第112話 悪役王子、無人島公爵となる~sideクラリス~
翌日、エディアルド様は国王の座を望まないこと、第二王子であるアーノルドを王に推挙する声明を出した。
クロノム公爵を通じ、それは新聞記者たちによって全国民に伝えられた。
『第一王子、継承権放棄。第二王子を国王に推挙』
『エディアルド殿下、王位望まず』
『勇者の兄、潔き決断!』
国王陛下の暗殺は王位を狙う第一王子の仕業であると、神殿を中心に噂があったらしいが、その噂は号外がばらまかれたことによって、すぐにかき消えてしまったそうだ。
神官長は怒り狂い大手の新聞社に乗り込んで、あの宣言は嘘だ、騙されるな! と怒鳴り込んだらしい。その姿は聖職者とは思えない形相だった、とある新聞記者は呟いていたそうだ。
しかも記者達の前で、いかにエディアルド王子が愚かなのか、どんなに悪人なのか熱く演説し、エディアルド様が王位を狙っていることを書くように迫ったのだとか。
しかし編集長は冷静な口調で、王室が正式に認めた王子の発言を否定するような記事は書けないと、きっぱり断ったらしい。
報道関係者はクロノム公爵が牛耳っているのもあるみたいだけどね。情報操作はお手のものみたい。
後に、密かに神官長の裏の顔という記事が出回り、神殿の悪評が国民の間にじわじわ知れ渡ることになるのだった。
国王の葬儀が行われた三日後、アーノルド殿下は慌ただしくも王位に就くことになった。
戴冠式は神殿にて厳かに執り行われた。
本来なら国外の王族や貴人、要人も招待し、大々的に執り行われるのだが、アーノルド殿下たっての希望で、国内の王族のみで行われることになった。
喪に服すという概念は、この国にはないのだけど、それに近い気持ちなんだろうな。まだ父親の死の悲しみが癒えない内には、派手な行事をしたくないのだろう。
戴冠式は私たちも参加したけれど、極力地味な装いで参加したわ。私は黒の刺繍が施された紺のドレス、エディアルド様も同色の正装を纏っていた。他の貴族たちも同様に、紺か、黒、あるいはグレーの正装だったわ。
それだけにミミリアがショッキングピンクのドレスを着て来た時には、かなり吃驚したわよ。
テレス妃が侍女に命じて、ミミリアを強制退場させていたけどね。
小一時間後、グレーのドレスを着せられた聖女様が、仏頂面でテレス妃の隣席に座らされたけどね。
見るからに仲が悪そうなテレス妃とミミリアだけど、私から見たら類友ね。似たような人間が自然と集まるようになっているんだわ。
神官長の手によって、王冠はアーノルド殿下の頭に乗せられた。
アーノルド国王がここに誕生したのだ。
彼の後ろには、正装した四守護士が控えていた。特にガイヴとゲルドはとても誇らしげだ。
小説に書かれているシーンが、また現実となったわ。
四守護士を従え、ジュリ神に祈りを捧げる姿はとても絵になる。
違いがあるとすれば、アーノルドが勇者の剣を持っていないことだ。
アーノルド殿下……あ、もう陛下になるのね。アーノルド陛下は祈りを捧げる際、愛用の剣を両手に掲げている。小説だったらあの剣は勇者の剣で、皆が見ている前で神々しい光を放つのだ。
その場にいた招待客たちは女神の祝福だ、といって歓喜するのだけど……今、アーノルド陛下が持っている剣は名剣には違いないが、伝説の勇者の剣とは違う。
神々しい光を放つことも無く、招待客たちが歓喜するようなこともなかった。
原作を楽しませてもらった読者の立場からすると、それはかなりがっかりな光景だった。
◇◆◇
それから一週間後。
謁見の間にて私たちは並んで陛下に拝謁していた。
アーノルド殿下が即位して最初の王命は、兄を自分の元に呼び出すこと。
内心呆れた臣下も多かったのではないだろうか。
即位して最初の王命というのは、その後を左右するほどの貴重なもの。
歴代の国王はその存在を主張するために、インフラ整備や貧民への給付、自然災害の被災者救済、慈善的なことや大きな事業に対して臣下に命を下していた。
それを自分の兄を呼び出すことに使うなんて、国民が聞いたらどう思うのだろう?
