタリーもベルミーラもそれにテレス妃やミミリアも。小説の悪役令嬢も真っ青になるくらいのとんでもない悪女じゃないの!
「それよりもナタリー、お前は聖女を捕まえに行ったんじゃないのか?」
「ああ、捕まえようと思ったんだけど逃げられちゃって。でもあの娘、けっこう馬鹿だよ。だって聖女の力で瞬間転移したって思ったら、転移先が神殿の中だったみたいでディノ様に捕らえられたの。今は鳥かごの中よ」
カーティスの問いかけにナタリーは答えてから、ドヤ顔で天井を指差した。
見上げると吹き抜けになっている高い天井に大きな鳥かごが吊り下げられている。
人一人は入りそうな大きな鳥かごだ。
鎖にぶらさがった鳥かごは、滑車の音を立ててゆっくりこちらに降りてくる 。
鳥かごが近づいてきた時、中に人が閉じ込められているのが見えた。
ボロボロの服、縮れたピンク色の髪、白い肌は煤で汚れている女性がいるのがみえた。外傷はないみたいだけど、髪の毛や装備品はボロボロだ。
「み……ミミリア」
アーノルド殿下がそう呼ぶまで、私は彼女が誰だか分からなかった。
それほどまでにミミリア=ボルドールの姿は見る影もなかったのだ。
そしてその巨大な鳥かごの上に座ってこちらを見下ろしている人物がいた。
魔族の帝国ブラッディールの皇子、ディノ=ロンダークだ。
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