第122話 セリオットの秘密~sideエディアルド~

 ユスティ帝国は現在、熾烈な後継者争いが繰り広げられている。

 アドニスが仕入れた情報によると、後継者候補の皇子は三人いたが、その内、第二皇子と第三皇子は既にこの世にはいない。第二皇子は式典中に突然倒れてそのまま亡くなり、第三皇子はお忍びで娼館を訪れた帰り道、何者かに襲撃されて殺されたのだという。

 いずれも謎の死を遂げた皇子たち。

 残った唯一の皇子、第一皇子のヴェラッド皇子が皇太子の第一候補と言われている。

 


 小説 運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~には、運命の愛~聖女ミミリア王妃の戦い~というタイトルの外伝がある。


 その外伝によると、ユスティ帝国の第二皇子はヴェラッドが買収した薬師によって、蓄積されるタイプの毒を飲まされていた――恐らく母上が飲んでいたものと同じ毒だ。

 第三皇子は盗賊に扮したヴェラッドの私兵によって殺された。

 二人の皇子の死に、皇太子の座を狙うヴェラッドが深く関わっているのだ。

 多分、今ある現実もほぼ小説の筋書き通りに進んでいるのではないだろうか。


 先程、セリオットを殺そうとした冒険者たちは、ヴェラッドに雇われたことを自白している。これも小説の設定と同じだ。

 ヴェラッドは今の所、小説の筋書きと同じ道を辿っている可能性が高い。

 


 ◇◆◇


 現在、俺たちがいるのはマリベール帝都内にあるホテルだ。帝都の湾岸にある外国人居留地区内に建つ、この高級ホテルはコーネットの実家、ウィリアム家が所有しているという。

 ウィリアム侯爵のご厚意によりホテル代は半額。

 従業員たちも信頼出来るウィリアム家の使用人たちなので、安心して過ごすことが出来る。

 現在、ホテルの一室に置いてあるソファーに、俺とセリオットは向かい合って座っていた。

 セリオットは慣れない高級ホテルの部屋に招待され、どこかそわそわしている。


「ダンジョンに関する相談だったら、わざわざ個室に呼ばなくても良くね?」

「ダンジョン以外のことも話すから、お前をここに呼んだんだ」


 ほどなくして給仕の女性が紅茶とお茶菓子のクッキーを持ってきて、テーブルの上に置いた。

 女性が部屋から去ったのを見計らい、俺はセリオットに尋ねた。


「セリオット、そのバングルの下に入れ墨があるだろ?」

「……な、なんで知っているんだ!?」


 ぎょっとしてセリオットは思わず左手首に着けているバングルを右手で覆う。 

 普段は見せないように手首に刻まれた入れ墨は、バングルによって隠されている筈だ。

 バングルを外すと、手の甲の下に蛇と剣、そして炎が描かれた入れ墨が姿を現す。

 俺は紅茶を一口飲んでから、落ち着き払った声で言った。


「これでも王子だからな。ありとあらゆる情報が耳に入ってくるんだ」


 一応、それっぽい理由を述べる。王子様だからといって、色んな情報が耳に入ってくるわけがない。むしろ情報が遮断された環境だから、こちらから情報を取りに行かなければならない。

 当然セリオットは疑わしげな眼差しを俺に向ける。


「本当かぁ? たかだか一冒険者である俺の情報まで、王子様の耳に入るとは思えないけどな」

「お前が一冒険者、ならな」

「え――」


 セリオットは目を真ん丸くする。

 この部屋には今、俺とセリオットしかいない。

 

「この話はここだけの話として聞いて欲しい」

「ここだけ? お前の仲間にも内緒ってことか?」


 セリオットの問いに俺は頷く。

 クラリスには話してもいいが、他のメンバーにはまだ話さない方がいいだろう。

 俺が何故、他国の事情にそんなに詳しいか疑問に思われるしな。他国のことまで予知夢で見た、というのは、いくら何でも無理があるからな。

 尤もアドニスは、何故、セリオットがヴェラッドに狙われているか疑問に思っているので、既にセリオットの調査をはじめているようだ。

 俺が言わなくても、セリオットの正体はじきにアドニスに知られることになるだろう。

 


「そのバングルの下に隠された入れ墨は、ユスティ帝国の皇族である証だ。皇族は呪いを受けないよう、幼い頃に皇家の紋章を腕に刻む」

「……た、確かに旗の模様と同じだとは思っていたけど。でも蛇の入れ墨なんて誰でも持っているだろ」

「火を纏った蛇の入れ墨が入れられるのは皇族だけだ」

「俺が皇族……いやいやいや……そんなまさか」


 ふるふると首を横に振るセリオット。

 育ての親からは、何も聞かされていないみたいだな。

 時が来たら恐らく話すつもりだったのだろう。申し訳ないが話さなければいけない時は今だ。

 現に、セリオットを殺そうとした冒険者たちは、ヴェラッドに雇われたと自白している。


 このまま小説の通りにいけば、ヴェラッドは最後の皇位継承者であるセリオットを亡き者にし、その後皇子たちの死にヴェラッドが関わっていると疑う皇帝までも事故に見せかけて殺そうとするのだ。皇帝は亡くならなかったが、意識不明の重体となり、ヴェラッドは事実上ユスティ帝国の頂点に立つことになる。

