第152話 悪役王子、勇者と共闘する②~sideクラリス~


 ――――最悪。

 実の息子を見捨てて、愛人と共に逃避行って。

 しかも国王陛下の殺害も暗殺者に依頼していたのよね? 悪役令嬢も真っ青な悪女っぷりじゃない。


「母上が父上暗殺の首謀者だと、ナタリーから聞いた」


 アーノルド陛下の言葉に私は耳を疑う。

 何故ナタリーがそれを知っているのだろう? あの子はずっと行方不明で王城内の情報なんか仕入れようがないと思うのだけど。


「僕を国王にするために、ずっと兄上の命を狙っていたことも聞いた」


 エディアルド様のことまで?

 城に潜入でもしない限り、そんな情報得られないはず。

 アーノルド陛下は天井を見詰めたまま話を続けた。



「もちろんそんなのは嘘だと思っていた……だけど、母の秘書の部屋を調べたら、父を殺した毒物と同じ毒物が発見された。秘書はご丁寧に手記も残していて、母上との関係や、兄上の殺害計画や毒物入手の経緯のことまで細かく書いてあった」


 秘書がそういう手記を残していたというのは、自分がテレス妃の機嫌を損ねるなどして処された時に備えていたのかもしれないわね。

 秘書はテレス妃の愛人だけど、彼女のことを信じていなかったのかもしれない。

 いずれは飽きられて捨てられるかも……そんな恐れを抱いていたのかもしれないわね。

 

 秘書はもし自分が死んだ時、その手記が誰かに発見されることによって、彼女の罪状をいつでも伝えられるようにしていたのかもしれない。

 だけど、それは秘書自身も関与している国王毒殺の証拠品でもある。

 重要な証拠品を残して逃げるなんて。

 魔族が攻めて来ている混乱状態の中、自分の部屋が捜査されるとは思わなかったのかもしれないわね。


 アーノルド陛下も重傷で苦しむ中、部屋の捜査を命じたのは母親が本当に罪を犯したのか、どうしても知りたかったのだろう。酷なことに捜査した結果、母親の罪は確定してしまったのだけど。

 アーノルド陛下は先ほどから虚ろな眼差しで天井を見詰めていた。

 可哀想で見てられないわ。

 今まで信じ切っていた母親の悪行もさることながら、重傷の息子を捨てて愛人と一緒に逃げたんだものね。

 エディアルド様が怪訝な顔でアーノルド陛下に尋ねる。


「ナタリーは何を根拠にテレス妃が先王暗殺の首謀者だって言ったんだ?」

「城内に小型の魔物が潜入して、 魔石を置いていったらしい。その魔石を通して母上や暗殺者の会話も聞いていたらしく、魔族側に筒抜けになっていた。城内をくまなく調べさせたら、母上と父上、財務官や将軍の執務室に豆粒のように小さな黒い魔石が置かれていた」

「俺やお前の部屋にはなかったのか?」

「多分、僕や兄上、あと宰相と、兄上の母上であるメリア妃殿下の部屋は浄化の魔石が埋め込まれた柱が立っている場所にあったので、魔物が近づきにくかったのだと思う」


 王子の部屋はともかく、機密情報も扱う宰相の部屋が盗聴されていなかったのは幸いだったわね。

 脇腹に触れて、傷口が完全に塞がったのを確認してから、アーノルド陛下は起き上がった。


「まだ動かない方が良いですよ」


 私の忠告にアーノルド陛下は首を横に振り、ベッドから降りた。

 


「僕は闇黒の勇者を倒さなければならない。カーティスをあんな風にしたのは、僕だからね」


 その表情は今までに無く苦悩に満ちていた。

 王位に就くまではあんなに仲よくしていたものね。カーティスも、エディアルド様には見向きもせずにアーノルド陛下を一途に慕っていた。

 だけどそれはあくまでテレス妃が用意した舞台の上で成り立っていた友情にすぎなかったのかもしれない。


「分かった。俺はこの戦の元凶であるディノを倒す。今もこの世界は徐々に瘴気によって蝕まれているからな。瘴気を放つ魔石の効能を断つためにもあいつを倒さないといけない」

