第113話 ウェデリア島の秘密~sideクラリス~

 国内随一の広さを誇る無人島 ウェデリア島。

 

 元々、先々代の国王がお忍びでバカンスに来ていた場所でもあるの。

 立派な宮殿も建っていて、そこで王妃さまとゆっくり過ごしていたのだとか。

 ……ま、小説によると、現在は廃墟同然みたいだけどね。

 後にアーノルドとミミリア、四守護士が船旅の途中で、ウェデリア島に訪れることになる。宮殿の隠し部屋に保管してある女神のペンダントを手に入れるの。

 ペンダントは女神の言葉が聞こえると言われる聖女のアイテムだ。

 ちなみにユスティにあるピアン遺跡で知り合った幽霊、セリオットというキャラがいるんだけど、その幽霊がいたく宮殿が気に入って、そこで優雅に暮らすようになるエピソードもあったわね。


 あと高価な魔石や貴重な薬草や薬実も豊富なのよね。いずれも売ればかなりのお金になるし、周辺の島には珍しい魔物たちも生息しているので、経験値も爆上がりする。

 このことを知っているのは、私とエディアルド様とミミリアぐらいだけど……ミミリアは、私たちが無人島公爵の座を受け入れたと聞いたら驚くかもしれないけれど、反対まではしないだろう。


 信仰心ゼロなミミリアが冒険という危険を冒してまで、女神の声が聞こえるというペンダントを欲しがるとは思えないし、魔石や魔物、薬草に興味があるとは思えない。あの子、恋愛関係の設定は重視するくせに、苦労する場面は全部スルーしているから。


 もちろん、理由は女神のアイテムや、魔石や貴重な薬草だけじゃない。

 無人島の領主になれば、他の領主のような領地経営もしなくていいし、心置きなくユスティ帝国へ行くことができるというのもあるのよ。


 

 それにしてもテレス妃があんなにあっさり無人島追放の案を受け入れるとは思わなかったわね。

 天下をとってご機嫌だった彼女の心の隙を、クロノム公爵がうまく突いたのでしょうね。


 テレス妃は屈辱的な地位を与えられたエディアルド様が、必ず不服を申し立てると踏んでいた。

 あわよくば、逆上して刃を向けてくれたら、と思っていたようだ。

 王命に逆らえば不敬罪に問われるし、ましてや王に刃を向けたら死罪になるものね。

 脇に近衛兵を控えさせているとはいえ、息子を危険な目に遭わせるなんて最低な母親だわ。


 ところが、エディアルド様はあっさりと屈辱的な地位を受け入れてしまったから、テレス妃の当てが外れてしまった。

 アーノルド陛下も戸惑いが隠しきれなかった。



「あ、兄上、ご存知だとは思いますがウェデリア島は無人島ですよ? 僕は兄上が望むのであれば、もっと良い領地を与えたいと思っています」

「ありがたいお言葉ですが、陛下、一度下した王命は簡単に撤回するものではありません」



 テレスや他の貴族がエディアルド様をウェデリア島の当主にすえることに、アーノルド陛下自身は、疑問を持っていたようね。

 だけどクロノム公爵か、もしくは支援者貴族達に説得されたのかしらね。仕方なく王命を下したみたいだ。

 もしエディアルド様が領地に不満の声をあげたら、別の領地を与えるつもりだったのだろう。

 ……そんな息子をテレス妃は苦々しい顔で見ているけれどね。

 ふと気づいたけれど、アーノルドは母親の言うことを何でも聞くマザコンというわけでもないみたいね。

 

 テレス妃はエディアルド様を排除しようとする人だ。当然幼い頃からアーノルド陛下には兄とは仲よくしないよう言い含めてある筈だと思うの。

 だけど、アーノルド陛下は、兄のことを愚かだと呆れながらも、何かと面倒をみようとしてきた。

 母親の言うことを聞かない頑固な部分もあるのかもしれないわね。


 もちろん母親がかなりの悪人であることに気づいていないくらい、母親のことを信じ切っていることは確かだけど。

 アーノルド陛下は一度咳払いをしてから、私の方を見た。



「クラリス、考え直すなら今だよ?」

「考え直す、ですか?」

「兄上との婚約を破棄し、僕の妃になって欲しい」

「それは王命ですか?」

「僕は権力で女性を自分のものにするような暴君じゃない」


 さすがにそこまでゲスなことはしないか。テレス妃はやっぱり苦々しい顔を浮かべているけどね。

 王命にすれば、簡単に事が進むのにって思っているに違いない。

 アーノルド陛下は、正義感が強い主人公という設定のせいか、生来の性格なのか分からないけれど、王命で無理矢理私を自分のものにするというのは、プライドが許さないみたいね。 

 テレス妃も説得したのかもしれないが、聞き入れられなかったのだろう。


 でも国王になってから、再び私のこと口説いている時点で、既に立派な権力行使なんだけどね。

 本人は無人島公爵となる兄から私を救うつもりでいるのよね。完全に間違った正義感だけど。


 まぁ、もし仮に王命だったとしても、私はお断りでしたけどね。

 王命に重みがあったのは、あくまで先代国王の時代の話だ。


 若き国王の王命は、果たしてどれくらいの重みがあるのかしらね?