国王陛下の前に臣下の礼をとった私とエディアルド様。
玉座にはアーノルド陛下と、王太后の地位に就いたテレス妃がいた。さすがにミミリアは隣に座らせてはくれないみたいね。
テレス妃は勝ち誇ったように私たちを見下していた……うわぁ、腹立つ。エディアルド様のおかげであんたは処刑台に立たなくて済んでいるのに。
「第一王子 エディアルド=ハーディンは、我が臣下として公爵位を与え、王室領であるウェデリア島の領主になることを命ずる」
ウェデリア島はハーディン国内では最も広い無人島だ。
事実上の追放ということになるわね。
テレス妃はあくまでエディアルド様を罪人に仕立て上げたかったけど、国王毒殺の冤罪を着せるのには失敗した。
エディアルド様が王位を放棄したことを表明した記事は国中に流れ、しかも、潔く身を引くエディアルド様を称える記事まで出回った。裁きの場で踊り子に「王位を狙っている第一王子が国王を毒殺した」と言わせても、その発言を信じる者は少ないでしょうし、王室が認めた発言を何故否定するのか、その裏付けが詳しく捜査されることになってしまうものね。
その踊り子の行方だが、クロノム公爵は既に何人かの踊り子に目星をつけ、現在直属の部下に監視させているらしい。
今までの傾向であれば、用なしになれば踊り子を始末する可能性はある。踊り子を狙う刺客がいないかもチェックしているようだ。
あと、呪術師が見つかれば安心なんだけどな。顔も分からない、異国の呪術師の行方を特定するのは踊り子より難しいようだ。
いずれにしても国王毒殺の罪をエディアルド様に着せるのに失敗した為、神官長はかなり悔しがっていた。
一方テレス妃は、エディアルド様に罪を着せられなかったのは残念がっていたようだけど、アーノルドの王位が転がり込んできた形になったので、かなりご機嫌だったようで、祝杯を兼ねたお茶会を仲間と開いていたらしい。
そこにクロノム公爵が、アーノルド側に寝返ったような顔をして、エディアルド様を無人島の領主にして、政治から遠ざけてしまおうとテレス妃や、テレス妃に味方する貴族たちに提案をした。
『ほう……やはりクロノム閣下は有利な方についたか』
『しかし、あんな所の領主って……私なら処刑された方がマシだ』
『事実上、流刑ってことになるだろうからな』
貴族達が口々に言う中、テレス妃は何を思いついたのか、妙に嬉しげな笑みを浮かべ、嬉々としてその提案を受け入れたという。
「どう? これからは無人島公爵とお呼びしたら良いかしら?」
テレス妃の言葉に周囲にいる貴族達が笑う。
アーノルド陛下は何とも言えない顔をしているけど。
エディアルド様……陛下に深々と頭を下げているけれど、笑いたいのを必死にこらえているわね。面白いくらい餌に食いついたんですものね。
この分ならねらい通りあの島を手に入れられそうね。
「承知しました。陛下の温情、誠に感謝します」
「あ、兄上……嫌ではないのか? あのウェデリア島なのですよ?」
「はい。とても開拓のしがいがあります」
「……!?」
予想外の答えだったのだろう。アーノルド陛下は目を丸くし、テレス妃は目を剥いた。
そして貴族達もざわめく。
テレス妃は与えられた身分を不服に思ったエディアルド様が抵抗すると踏んでいたのだと思う。
プライドの高い王子だったら、無人島の公爵の地位なんか耐えられる筈がないとおもったのでしょうね。
あんたじゃあるまいし、そんなわけないでしょ。
テレス妃はエディアルド様が逆上し、アーノルドに斬りかかることも期待していたみたいね。
その証拠に国王に拝謁する時には、近衛兵が一時武器を預かるのが慣習なのに、それをしようとしなかった。
エディアルド様のプライドを踏みつける言葉もちゃんと用意していたみたいだしね。ご丁寧にも一緒に笑ってくれるエキストラとともに。
エディアルド様がいつ飛びかかってもいいよう、アーノルド陛下の両脇にいる近衛兵たちはずっと身構えていた。
記憶を思い出す前のエディアルド様だったら、まんまとテレス妃の策に嵌まっていたのかもしれないわね。
私だって記憶が蘇る前だったら、耐えられなかったと思う。
無人島公爵と揶揄されながら、今の生活よりひもじい生活を送ることになるのだから。
でも今のエディアルド様も私も、無人島公爵だと言われた所で何とも思わないし、ひもじい生活を送る予定も無いわ。
小説では悪役王子エディアルドが、お父様である国王陛下に命じられたのよね。
ウェデリア島の領主になるように、と。
あまりにも愚かな息子、エディアルドに愛想を尽かせた国王は息子を勘当したのよ。
エディアルドは怒り狂い、国王様につかみかかるのよね。国王に傷を負わせた罪でエディアルド様は地下牢に入れられることになるの。
今回の場合はウェデリア島の領主になるよう命じたのはアーノルドだ。
しかもエディアルド様がわざわざそうするよう仕向けている。
何故そうしたかって?
あのウェデリア島はただの無人島じゃないからよ。
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