「密偵の知らせによるとナタリーとカーティスは神殿に居を構えているらしい。ディノも恐らくそこにいるんじゃないかと思う」

「不本意だが、お前と共に神殿に行かなければならないようだな」

「今までのことを考えたら、兄上が僕と行動しようとするだけでも奇跡だと思っている」



 アーノルド陛下は、以前より少しは大人になったみたいね。

 国王として激務に追われるようになって、色々な経験をしてきたからかな。あと、自分の母親やミミリアの本性を知って、自分自身、いかに人を見る目がなかったのか思い知って、後悔してきたのかもしれない。

 

 エディアルド様は帯剣している剣の内、一本をアーノルド陛下に渡した。

 ジュリアークの剣 あるいは勇者の剣と呼ばれる伝説の剣だ。

 一見はただの剣なんだけどね。鳥の翼のような形をした柄、中心には空色の宝石がはめこまれたその剣は主人公である勇者が持つ最強装備だ。

 エディアルド様はアーノルド陛下に告げた。


「この剣はお前が持つべき剣だ」

「僕が……?」


 本来だったら、主人公アーノルドがダンジョンを攻略して手に入れる筈だった剣なのよね。

 だけどアーノルドは小説の展開よりも早く国王に即位してしまい、仲間と冒険する機会を失っていた。

 だからエディアルド様が代わりに勇者の剣を手に入れる旅にでることにした。

 苦労して手に入れた剣を渡すのは、最初は癪だと思っていたけれど、おかげでエディアルド様は勇者の剣に匹敵する剣を手に入れたし、私自身も最強の魔術師の杖を手に入れたから、今は感謝したいくらいよ。

 冒険したからこそ出来た経験もあるし、出会えた人もいるから。

  

 光の剣はアーノルドが手にすることによって、その能力を遺憾なく発揮する。

 彼がエディアルド様から剣を受け取り、鞘から引き抜いた瞬間、刃がまばゆいほどの輝きを放った。


「兄上、これは……」

「お前だったらその剣を使いこなせるはずだ。そいつで闇黒の勇者を倒せ」

「このような貴重なもの、僕が貰ってもいいの?」

「そいつはお前にしか使えない。お前は聖女に選ばれた勇者なのだから」

「だけど」

「俺にはちゃんと自分の剣がある」


 エディアルド様は帯剣している剣を少しだけ引き抜いてみせた。

 すると勇者の剣と匹敵するくらいの輝きを放つ剣が姿を現す。


「お前の剣はジュリアークの剣。俺の剣はドラゴンネストの剣だ」

「なんと……兄上、文献で読んだ話では確か、このジュリアークの剣はユスティ帝国の古代遺跡にあった筈です。まさか兄上がダンジョンに挑んで」

「ああ、結構苦労したぞ」


 少し得意げに笑うエディアルド様に、アーノルド陛下は目に涙を浮かべその場に跪いた。

 そして両手でジュリアークの剣を持ち上げ、エディアルド様に頭を下げる。

 その光景に周囲の魔術師や薬師は驚きが隠せない。

 国王が誰かに跪くなど、まず有り得ない光景なのだ。

 

「まさかアーノルド陛下はエディアルド公爵に王位を……」


 魔術師の青年が言いかけて、慌てて口を閉じる。

 確かに今言うべき言葉ではなかったけれど、アーノルド陛下が跪くというのはとても重大なことを意味していた。


「アーノルド、立ってくれ。今後の事で話がしたい」


 エディアルド様にうながされ、アーノルド陛下が剣を持ち、立ち上がった時、一人の騎士が扉をノックしてから、部屋に飛び込んでくる。


「申し上げます!ロバート将軍を始め、元魔術師長リオール伯爵様と、元薬師長フレイル子爵が謁見の間に集結しております」

「も、戻って来てくれたのか。ひょっとして兄上が」

「ああ、俺が召集をかけた。直ちに部隊を編成し、闇黒の勇者、黒炎の魔女をはじめとした魔族軍に総攻撃をかける」




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