「兄は無人島の領主になることを望んでいる。このままでは君は貴族時代からは考えられないくらい、ひもじい生活を送ることになってしまう」


 あー、ひもじい生活は、学園生活が始まるまでに、嫌という程経験しているので、全く問題ありません。

 この人は私がそれまでどんな生活をしていたか知らないから、こんなことが言えるのよね。


「私はエディアルド様とウェデリア島へ参ります」

「こ、答えるのが早くないか?」

「もう心に決めていたことなので。それに陛下、聞くところによると私が陛下の妃になると聞いて、聖女様が悲しんでいるという話を聞きました。どうかその愛を聖女様だけに注いで差し上げてくださいませ」

「く……クラリス、だけど僕は君が」


 だけどじゃないでしょ、この馬鹿。

 恋人が悲しんでいるという話を聞いた時点で、私のことは諦めなさいよ。

 私は額に米印を浮かべつつ、営業スマイルの仮面をかぶり、有無を言わさぬ口調で国王陛下に申し上げた。


「どうか聖女様と幸せに」


 私の言葉を聞いた貴族の一人が「王妃になりたがる貴族女性は多くいるというのに、聖女様のことを思って身を引くだなんて。なんと出来たお方だ!!」と感激をしている。

 ……ううん、私は全然出来た人間じゃない。この二股男の妻になるのが心底嫌だっただけだ。

 ミミリアの名を出されてしまい、国王陛下は何も言えなくなった。

 テレス妃はそんな私をせせら笑う。


「無人島公爵の妻という立場に、あなたは耐えられるかしら?愛だけでは貫けないものもあるのよ? あなたは後で後悔することになるわ」

「心に留めておきます」 


 私はとりあえず当たり障りのない答えを返しておいた。

 アーノルドはもう一度咳払いをしてから、毅然とした口調で言った。

 

「もう一つ。カーティス=ヘイリー伯爵令息に、侯爵の地位を与え、我が側に仕えることを許す」

「はい、謹んで承ります」


 エディアルド様の後ろに控えていたカーティスは嬉しそうに頭を垂れてから立ち上がり、アーノルド様の傍らに立つ。

 ああ、このシーンって確か、小説ではカーティスが悪役エディアルドを裏切るシーンだ。

 

 ◇◆◇


 小説 運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~によると、国王陛下が病で亡くなり、主人公アーノルドが国王になった時、彼はカーティス=ヘイリーを自分の側近に任命するのよね。

 嬉しそうに任命を受け入れるカーティスに悪役王子エディアルドは、ショックを受けるのよね。自分の言うことを何でも聞いていた都合の良い存在だった人間が、あっさり自分の元を去ったから。


『カーティス……貴様、俺を裏切っていたのか!?』

『裏切っていません。私は最初からアーノルド殿下に仕えていましたから』


 ま、悪役王子も悪役王子なのよ。

 いつもカーティスを八つ当たりのサンドバッグにしていたからね。

 ただ、事あるごとにアーノルドと比較するような発言をするカーティスも、懲りないというか……お馬鹿というか……。

 でも現実のエディアルド様――特に前世の記憶が蘇ってからのエディアルド様は、カーティスに八つ当たりをすることもなく、サンドバッグにすることもなく、当たり障りのない関係性を築いていたと思う。

 物語ではカーティスにじわじわプライドを傷つけられていったりもするのだけど、そんなこともなく。

 むしろカーティスの方が恥を掻くパターンが多かったかも。

 最近なんか、まるでパートタイマーのように、決まった時間にしかエディアルド様のそばにいなかったものね。

 エディアルド様はカーティスの方を見てにこやかに笑って言った。


「今までご苦労様。これからは国王陛下と共に、この国の為に尽力してくれ」

「あ……は……はい」


 エディアルド様の言葉に、カーティスは呆気に取られているわね。

 そうよね、もっと何か言われるかと身構えていたわよね。

 でも残念ながら、その程度の関係性だったのよ。あなたとエディアルド様は。

 テレス妃も思わず口を開く。


「カーティスはあなたではなく、我が子アーノルドを選んだのですよ?あなたはそれに関して何か言うことはないのですか?」

「特に何も。それに不思議なことを言うものですね。カーティスは元々陛下に仕えていた人物ではありませんか」



 可笑しそうに言うエディアルド様に、アーノルド陛下をはじめテレス妃、そしてカーティスも驚きが隠せないようだった。

 ……いや、他の人にもけっこうバレバレでしたよ?

 エディアルド様はクスクスと、今まで我慢していた笑いを洩らして言った。

 


「ヘイリー卿はあまり間者に向いていませんよ。次回から他の業務を彼に任せることをお勧めします」

「し、知っていて、何故側に置いたの!?」

「彼は有能(翻訳:そこそこ使える人間)だったので」



 ちょっと含みになるような言い方でエディアルド様は言った。

 そんなエディアルド様の態度に、カーティス=ヘイリーは、何を思っているのか?

 出世したのだから、もっと喜べばいいものを、複雑な表情を浮かべ俯いていた。

 何もかも予想とは違う答えに頭痛を覚えたのか、若き国王陛下は額を手で押さえながら溜息をついた。


 エディアルド様は改めて臣下の礼をとり、アーノルド陛下に告げる。


「恐れながら申し上げます。国王陛下は現在、軍事費の削減と私が進めている軍事強化案を撤廃すると聞き及んでおります。今一度ご再考願いませんでしょうか?」

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