第148話 王都帰還⑤~sideエディアルド~
……は?
カーティスだって?
あんなにアーノルドを崇拝していたのに?
仮の主人である俺から解放されて、あんなに晴れ晴れした顔を浮かべていたのに?
一体、二人の間に何があったんだ?
コーヒーを一口飲んだクロノム公爵は、カップをソーサーの上に置いてから、そんな俺の疑問に答えてくれる。
「今まで崇拝してきた人間の現実を目の前にした時、それは失望に変わり、時には憎しみに変わるんだよね」
「……」
「カーティス君にとって、宰相はあまりにも荷が重すぎた」
「……」
「残酷なことに国王陛下は僕と同じくらいのスキルをあの子に望んだんだ。当然そんなのは無理に決まっている。だけどアーノルド陛下はそれが理解できずに、カーティス君を役立たずだと責めたみたいなんだ。カーティス君は逆上し、城を出て行ってしまった。それ以来行方知れずになっていたんだよ」
常にアーノルドと比較するようなことを言っては、悔しがる俺の反応を見て楽しんでいたカーティス。まさか自分が宰相と比較される立場になるなんて夢にも思わなかったのだろう。
「あんなに尊敬していた国王陛下に憎しみを抱くようになっても可笑しくはないだろうし、今まで馬鹿にしていた君に、魔術や剣術を越された劣等感もあったかもしれないね。とてつもない負の感情が渦巻いていたんだと思うよ」
「……」
さすがに予想外だった。
あのカーティスが闇黒の勇者に選ばれてしまうとは。
今にして思うと、あんなにアーノルドと比較するようなことを言っていたのも、自分の劣等感を誤魔化す為だったのかもしれないな。
アーノルドを称えることで、アーノルドに味方する自分も凄くなったつもりでいたのだろう。
「テレスや他の貴族達は?」
「城に残っていた有力貴族達の殆どは闇黒の勇者によって殺されたみたいだね。テレスちゃんの情報はまだ入って来ていないんだよね。どっかに隠れているのか、あるいは逃げたのか」
「……」
瀕死の息子を置いて逃げるかな……いや、あの女だったらあり得るか。とりあえす、テレスは今、行方が知れないわけだな。
「王都の様子はどうなのですか?」
コーネットが口を開いた。恐らく家族のことが気になるのだろう。
イヴァンが目を伏せたまま答える。
「王都は未だに混乱したままです。ウィリアム侯爵は早くから魔物の襲来の情報を聞きつけ、多くの住人達をウィリアム領に避難させておりました。しかし半数の住人はまだ街に残っており、魔族の襲来に怯えております」
商人や冒険者、情報屋と交流があるウィリアム家は、どの貴族よりも情報を掴むのがはやかったようだ。
コーネットの家族は既に王都を離れ、自分たちの領地に王都の住人達を避難させる活動を行っているらしい。
コーネットはさらにクロノム公爵に尋ねた。
「王都以外で攻撃されている地域はあるのですか?」
「今の所は王国領の一部……元シャーレット領をはじめ、王都の周辺領地がやられているね。元々、テレスちゃんについていた人達が治めている領地だからさ、戦の備えとか全然していないんだよね」
クロノム公爵は頬杖をついて溜息をつく。
平和な時代に軍は不要、と言っていた貴族たちだからな。
自分たちの領地に魔族の軍勢がやってくるなんて、想像すらしていないのだろう。
アドニスが腕を組み、テーブルを睨みながら言った。
「魔族たちは、まず魔石の浄化作用がなくなり次第、王都を攻めるつもりでしょうね。王城を完全に乗っ取り、拠点を定めてから徐々に他の領土も攻めるのだと思います」
「もしそうだとすれば、次に狙われるのは王室領に隣接するクロノム領である可能性が高いな。公爵、今の段階でクロノム領の被害状況は」
俺はクロノム公爵の方を見た。
クロノム領の被害状況はまだ告げられていないが、実際のところどうなのか気になった。
「ちょっとばかりこっちに魔物達が攻めてきたけど、すぐに駆除しといたから」
駆除……ネズミみたいな扱いだな。
そこまでの被害はないってことだな。
「こういう時に備えて、将軍職を辞めたロバートを師範役に迎えて、騎士達の強化もはかってきたし、クロノム家直属になった元宮廷魔術師や元宮廷薬師たちもいるから余裕だよ、余裕」
……成る程。
有能な人材はクロノム家やシュタイナー家に流れていったからな。今のハーディン王国よりも防衛体制は強力だろうな。
「でも出来るだけ、アーノルド国王と聖女様には頑張って欲しいよね。魔族の勢力を削いでくれたら、こっちも楽になるし」
にこやかに笑うクロノム公爵。
アーノルドは国王としては能力不足だったが、物語の主人公らしく真面目に魔術や剣術には打ち込んでいたからな。
本来なら戦いの場でもかなりの実力を発揮していたとは思うが、腹心だったカーティスに不意打ちをくらい大怪我をしたから今は治療中だ。
魔族に傷つけられた傷はやっかいだからな。治療の手伝いが必要になるな。
問題はミミリアだ。
小説のヒロインであれば普段から真面目に神殿で祈りを捧げ、強力な女神の加護を得ているはず。
