第134話 元第一王子と第一皇子~sideクラリス~

 ダンジョンから戻って来て早々、兵士達に包囲されたこの状況に、エディアルド様は苦笑する。


「どうやら俺たちが帰って来るのを待ち伏せしていたみたいだな」

「そのようですわ。皆様がもうすぐ戻ってくることを、ミニドラゴン達が知らせてくれましたので、ここまで迎えに来た所、沢山の方々に取り囲まれてしまいました」


 デイジー……笑顔で説明している状況じゃないんだけど。

 この場にいる全員、大勢に取り囲まれている状況なのに一つも恐れていない。

 むしろ楽しそう? やる気に満ちていると言った方がいいのかな? 

 ふと面子が足りないのに気づき、私はジョルジュに尋ねる。



「ジョルジュ、ヴィネとジン君は」

「最終便で一足先にマリベールに戻ったよ」


 よかった。

 二人はこの場にはいないのね。

 一部の兵士たちの鎧には炎を纏った蛇の模様が描かれている。

 ユスティ帝国の紋章だ。

 ということは、どこかに指揮官がいるわね。

 私はもう一度ぐるりと周囲を見回す。

 兵士達の後方、少し小高くなっている場所に、華美な鎧に身を包んだ男がこちらを見下ろしていた。

 

 褐色の肌に金色の髪、そして緑色の鋭い眼差し。

 セリオットと同じ髪と目の色だ。


 まさか……彼は……


「我が名はヴェラッド=ユスティ。冒険者セリオット=クライン、ご苦労だったな。依頼の宝をこちらに渡して貰おうか」

「……っっ!?」


 セリオットは大きく目を見開いた。

 依頼者がこの国の第一皇子だったことに驚いたのか。

 それとも、依頼者と名乗るこの男の容姿が自分と似ているからか。

 混乱し、力なく首を横に振るセリオットに代わって、前に出たのはエディアルド様だ。


「悪いが、あんたが所望する宝は俺が頂く。こいつは持つべき人間に届けなければならないからな」


 エディアルド様は勇者の剣を前に差し出し、鞘から抜いてみせた。

 勇者が手に持った時ほど強烈な光を放つわけじゃないけれど、月に照らされ、燦然と輝く剣の姿は十分に存在感があった。


「勇者の剣だ……」

「本当に手に入れたのか?」

「だからこそ、戻ってきたのだろう。だが、気を付けろ。瞬間転移魔術を使う奴がいることは確かだからな」

「あの魔術は多くの魔力を消費する。もう魔力は尽きているから心配ない」


 兵士達がごちゃごちゃ言っている傍ら、コーネット先輩はしれっと、もう一本の万能薬を飲んで、魔力を取り戻しているけどね。

 ヴェラッドはじろりとエディアルド様を睨み付けた。


「何だ、貴様は?」

「俺の名はエディアルド=ハーディン。ハーディン王国の公爵だ」

「エディアルド=ハーディンだと!? 何故、貴様がこんな所にいる」

「こんな所に用があるから、ここにいるんだよ」


 エディアルド様はカチッと剣を鞘に収めた。

 そしてクスッと冷ややかな笑みを浮かべる。


「同じ長男同士仲よくしないか?」

「貴様のような愚か者と一緒にするな。命が惜しくなかったら、その剣を渡せ」

「俺を殺したらハーディン王国が黙っていない」

「お前のような愚か者、いない方が祖国は喜ぶんじゃないのか?」


 馬鹿に仕切ったヴェラッドの台詞に、周りの兵士たちもエディアルド様をせせら笑う。

 腹立つっっ!!

 あのすかした顔にデイジーお手製の爆弾を食らわせてやりたい。

 

「エディアルド殿下を殺せば、我が父、オリバー=クロノムが黙ってはいません。もちろん、僕も黙っているつもりはありませんけどね」


 凜とした声が響き渡り、笑い声が一瞬静まりかえった。

 それまでフードを深く被っていたアドニス先輩が、エディアルド様の横に立つ。


「妙に絡まれるのは嫌だったので、顔を隠していたのですが、我が国の王族が馬鹿にされたとあっては黙っているわけにはいきませんからね」


 そう言ってアドニス先輩はフードを外した。

 月明かりに照らされ、一際美しく映えるアドニス先輩の美貌。

 ヴェラッドの目が大きく見開かれる。


「おおおおお……アドニスッッ……アドニスではないか! 何故、お前までここにいる」

「エディアルド閣下と仲よく旅をしていた所です」


 にこっと笑ってアドニス先輩はエディアルド様の肩にさりげなく手を置く。

 エディアルド様は顔を引きつらせた。


「……おい、ヴェラッドがもの凄い殺気立った目で俺を見ているじゃないか」

「申し訳ありません。しばらくの間、虫除けになって頂けませんか」

「誰が虫除けだ。コーネットの方が仲良しだろう? そっちに頼め」

「コーネットは存在感が薄いので、虫除けの効果が今ひとつなのです」


 後ろにいるコーネット先輩が微妙な顔をしているけどね。

 虫除けに選ばれなかったのは良かったものの、友達から存在感が薄いと言われ複雑なようだ。

  

「エディアルド=ハーディン、貴様! 俺のアドニスに手を出すとは」

「――手も出していないし、お前のものでもないだろ?」

「く……っ、どちらにしても、セリオットと共に行動していた貴様らを生かすわけにはいかない。お前達、アドニス以外は、皆殺しにしてしまえ!!」


 剣を天空に掲げ、号令を出すヴェラッドに、兵士達は怒濤のように躍りかかってきた。

 デイジーがさっそくビー玉爆弾を投げると、大規模な爆発が起き、第一陣は瞬く間に全滅した。


「……!?」


 愕然とするヴェラッド、そして第二陣が前進するのに躊躇している一方、デイジーは顎に手を当て首を捻った。


「可笑しいですわね、もっと控えめな爆発にする予定だったのですが」

「少し爆薬を多く入れたみたいだね……ガーディ・シールド!」


 コーネット先輩が防御魔術の呪文を唱えると、どこからともなく飛んできた光の矢を弾き返した。誰かが魔術を放ってきたのだろう。

 

