第149話 王都帰還⑥~sideエディアルド~
アマリリス草原
石灰岩で出来た大地に天然の芝が広がるその地は、飛空生物たちが降り立つ飛行場のような役割を果たしていた。
大海原が見渡せる断崖絶壁から、フライングドラゴンに乗った騎士達が次々と飛び立つ。
黒い雲に覆われた空だが、雲の切れ間から太陽の光が漏れ、光の梯子が海面に降り注いでいる。確か、前世では天使の梯子とか言われていたな。
エルダが気遣うように俺に尋ねてきた。
「我々はフライングドラゴンでの移動になります。エディアルド公爵は、飛空生物の騎乗の経験は?」
「何度も乗っているから問題ない」
そう言って俺は人差し指と中指を唇に当て、口笛を吹いた。
程なくして黒い雲の中から現れたその飛空生物に、騎士たちは蒼白になり、息を飲む。
騎士達が乗っているフライングドラゴンよりも一回り大きい、深紅の身体を持つドラゴン。
最近になって更なる成長を遂げ、まるで鎧を思わせる強固な深紅の鱗を持つ身体に変化していた。
「れ……レッドドラゴンだ」
「なんて大きい」
「攻撃してこないって事は、敵じゃないよな?」
騎士達と同様、イヴァンやエルダも信じがたい目を上空に向けている。
レッドドラゴンは強風を巻き起こしながら草原に降り立つと、「きゅうう」と巨体には似つかわしくない甘えた声で、俺に顔をすり寄せてきた。
イヴァンはレッドドラゴンと俺の顔を交互に見る。
「そのレッドドラゴンはまさかエディアルド公爵の?」
「ああ、俺とクラリスはこいつに乗って行く」
「「れ、レッドドラゴンに乗る!?」」
イヴァンとエルダが同時にひっくり返った声を上げる。
驚くのも無理はなく、レッドドラゴンが人に懐くことは滅多にない。
他の騎士達が乗っているフライングドラゴンは比較的性格が大人しく、人懐こいドラゴン種族だ。
しかしレッドドラゴンは、ドラゴン種族の中でも最も強く、しかも気性が激しい。
俺が子供の頃から可愛がって育てたおかげもあり、レッドは背中に乗せてくれるまでになった。
俺がレッドの背中に乗ると、周囲の騎士たちから感嘆の声があがる。
「ほ、本当にレッドドラゴンに乗った!」
「夢に描いたような英雄の姿だ」
「まさに王の風格……」
騎士達の声を理解しているのか、レッドは得意げな顔になる。生物に詳しいコーネットによると、自分が乗せている主が強者であることを、周りに自慢しているらしい。
俺自身は何だかこそばゆい気持ちだけどな。あまり、手放しに賞賛されることに慣れていないんだよな。
見送りにデイジーとアドニスの兄妹が来ていた。
デイジーがこちらに歩み寄り、クラリスに緑のジュエリーバッグを手渡す。
「あとはよろしくお願いします。クラリス様」
「分かったわ、デイジー」
クラリスはひとつ頷いてそのバッグを受け取ると、両手で大事そうに抱えた。
デイジーは辛そうに目を伏せて言った。
「私も一緒に行きたいのですが、皆様の足を引っ張ると思いますので。兄様と共に同盟国の援軍の要請や、クロノム家専属の魔術師や薬師の派遣などに専念いたします」
「あなただからこそ出来ることが沢山あるわ。デイジー、くれぐれも気を付けて」
「クラリス様もどうかご無事で」
クラリスとデイジーは涙ぐみながら抱きしめ合う。
小説のデイジー=クロノムは兄とともに、謀略や交渉などで魔族の戦いに貢献した人物だったがその通りになりそうだな。
ジョルジュとヴィネ、そしてジンも俺たちを見送りに来ていた。
「俺とヴィネは船に乗って、王都に残っている仲間たちを助けに行く」
「ペコリンも心配だからね」
「僕もいつでもお茶をいれられる準備をして待っているからね」
涙ぐんでまっすぐこっちを見るジンに、俺は胸が締め付けられる。
ジンはクロノム邸に預け、ヴィネとジョルジュの二人もウィリアム家の商船に乗り、王都へ向かうことになっている。
彼らが乗る予定の船には上回復薬や栄養丸薬が入った木箱が積んである。王都内の避難所にいる怪我人や病人に届けるのだ。
王都にはまだ残っている人々がいるので、彼らを救いに行かなければならない。
俺たちがお世話になったよろず屋ペコリンの店主、ペコリンも王都に残っているという。
両親二人も戦地に向かうことになっている今、ジンは不安で押しつぶされそうになる気持ちを堪えながら毅然と立っている。
あの子の為にも絶対に死ぬわけにはいかないな。
俺はジョルジュたちに言った。
「先生達も、気を付けて」
「おまえらもな」
ジョルジュは頷いて親指を立てる。
ヴィネとジンは涙を堪えながらも笑顔で手を振った。
「がんばるんだよ、あんたたち」
「皆、早く帰ってきてね!」
ウィストとソニアはそれに応えるように三人に敬礼のポーズをとってから、フライングドラゴンの手綱を引き飛び立った。
「コーネット、言うまでもないけど、無傷で戻ってくるんだよ? そうじゃないとデイジーが泣くからさ」
「無傷でいられるかどうかは分からないけど、無事に帰ってくるつもりだよ」
コーネットもアドニスと片方の手でハイタッチをしてから、フライングドラゴンに騎乗し飛び立つ。
イヴァンとエルダもそれに続き飛び立った。
俺も手綱をひくと、レッドが翼を羽ばたかせた。
その際、他のフライングドラゴンとは桁違いの強風が生じ、ヴィネとデイジーはスカートをおさえる。
断崖絶壁から飛び立ったレッドは、飛行速度もフライングドラゴンより上回るので、先に飛び立っていたイヴァンとエルダに瞬く間に追いついた。
振り返ると、見送りに来た皆がまだ手を振っていた。
◇◆◇
クロノム領にあたるレダ港は、王国領の境目にあり、この港から王都へ向かう旅人も多い。
波止場は騎士団の駐屯地になっており、そこで一度休憩をとることになった。長距離の移動は体力を消耗するからな。
人間にも、それからドラゴンにも回復薬を飲ませ少し休む時間が必要になる。
小一時間ほど身体を休ませてから再び王都に向かって出発をした。
空から見たハーディン王国の風景は一見穏やかだ。
しかし一部の村は魔物の襲撃にあったのか、建物全てが全焼していたり、畑が荒らされていたり、破壊された民家もあった。
しばらくすると、王都の街並が遠くから見渡すことができるジュリアネスの丘に魔物の軍勢が待機しているのが見えた。
一体、何千……いや何万の軍勢だろうか?
