第155話 悪徳神官たちの末路~sideクラリス~

 神殿の入り口に入ると、中は薄暗かった。照光魔石を使うほどじゃないけれど、足元には注意しないといけない。

 神官の服を着た骸骨が倒れていたからだ。

 神殿の中の神官たちは皆殺しにされたみたいね。だけど白骨化するほど日数は経っていないと思うのだけど? ?


 他にも同じような白骨化死体が転がっていて、神聖だった筈の神殿は禍々しい魔族のアジトになっていた。

 その白骨死体がカタカタ動いたのはその時だ。

 私は思わずビクッとして、エディアルド様の腕に抱きついてしまった。


「ど、どうした? クラリス」


 え、エディアルド様、顔、紅くしなくていいから!

 骨が動いたのに驚いて、反射的に抱きついただけだから!

 私も顔を紅くしながら、極力平静を装いながら訴える。


「今、骸骨が動いたような気がして」

「骸骨が?」


 エディアルド様もすぐに気を取り直し、足元の骸骨を見る。

 私のすぐ後ろにいたソニアも同意したように言った。


「確かに私も骸骨が動いたのを見ました」

「そ……そうか」


 真面目な顔で報告しているけど、彼女も骸骨が動くのに吃驚していたのか、反射的にウィストの腕にしがみついていた。

 ウィストの顔が真っ赤になっている。


「……おい、エルダ。俺から離れろ」

「だ、だって、魔物と違って、お化けは怖いわ」


 エルダも骸骨が動く光景を見てしまったらしく、隣にいるイヴァンにだきついていた。

 イヴァンはすごく迷惑そうな顔をしている。

 ゲルドがお熱い光景(?)に、手の平を団扇にして仰ぐジェスチャーをする。


「その仕草はやめろ!!」


 イヴァンはゲルドに怒鳴ってから、くっついているエルダの頭を掴み、強引に自分から引き離す。


「いやん、女の子(?)にも乱暴なんだから」

「なよなよするな! 騎士に男も女もないだろう!」


 わざと目をうるうるさせるエルダに対して、イヴァンは苛立った声をあげる。エルダ、普段からああやってイヴァンのこと、からかっていそうね。

 少し場が和みかけたのも束の間、再びあの音が神殿のロビーに響き渡る。


 カタカタカタ……


 今度は気のせいじゃない。

 エディアルド様たちの耳にも聞こえたようで緊張が走る。


 カタカタカタ……

 カタカタカタカタ……

 カタカタカタカタカタカタ……


 確実に神官服を纏った骸骨が動き出した。

 一体だけじゃなく、二体……三体……次々と神官服をきた骸骨が起き上がる。

 私は叫びたくなる気持ちを辛うじて抑え、代わりに心の中で叫んだ。


 いやぁぁぁぁぁ!!

 魔物じゃなくて、これお化けでしょ!?

 

「アンデッド系の魔物か。死んだ人間を魔族化させたんだな」


 エディアルド様はいたって冷静だ。

 あの小説にこんなスケルトンたち登場していたっけ? でもエディアルド様は知っているみたいだから、出てきていたのかもしれないわね。

 し、しかもスケルトンの集団がこっちに迫ってくるっっ!!


「アーノルド、勇者の剣を」

「了解」


 アーノルド陛下も動揺することなく、落ち着いた様子で剣を引き抜く。

 そして一線を描くように剣を横に薙ぐ。

 その瞬間、広範囲に光の雨が降り注ぐ。


「クラリス、エルダ、清浄魔術を」

「「は、はい!」」


 エルダと私は同時に返事をしたけど、私の方は声が裏返ってしまった……かっこ悪い。でもめげている間なんてないわ。

 エルダも騎士としては珍しく、癒やしや浄化などの補助魔術が得意なの。

 私はエルダと顔を見合わせてうなずき合うと、同時に清浄魔術の呪文を唱えた。


「「ギガ・クリアード!」」


 私とエルダはその場全体を浄める上級の清浄魔術をかける。

 同時に魔術を唱えたので効果は倍増、ロビーの中全体が澄んだ清浄な空気に包まれた。

 女神の力を得た光の雨と清浄魔術の相乗効果によって、骸骨たちはまるで砂で出来た人形のように脆く崩れ去ったわ。

 残ったのは神官の服だけ。

 エディアルド様は床に落ちている神官服をじっと見て言った。

 