「ショボい魔術だな。光矢魔術はこうやんだよ。ライトニング・アロー!」


 ジョルジュが呪文を唱えると、無数の光の矢が兵士達を襲う。すぐさま防御魔術を唱え、ヴェラッドの周辺は無事であったが、それ以外の兵士たちは光の矢をもろに喰らい、次々と倒れてゆく。

 ソニアとウィストは斬りかかってくる兵士たちをなぎ倒し、百人斬りの勢いだ。

 アドニス先輩も兵士に取り囲まれていたみたいだけど、兵士たちは泡を吹いて倒れている。

 恐らく毒の魔術をかけたのでしょうね。

 エディアルド様も目の前に迫ってきた兵士を叩き斬ってから、爆破魔術の呪文を唱える。

 周辺の数十人の兵士達が吹き飛ばされる。

 セリオットもお得意な鞭を駆使し、自分を殺そうとする兵士たちを撃退していた。

 ミニドラゴンたちは小さな火を吹いては、兵士達と追いかけっこを楽しんでいる様子だ。


 それまで悠然とかまえていた指揮官、ヴェラッドは驚愕のあまり凍り付いていた。

 それもそうね、明らかに向こうの方が多勢なのに、大苦戦しているんだもの。

 今、ここにいる兵士達はヴェラッドの周りを守る一部の兵士を覗いて、殆どは傭兵みたいね。

 ヴェラッドは名も無き傭兵たちに、セリオットを殺させるつもりでいたのね。

 わざわざ多くの兵士をかき集めたのは、自分が雇った冒険者たちがジョルジュ達にあっさり倒されたという報告を聞いていたからでしょうね。

 月明かりが不意に遮られ、一瞬その場が暗くなったのはその時。


 ピーヒョロロロロ……


 遠くから鳶によく似た鳴き声がする。

 だけどこの世界には、鳶は存在しない。

 ドラゴン族が仲間に合図を送るとき、鳥に良く似た声を出す時がある。

 見上げると……あ、やっぱりレッドだ。

 大きな翼を広げたレッドドラゴンが上空を飛び回っている。

 レッドの兄弟であるミニドラゴンたちは嬉しそうな歓声を上げた。


「あ、あれはドラゴン……」

「なななな何でドラゴンが飛んでいるんだよ」

「あいつに目を付けられたら千の軍も全滅するぞ」



 

 レッドがその気になれば、この場にいる兵士を全て居なかったことにすることも出来るわ。

 まぁ、私たちも巻き添えを食うから、レッドは我慢しているのだ。だけどドラゴンの姿を見せただけでも、十分に効果はあったわね。

 ドラゴンの姿を見た兵士達はすっかり戦意喪失して、その場にへたり込んだ。

 ヴェラッドも氷人形のように固まっているわね。

 

 エディアルド様は、兵士たちを退かせ、ヴェラッドの元へ歩み寄ると、いかにも作った友好的な笑顔を浮かべて言った。


「ヴェラッド第一皇子、同じ長男として仲よくしようじゃないか」


 先ほどと同じ台詞を敢えて言うエディアルド様。

 その後ろにはウィストとソニア、ビー玉爆弾を五本指の間に挟んで構えるデイジー、五匹のミニドラゴンを従えるコーネット先輩、上級魔術師のフードを纏うジョルジュ、威嚇する蛇たちを身に纏うアドニス先輩。

 あと私もいつでも、そのすかした顔を燃やす準備はできているわ。

 極めつけにはドラゴンも地上に降り立ち、ヴェラッドを睨み付けていた。



「こ、このままで済むと思うなよ。愚かなるハーディン王国の公爵が、他国の王子を傷つけようとしていることを皇帝陛下に訴えたらどうなるか……おまえも、我が国と戦争はしたくはないだろう?」

「何を言っているんだ? たった今、俺は長男同士仲よくしようって言ったじゃないか。俺たちが傷つけたのは名も無い傭兵たちだ。あと一部の皇族の兵士も多少怪我しているみたいだが、愚かなる王子が、一兵士を傷つけたことを皇帝に訴えるか? その代わり、お前は何故皇室直属の部隊である近衛部隊とともにここに来たのか、皇帝陛下に説明する必要があるが」

「……!!」


 ヴェラッドは何とか言い訳を考えようと、視線を彷徨わせるが、何も思いつかないのか口を閉ざしていた。

 エディアルド様は息をついてから、冷笑まじりにヴェラッドに言った。


「どちらにしてもお前は、近衛部隊を勝手に連れ出したことは説明しなければならない。そろそろ迎えが来るころだ」

「迎え?」


 怪訝な顔をするヴェラッドに、船の到着を知らせるラッパの音が響き渡った。

 その音は皇室の船であることを示している。

 

「ボニータ=クラインが他の近衛兵達を連れて、皇子様たちを迎えにくる筈だ。それまでお前は大人しく待っておけ」


 その言葉を聞いて、ヴェラッドは、がくりと項垂れ、へなへなとその場に頽れた。

 彼は今、頭の中で懸命に考えていることだろう。

 近衛兵を連れ出した言い訳、そしてエディアルド様と対峙することになった言い訳、大勢の傭兵を連れ、ピアン遺跡に赴いた言い訳も。


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