第133話 勇者の剣~sideクラリス~
「ソーンオーガ……本物を見るのは初めてです」
コーネット先輩が呟いた。
ソーンオーガ――その魔物は女性の姿をしている。ダンジョンの宝を守護させるために、古代人が飼い慣らした魔物がいるって文献には書いてあったけれど、恐らくこの魔物がそうなのだろう。
小説にも茨を操る魔物が登場していたわ。正式名称までは覚えていなかったけど。
ソーンオーガの髪の毛の色は、まるで血のような赤だ。私の紅い髪の毛とは色合いが違う。瞳がない日月型の目が黄色に輝いている。口は顔の輪郭の端から端まで広がっていて、まるで口さけ女のよう。
コーネット先輩が魔術師の杖を構えながら言った。
「気を付けてください。あの魔物は茨を操ります!」
ソーンオーガはこちらに人差し指を向けてきた。
次の瞬間、開いたドアの向こうから無数の茨が細い蛇のようにうねって、私たちに襲い掛かってきた。
「メガ・フレム!」
私は炎の攻撃魔術を唱える
茨はこちらに向かう前に、炎によって焼かれるが、また新手の茨がこちらに襲いかかってくる。
ソニアとウィストは剣で茨を叩き斬り、セリオットは短剣で襲ってくる茨を切り裂く。
ごぉぉぉぉぉ!!
今度は、小さなドラゴンたちが火を吹いた。
先ほどと同様、襲い掛かってきた茨は燃えるが、同じように新手の茨が襲い掛かる。
呪文を唱えなくても火が放てる小さなドラゴンたちはすぐに応戦する。
だけど、これではキリがないわね。
小説では長時間、茨の相手をしていて相当魔力をすり減らしたのよね。だけど、魔物側も魔力を失って、茨が操れなくなったの。
それでアーノルドたちは茨の魔物を倒したのよね。
だけど小説の通りの戦い方はしたくないわね。
できれば、こっちの魔力を消費しないウチに片を付けたい。
エディアルド様がコーネット先輩に声を掛けた。
「コーネット、防御魔術をかけてくれ」
「はい。ガーディ・シールド!」
コーネット先輩は防御魔術を唱える。私たちは透明なドーム状の壁に覆われる。
魔術師の杖を持ったエディアルド様は、ソーンオーガに向かって炎の上級魔術の呪文を唱えた。
「ギガ・フレム!!」
学園のダンジョンよりもさらに狭い部屋の中での戦い。
そんな狭い中で、炎の上級魔術を使えば、敵だけではなく、こちらも業火の巻き添えを食う。
だから予めこちらには防御魔術をかけて、炎の上級魔術を唱えたのだ。
激しい炎がダンジョンの一帯を覆い尽くす。
防御壁越しでも熱気が伝わってくるわ。
ほんの少し、防御魔術の壁に罅が入っている。エディアルド様が放った炎の威力がそれだけ凄まじいことを示している。
多分、コーネット先輩が張った防御魔術じゃなかったら、防御の壁はエディアルド様の放った炎によって、すぐに崩壊していただろう。
きぃああああああああ
きぃああああああああ
きぃああああああああ
甲高い悲鳴がエコーとなって響き渡る。
炎は扉の向こうの茨たちも悉く焼き尽くした。
植物系の魔物は炎に弱い。
ソーンオーガは、炎を振り払おうとするが、なかなか振り払えずに、その間にも髪の毛や身体がどんどん燃えて行く。
自棄になったのか、ソーンオーガは身体が燃えた状態のまま、こちらに躍りかかってきた。
こういう時、一番最初に狙われるのは一番弱そうな人間……って、私ですよね。そりゃこの中だったら、私が一番弱そうに見えるわね。この中だと一番小柄だもの。
けれども魔物が私にたどり着く前に、ソニアが私の前に立ちはだかった。
魔物は標的をソニアに変えたのか、茨の腕を鞭のようにしならせながら、彼女めがけて腕を振り下ろした。
ソニアは剣でもって茨の腕を受け止める。
その間に魔物の背後に回ったウィストがソーンオーガの背中を一刀両断した。
断末魔の悲鳴がダンジョンの中に響き渡る。
「メガ・フレム」
エディアルド様は先ほどよりは控えめな炎の攻撃魔術をソーンオーガに向かって放った。
耳を切り裂くような悲鳴はやがて、その姿とともに炎に包まれて消えていった。
「さすがですね。ソーンオーガはSクラスの冒険者でもなかなか倒せないですよ」
エディアルド様が放った上級魔術の威力に、コーネット先輩は感嘆の息を漏らす。
私も同じ上級魔術師だけど、攻撃魔術に関してはエディアルド様には敵わないわ。
ドラゴンを一撃で倒そうとしている人は、やっぱり違うわね。
真ん中の扉は真っ黒焦げになり、茨も完全に燃えてしまって、壁や床がすすや灰だらけになっていた。
でもおかげで通りやすくなったので、私たちは黒焦げの道を進むことにした。
しばらく歩いて居ると、先ほどの扉とはひと味違う重厚な扉が目の前に現れた。
エディアルド様はノックをしてから、ドアノブを捻る。
扉は固い鍵がかかっているかのように開かない。
「セリオット、頼む」
エディアルド様の呼びかけにセリオットは頷いてから、ドアノブを捻った。
すると戸は鍵なんかかかっていなかったかのように、あっさりと開いた。
中は真っ暗で何も見えない。
コーネット先輩が部屋に照光魔石を放り入れた。
すると真っ暗な部屋はたちまち明るくなり、まばゆいお宝たちを照らした。
絵に描いたようなお宝ですよ。
あふれんばかりの金貨、金塊、大粒の宝石やアクセサリー。
ま、眩しすぎるっっっ!!