「死んだ人間全てが魔物になるわけじゃない。それこそ、女神への信仰心を失い、欲望や嫉妬、虚栄など、負の思念に満ちていた者ばかりだったのだろう」


 同情の余地はない、ってことね。

 神官長からして、ジュリ神の信仰心ゼロだったものね。なるべくしてなった姿なのだろう。

 そういえば神官長らしき服を着た骸骨は見当たらないわね。

 私が周囲を見回した時、ドスドスといくつもの大きな足音が響きわたる

 大きな魔物の集団が走ってきているのだろう。地鳴りがして天井のシャンデリアが小刻みに揺れる。

 奥へ続く扉がバン!!と音を立てて開かれた。 

 今度はゾンビではなく、衛兵の魔物たちが駆けつけてきたのだ。

 岩のように大きなクマ型の魔物、ロックグリズリーたちは、走る度にドスドス音が響く。

 明らかに自分よりも大きく、凶暴な魔物だとは分かっているのに、ゾンビが来なかったことに、ホッとしている自分がいる……なんか麻痺している気がしないでもないけど、とにかく気を引き締めなきゃ。


 丁度その時、外で戦っていた騎士たちも私たちの後を追ってきたのか、扉を開き入って来た。


 そして彼らは自分たちよりもはるかに巨体な魔物たちに臆することなく立ち向かう。

 魔術師が捕縛魔術をかけ、剣を持った騎士がロックグリズリーの腹を横に一刀両断するという連係プレイで倒す者もいれば、大きな戦斧を振り回し、向かってくるロックグリズリーを次々薙ぎ払う者、炎の呪文を唱えロックグリズリーの身体を焼き払う魔術師など、着実に相手を倒している。

 騎士の一人がロックグリズリーが振り下ろした爪を剣で受け止めながら、エディアルド様に訴える。


「エディアルド公爵、先へお急ぎください!」


 エディアルド様はその騎士に頷いてから、私とソニアとウィスト、そしてアーノルド陛下と四守護士……じゃなくて、今は三守護士と共に、神殿の奥、祈りの間を目指す。

 祈りの間まではいくつかの扉を開けなければならない。

 扉を開けるたびに入り口を守る衛兵がこちらに向かってくる。

 最初に向かってきたのは、顔は狼で身体が人間のワーウルフだ。ブラックモスナイトと同様、人間と同じように鎧を装備した魔物だ。

 エディアルド様とアーノルド陛下が同時に走り出す。


 二人はまるでリンクでもしたかのように、同じ動き、同じタイミングですれ違いざま衛兵の魔物を斬りつける。

 二人の剣は薄暗い空間の中、異様な輝きを放っていた。

 剣の切れ味は鋭く、また強い浄化作用もあり、切られた魔物はまるで蒸発でもしたかのように消えてしまう。

 数十頭いた屈強なワーウルフの衛兵たちは、二人の元王子によって瞬く間に倒れることになる。

 アーノルド殿下、ずっとデスクワークをしてきたわけじゃないのね。魔物を相手にした実戦にも慣れている。

 ワーウルフの軍団を一掃し、ウィストが四枚目の扉を開いた。



 四枚目の扉を開くと、そこはだだっ広い広間になっていて、今までとは気配が違う衛兵達が立ちはだかっていた。

 人型に近い魔物、オーグル、そしてオグレスだ。彼らもまた武器甲冑を身につけている。オーグルは男性で、オグレスは女性。身体も大きく私たちを悠然と見下ろしている。

 その中でも一際大きなオーグルが斧を振り上げて飛びかかってきた。すぐさま四守護士のゲルドが前に出て戦斧でそれを受け止める。

 続けざま手に槍を持ったオグレスも両手で持った槍を構えて、こちらに突進してくる。槍をアーノルド陛下めがけ突こうとした瞬間、それを防いだのはエルダだ。

 彼(?)は自分の槍で相手の槍を振り払い、攻撃を防いだ。

 そしてイヴァンもリーダー格のオーグルと剣を交え戦っていた。

 オーグルやオグレスの衛兵たちは三守護士たちに任せ、さらに先へ進む。


 歴代の神官長の肖像画が並ぶ廊下だ。

 ただしどの絵も原型を留めていない。魔物の爪痕や、剣で滅多斬りにされたであろう痕跡がある。

 最後の現神官長の絵は横に真っ二つに切られ、首から上がなかった。

 肖像画の通路を通り過ぎしばらくして、ようやく五枚目の扉が姿を現す。

 今までの扉よりも重厚で、ソニアとウィストが二人がかりで開ける。

 

 

 そこは祈りの間。


 ジュリ神に供物を捧げる台座があった場所には玉座が置かれ、そこに闇黒の勇者――――カーティス=ヘイリーが座っていた。

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