しかし現実のヒロインは、かなりの怠け者だ。神殿に祈りを捧げている話は一度もきかなかった。
重要なシーンさえクリアしていれば、力が勝手に目覚めてくれると思っているんじゃないだろうか? もし彼女が転生者で、小説の読者だったとしたら、ヒロインが努力しているシーンは完全に飛ばし読みしていたのだろう。
彼女の聖なる力は欲しかったけど、そこはもう諦めるしかないな。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
クロノム公爵が入るよう促すと、執事が静かな声で告げた。
「準備が整いました」
「了解。エディー、一度外へ出てくれない? 皆が集まってきたみたいだから」
「皆?」
首を傾げる俺に、クロノム公爵は意味深な笑みを浮かべて頷いた。
◇◆◇
執事に案内され、クロノム邸の中庭に出た俺は、その光景に目を見張った。ロバート将軍をはじめ、重装備を纏った貴族たちが整列していたのだ。
そして先ほど俺に何か言いたそうだった騎士団達も、その後ろに整列している。
俺が整列する彼らの前に立つと、右脇にイヴァンとエルダ、左脇にソニアとウィストが俺を警護するかのように立つ。
後ろにはクラリス、デイジー、アドニス、コーネットが控える。
今、立たされているこの状況に、俺の胸は高鳴る。
ロバートたちは声をそろえ、俺に訴えてきた。
「「「エディアルド=ハーディン閣下、どうか我らにご指示を!」」」
「……!?」
目を見張る俺に、ロバートが前に出て、代表で俺に訴えてきた。
「我らはあなたの命にのみ従います。あなたの命であれば、我らは王都へ駆けつけます」
「…………!?」
俺はわずかに目を見張った。
アドニスの言う条件、アマリリス島に着いた時点でうすうす気づいてはいたが、いざ、これだけの臣下が並び、まっすぐな目でこちらに訴えてくるのを目の当たりにすると、やはり驚かずにはいられなかった。
俺は確認するように、ロバートに問いかける。
「それが、王国有事の時に駆けつける条件だったのだな?」
「はい」
俺の問いかけに、ロバートは一言だけ答えうなずいた。そして俺の前に跪き、恭しく頭垂れた。彼に従う軍関係の貴族達も同様の姿勢をとる。
ロバートははっきりした口調で俺に告げた。
「我らは最初から貴方が王に相応しいと思っておりました」
「…………」
同じような言葉をテレス側の貴族達からも言われたが、ロバートや軍関係の貴族達が言うと違うように心に響いてくるのだから不思議なものだ。
そこに偽りの響きがないからだろう。
彼らはアーノルドが王になった時点で、何のためらいもなく現役職を辞職した者たちだ。
状況によってコロコロ態度を変えるテレス側の貴族とは全然違う。
隅っこの方では、そのテレス側の貴族たちが苦虫をかみつぶしたような顔で今の光景をみつめている。あいつらまだ帰ってなかったのか。
俺をお飾りの指揮官に仕立て、ロバート達を動かすのが、あいつらの本当の目的だったのだろう。
俺は淡々とした口調でロバートに問いかける。
「俺は勇者でもなんでもない。特別な女神の加護をうけたわけじゃないぞ」
「勇者が必ず王になるわけではありません。それに我らが求めている王は、我らを必要としている王です」
「…………」
俺は空を見上げ目を閉じた。
今、俺がこの場で命令を下すということは、彼らの王になることを認めることになる。
一国の王になる覚悟が必要、ということだ。
本当は影で支える役が良かったんだけどな……そうもいかなくなってしまった。
アーノルドは闇黒の勇者となったカーティスの裏切りにより、瀕死の状態だ。他の有力貴族たちも王城から逃げたか、カーティスの刃にかかり死んでしまった。
そして王太后であるテレスは行方不明。
王室の要請も聞く耳もたないロバート達を動かせるのは、俺しかいない。
俺は目を開き、跪くロバートや軍関係の貴族達を見回してから、ひときわ強い口調で彼らに告げた。
「各領主たちに告ぐ! ただちに進軍の準備を。王都を包囲する魔物の軍勢を殲滅せよ!!」
「「「はっっ!! エディアルド閣下の仰せのままに」」」
驚くほどそろった声で、軍関係の貴族達は俺の命令に答えた。
初めて多くの人間に命を下した……思った以上に緊張していたらしく、俺の足はかすかに震えていた。
「大丈夫、すぐに慣れるから」
横にいるクロノム公爵が小声で俺を励ましてくれる。
ははは……慣れたくないけどな。だけど覚悟した以上、慣れるしかないか。
俺は後ろにいるクラリスの方を見る。
彼女はピンクゴールドの目でじっとこちらを見詰め、ひとつ頷く。
その強い眼差しが、今の俺にはとても心強い。
君はきっと正式に俺の婚約者になった時から、この時が来ることを覚悟していたのだろうな。
クラリス、本当にありがとう。
俺の婚約者になってくれて。
君が共に歩んでくれるのであれば、俺はどこまでも強くなれそうだ。
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