 そして聖女を手に入れる為、ハーディン王国に宣戦布告をすることになる。



 ヴェラッドから狙われているのが分かっている以上、セリオットにも自分が置かれた状況を自覚をしてもらわなければならない。

 

「ちなみに母親の名前は?」

「お袋の名前はボニーだよ。その辺の飲み屋の女将だぜ?ちょっとムキムキマッチョな母ちゃんだけどな」


 ボニー、ね。

 小説では彼の育ての親は、元ユスティ帝国の女性騎士、ボニータ=クラインだった。

 セリオットの実母、ニア妃の専属騎士だったと書かれていた。

 ニア妃はセリオットを生んですぐに亡くなっている。



「ヴェラッドは恐らく、入れ墨が入った若者をずっと捜し回っていた筈だ。そしてお前を見つけたわけだ」

「……母ちゃんに、この模様は見つかったらいけないと言われていたから、見つからないようにしていたつもりだったんだけど、このバングル、戦う時に時々外れたりしたからな。その時に、一緒に戦っていた人間に見られていたのかもしれない」

「ヴェラッドが怪しい冒険者まで雇って、お前を殺そうとしたのは、お前が現皇帝の息子だからだよ」

「俺が……皇子ってことか?」


 呆然と呟くセリオット。

 無理もない。今までずっと平民として生きてきたのだろう。

 ただ、俺が見た限り、彼の言葉使いは良くないが行儀は悪くない。

 例えば紅茶を飲む仕草だ。今みたいなローテーブルで紅茶を出された場合、左手にソーサー、右手でカップを持って飲むのがマナーとされている。

 彼はそれを自然とやっている。

 セリオットはその場にはいない父親に向けてか、苦々しい表情を浮かべる。


「大体皇帝が父親だからって、何だってんだ。じゃあ、何で今まで俺たちのこと、ほったらかしにしていたんだよ? 俺と母ちゃんがどれだけ苦労したか……父親なら、一度くらいは子供に顔を見せるもんだろ? もし再会するようなことがあったら皇帝だろうが、王様だろうが、何だろうが、ぶん殴ってやるよ」

「やめとけ、いくら息子でも不敬罪だ」

「冷静に答えるなよ」


 セリオットはむっとしながら、左手でソーサーを持ちカップを口元に運ぶ。

 紅茶を飲む仕草は、出で立ちと、喋り口調とは裏腹に本当に様になっている。



「俺の話を信じるか信じないかは、お前次第だ。だけど、今日はここに泊まることを勧める。一人で外に出たとたん、お前はヴェラッドの手先に殺されるかもしれないからな」

 俺の言葉にセリオットは、周りを見回してから困惑の表情を浮かべる。


「ま、待ってくれよ! こんな高そうなホテルに泊まる金、俺にはないぞ」

「金のことは気にするな。一緒に冒険する仲間だからな」


 こいつの可能性のことを考えたら、投資額としてはむしろ安すぎるくらいだ。

 ユスティ帝国の皇位継承者であるセリオットと知り合えたのは、女神ジュリの采配なのか、それともただの偶然なのか。

いずれにしても、幸運が舞い込んできたと俺は思っている。


それに ピアン遺跡を攻略するには、セリオットの存在は必要不可欠だしな。小説では幽霊として出会ったが、現実では生きて出会っているという違いはあるが、問題はないだろう。


「一緒に来てくれるだけじゃなくて、ホテルも奢ってくれるのか? なんかそこまでして貰うのは申し訳ないような……」

「礼はダンジョンの宝の一部を貰うからかまわない」

「マジかよ!? いやー、助かったよ。今回のダンジョンは、相当なお偉いさんからの依頼らしくてさ。断ったらギルド長の首が飛ぶって言われていたから。でも信頼出来る仲間がなかなか見つからなくてさぁ」

「……」


 セリオットよ、出会って一日も経っていない人間を、全面的に信頼するのもどうかと思うぞ? 

 ただでホテルに泊まらせてくれるなんて旨い話、普通は有り得ないからな?

 しかし昼間、ジョルジュたちを襲撃しようとした悪徳冒険者たちは、寄せ付けていなかったから、本能的に自分の害となる人間を嗅ぎ分ける力はあるのかもしれないな。

 ここはまぁ、信頼してくれていることを素直に喜べばいいのかな。


「ダンジョンに一緒に着いてきてくれるのなら、俺は大歓迎さ! よろしくな、エディー」


 セリオットが手を差し出してきたので、俺はその手を握った。

 なかなか素直そうな、良い奴だな。

 素直なだけに、危なっかしい。

 そもそもセリオットの依頼も実はヴェラッドからの依頼だった可能性が高い。


 ……ま、あらゆる事態を想定しないといけないことは確かだ。


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