近づいて上空から魔物の軍勢を見渡すと、どの魔物も人間より一回りも二回りも大きく、力が強そうなものばかり。
あれが一斉に王都に攻めこんできたら、ひとたまりもないだろう。
「私たちが戦った時よりも数が増えています」
唇を噛むイヴァンに俺は言った。
「お前達が思った以上に手強かったから、魔族側も援軍を呼んだのだろうな」
今の所、あの軍勢が王都に攻め込むことはなさそうだが、清浄魔術の効力が切れたらどうなるか分からない。
早いところ元凶であるディノを倒さないといけないな。
「王城周辺を飛行する魔物たちには注意してください」
イヴァンの警告に俺は頷く。飛空タイプの魔物が王都周辺の上空を飛び回っているようだ。
鳥系の魔物もいれば、虫系の魔物もいるからな。蝙蝠に似た翼を持つリザードマンが最も戦闘力が高いらしい。
王都が近づいて来た時、飛空タイプ魔物の軍団が一斉に襲いかかってきた。
イヴァンに付いてきている騎士達はかなりの精鋭なのだろう。
すれ違いざま翼を持つリザードマンを叩き斬る、正面から飛びかかってきた巨大な蛾の魔物、ブラックモスを一刀両断する。
「ギガ=フレム!!」
エルダは炎の攻撃魔術の呪文を唱え、巨鳥の群れを一掃する。
イヴァンは剣を舞うように振るい、一度に多数のリザードマンの首をはねるなど、果敢に応戦している。
「クリア・ライトニング!」
他にもフライングドラゴンに乗りこなす魔術師もいるようで、混合魔術を唱え魔物たちに雷撃を浴びせている。
あの魔術師は恐らくトールマン先生の弟子で、俺たちとともにクリア・ライトニングを学んだ魔術師なのだろう。
コーネットは魔力を温存し、デイジーお手製のビー玉爆弾を投げつけ、アジュルバットの群れを吹き飛ばす。
「ライトニング・ソード」
ソニアが呪文を唱えると、彼女の持つ細剣が雷を纏う。彼女にかかってくるリザードマンたちは細剣に触れただけで、電気ショックを受けたかのように倒れることになる。
ジョルジュから魔術を習っていたソニアは、武器に魔術を纏わせる能力を身に付けるようになっていた。
一方、ウィストは魔術を一つも使うことなく、持ち前の速さと怪力で向かってくる敵を大剣で次々と薙ぎ払っていた。
ひときわ大柄なリザードマンも軽々と叩き斬り、巨鳥にまたがり棍棒をふりまわすオーガに至っては攻撃の隙すら与えずに、胴体を真っ二つに切り裂く。
多勢の魔物軍団に対し、こっちは少数部隊だが全く引けを取っていない。
しかし、いかんせん数が多い。
後方を飛んでいた俺たちにもリザードマン達は襲いかかってきた。
攻撃魔術を唱えようとするクラリスを制し、俺は小声でレッドに命じる。
「レッド、控えめに炎を放て」
俺の指示にレッドは小さく口を開き、真っ赤な炎を吐き出した。
たちまちリザードマン達は炎に包まれ、あっという間に炭化してしまう。そして上空の風によって炭化した身体は脆く崩れ去った。
これでも控えめな攻撃なんだけどな。数十頭のリザードマンが炭になっただけだから。
こいつが本気を出したらこんなものでは済まない。周辺にいる騎士達も巻き添えを食う可能性があるので控えめにしているのだ。
しかし仲間達があっという間に炭化したのを目の前にして、怖じ気づいたのか、他のリザードマンたちは近づいて来なくなった。
他の魔物たちも騎士団達の強さを前に徐々に退散する。
イヴァンと行動をともにしている実行第一部隊。
元々ウィストが副隊長を務めていた部隊でもある。
イヴァンがロバートの意志を継いで、鍛錬を怠らなかったからだろうな。
魔物の軍団たちを撤退させる程、強くなっている実行第一部隊の騎士たちを見て、俺は頼もしく思った。王都が全滅することなく今に至るのは彼らの活躍があったからだろう。
皆の活躍のおかげでその後、魔物の襲撃はなく、滞りなく王都にたどり着くことができた。
約半年ぶりになるのか。
上空から見た王都はかつての賑わいはなく、まるでゴーストタウンのようだった。
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