「あの特大ダイヤと、それからここにある宝の一部を持って帰れば、母ちゃんの夢だったクライン家の再興も現実になるな」
さりげなく涙ぐましい台詞を洩らすセリオット。
そうよね、育ての母親とずっと二人暮らしで苦労してきたものね。
持ち帰ればいい、お母さんが楽できるくらいのお宝は持って帰っても罰は当たらないわよ。
せっせと金塊や宝石を革袋の中に入れるセリオット。
私たちも今後の生活のために少し持って帰った方がいいのかな?
コーネット先輩は、ミニドラゴンたちの方を見て言った。
「お前達、アドニスたちにもうすぐ戻るって伝えてくれないか?」
ミニドラゴンたちは快く頷いてから、パタパタと出入り口に向かって飛んでいった。
エディアルド様は懐中時計を見て呟く。
「七時か。もうすぐ船の最終便の時間だな」
「間に合わなかったら、うちの船に迎えに来てもらいましょう。ミニドラゴンなら小一時間あればマリベールまで飛んで、船長に伝えてくれますから」
ウチの船というのは、マリベールに停泊しているウィリアム家の商船のことね。
エディアルド様はコーネット先輩に尋ねた。
「瞬間転移で、マリベールに移動することはできないのか?」
「あそこまで移動するには、私が保有する魔力では足りないですね。アドニスたちも連れて帰らないといけないですし」
転移魔術は一緒に移動する人数が多いほど、魔力の消耗が激しいらしい。ピアン島からマリベールの距離まで移動するのには、コーネット先輩の魔力が足りないみたいね。
「途中まで転移して、そこで万能薬を飲んで再び転移魔術を使うという方法もありますけど、その場合皆さんには、少しの間、海で泳いで頂かないといけません」
「泳ぎには自信がないから、それはちょっと……」
私は身震いしてから首を横に振った。
転移先が海のど真ん中は怖い。海中の魔物に襲われる可能性もあるし。
いざとなったらウィリアム家の商船に迎えに来てもらえばいいし、その前に、ボニータが救援隊と共に、セリオットを迎えに来るかもしれないわね。
一度、お宝を収集する手を止めて、セリオットは呟いた。
「そういえば依頼人は、奥の部屋にある剣を取ってきて欲しいっつってたな」
「悪いがそのお宝は、俺が貰う」
「えー、でも、俺も一応依頼されている身だしなぁ。依頼主に何て言えばいいか」
「お前の依頼人の本当の目的は剣じゃないから大丈夫だ」
「え?」
「依頼人の本当の目的はお前の命だよ」
「え……どういうこと?」」
目をまん丸にするセリオットを置いて、エディアルド様は奥の部屋へと向かう。
宝の山が置かれたこの部屋を通り抜けると、今までに無く暗くて狭い通路に出る。
その通路をしばらく歩いていると、薄暗い部屋が見えてきた。
完全に暗くないのは、恐らく剣の輝きのせいだろう。
燦然と輝く白銀の剣が台座の上に置かれていた。
「こいつがジュリアークの剣か」
エディアルド様が伝説の剣を手に取った。
……特に、何の反応もない。
小説ではアーノルドが剣を手にした瞬間、剣が光り始めたのだけど。
やっぱり勇者じゃなきゃ駄目なのね。
まぁ、元々アーノルド陛下に届けるつもりだったからいいんだけど、ちょっとガッカリしちゃう。
だって私たちが苦労して手に入れた剣が、あの馬○王子の手に渡るかと思うと……何か腹が立ってきた。
せっかく苦労してここまでたどり着いたのだから、苦労に見合ったお宝は手にする権利はあるわよね。今後の生活の為にも、金塊、宝石を持って帰ることにしよう。
ダンジョンで見つけた宝は、基本発見した人間のものになる。例え皇室が隠したお宝でもね。ダンジョンとして公開している以上、発見したら冒険者のものになるのが、国際ルールで決まっているの。
こうして私たちは勇者の剣と、金銀財宝を持ち帰ることができる量だけ持ち帰ることにした。
コーネット先輩が万能薬を飲んで、魔力を全回復させる。ちなみに彼が飲んだ万能薬はデイジーのお手製ね。
そして私たちは互いに手を繋いだ。
コーネット先輩が、瞬間転移の呪文を唱える。
「インセキャン・ルーヴ」
それまでどことなくかび臭かったダンジョンの空気から、そこはかとなく磯の香りがする空気に変わった。
空は綺麗な星空。
ああ、外に出られたんだ。空気が美味しい。
ここはダンジョンの門前に広がる広場だ。
そして周りを見回すと……え……何……兵士に取り囲まれている!?
「お帰りなさいませ、クラリス様」
そんな状況にも関わらず笑顔で私に出迎えの挨拶をするデイジー。
彼女は手にビー玉爆弾を持っていた。
アドニス先輩は、何故か顔が見えないようにフードを深く被って、レイピアを構えている。
そしてジョルジュも魔術師の杖を構えていた。
デイジーとアドニスたちを守るようにクロノム家の護衛達も身構え、さらにミニドラゴンたちも威嚇をしていた。
どうやら私たちはデイジーたちが兵士たちに包囲されている時に、戻って来たみたいだ。
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