第106話 信じる者は救われる(?)①~sideエディアルド~

 コツ……コツ……

 コッ…コッ…コッ……

 コツ……コツ……


 王城の地下牢に響く三つの足音。

 俺はクロノム兄妹を連れ、石造りの廊下を歩いていた。

 暗い道だが今回の場合、照光魔石は使わず、それぞれランタンを持って歩いていた。

 長い間地上の光を見ていない囚人にとって、照光魔石の光はかなり刺激が強いらしい。

 廊下の最奥にある牢に、三人の男女が捕らえられているのが見えた。

 一人はまだ年若い女性だ。

 もう一人はやや大柄な坊主頭の中年男性。

 あと一人は痩せぎすの男性で、若いようにも見えるし、年を取っているようにも見える。

 いずれもボロ布を身に纏い、貧民街か貧民村の住人であることが窺える。

 厳しい生活に苦しむ者達が救いを求め、聖女の信者になることは珍しいことではなかった。


 三人の男女は縄で縛られ、猿ぐつわを噛まされ、目隠しもされている。身動きも出来ないし、喋ることもできない。動くことも、見る事も許されない状況に絶望しているのがありありと分かった。

 そんな彼らにアドニス=クロノムは優しく声をかける。


「君たちを助けに来たよ」

 

 それまで俯いていた信者たちは、はっと顔を上げる。

 そして声が聞こえる方向であるこちらへ顔を向け、訝しげに眉をひそめる。

 アドニスは不審がる信者たちを安心させるよう、柔らかな口調で言った。


「君たちの組織には所属していないけれど、僕も聖女様を深く信仰している。君たちの行動に胸を打たれて助けにきたんだ」


 なかなかの名芝居だな。

 胸に手を当て切に訴える姿は、本物の信者のように見える。まぁ、その姿は目隠しをしている三人には見えないけどな。

 アドニスは牢を開けて、捕らわれている女性信者の目隠しと猿ぐつわを外した。

 年の頃は、俺たちと同年代ぐらいか。

 ようやく目が見えるようになった女性は、何度か瞬きをして、目をこすっていた。

 しばらくして真向かいにいるアドニスの顔を認め、ハッと息を飲む。

 小さなランプに照らされた彼の美貌は、いつになく際立っている。

 女性信者は惚けたように、アドニスの顔を見詰めていた。

 絶望に苛まれている時、絶世の美男子が助けに来たら、女性はたまらない気持ちになるだろう。

 

「あなたも聖女様の信者……?」

「はい。聖女様を信じる者です」


 真摯な眼差しを向けるアドニスに、女性は頬を赤らめる。

 恐るべしイケメンパワーだな。彼女はアドニスの言葉に疑いの眼差しを向けている様子はない。



 続けて男性信者たちの目隠しを外したのはデイジーだ。眼鏡を外している彼女も、愛らしくも美しい笑顔を彼らに向ける。

 聖女様を一途に信仰している筈の男性信者たちも、美少女に目を奪われるんだな。

 暗い地下牢の中、部屋を照らすランプの光に照らされたアドニスとデイジーの兄妹は幻想的なくらい美しく見えた。

 ちなみに俺は深くフードをかぶって、二人の仲間としてその場にいる。

 アドニスが女性信者に尋ねた。


「君の名前は?」

「ワンザと申します」


 苗字はないらしいな。

 住んでいる村によっては苗字がない者もいるからな。そういった人物が王都で働く場合は村の名前が苗字になったりする。


「どこの村出身なの?」

「ナーバリン村です」

「じゃあ、ワンザ=ナーバリンだね。僕はアドニスだよ。よろしくね」


 アドニスが手を差し出すと、ワンザと名乗った女性は顔を紅くしたまま、おずおずと握手をする。

 デイジーも二人の男性信者に尋ねる。

「私はデイジーと申します。お名前、聞かせてくださいますか?」


 小首を傾げるその姿は、前世で言うアイドル顔負けの可愛さだ。当然、二人の男性信者も顔を紅くし、しかめっ面が緩くなる。

 名前は坊主頭の中年男性から名乗った。


「わ、私はツード=ナーバリンと申します」

「ぼ、僕はスリート=ナーバリンと申します」


 痩せぎすの男性もすぐさま名乗った。

 三人は身内ではなく、同じ村の出身者らしい。

 デイジーはにこやかに笑い、ツードとスリートと握手をする。気のせいか男性信者二人が、アイドルオタクに見えてきた。

 それにしてもワンザとツードとスリートね。しかも苗字がナーバリン……数字のワン、ツー、スリー、苗字はナンバーからきているのだろう。いかにもモブ中のモブキャラを、作者が適当につけた感じがするな。

 俺はそんな信者達に言った。

 

「こっちへ。王城に秘密の部屋があるので」

「あ、あなたは……?」


 俺のことを尋ねてくるワンザに、俺は深く被っていたフードを外して、にこやかに笑って答えた。


「今は名乗れませんが王族の一人で、聖女様を信仰する者です」

「な……なんと王族の方も信者に!? ま、まさか、あなたはアーノルド王太子殿下!?」

「いえ、アーノルド殿下は信者ではなく、聖女様に選ばれた勇者です」

「ああ、そうでしたね。アーノルド王太子殿下は、聖女様の恋人……聖女様の伴侶に選ばれた人物こそ勇者になるんですよね!?」


 ――アーノルドは、まだ王太子じゃないんだけどな。

 まぁ興奮して喜んでいる所、水を差したら話が進まなくなるので、ここではスルーしておくけどな。

 聞くところによると三人が住む村は、かなりの僻地にあるらしい。情報が伝わりにくい山村らしいので、王族について詳しく知らないのも無理はないか。

 俺はわずかに息をついてから、少し浮かれはじめた信者たちに言った。




「王城には秘密の部屋があるので、しばらくの間そこに身を隠してください。その後、聖女様の元へお送りしますので」

「ほ、本当ですか!?」


 ワンザが興奮気味に拳を握りしめる。他の信者たちも同様だ。

 ツードやスリートも目をキラキラさせてこちらを見ている


「せ、聖女様に会えるのですか!?」

「ま……まさか生きている間に近くで見る事ができるなんて」



 感激して涙ぐむ三人に、俺はクスリと笑う。

 多分、この時の俺は悪役王子らしい、冷たい笑みを浮かべていたと思う。

 ま……感涙にむせび泣いている信者たちの目には、俺の表情は見えていないだろうが。

 俺はダメ押しに、信者たちを称えるように言った。


「聖女様は命をかけたあなたたちの働きにとても感動していると思います。私の方からも推薦しましょう。あなた方こそ、聖女様のそばに使える守護者に相応しいことを」

「「「…………!!!」」」


 彼らは俺が聖女の代理だと思っているのか、膝を着き、手を組んで祈り始めた。

 想像以上にあっさりと信じてくれたので、俺も拍子抜けした。

 聖女というだけで無条件に信じてしまう人間だ。そもそも信じやすく、騙されやすい性格なのかもしれないな。

 

 ……俺の母上以上に騙されやすい人間がいるとは思わなかったけどな。


 だいたい見ず知らずの人間が、何のメリットもないのに、厳重な警備をかいくぐってお前らを助けにくるわけがないだろ?

 お仲間である他の信者たちすら、助けに来る気配がないのに。


「これも聖女様のおかげだわ……」

 

 その場にはいない聖女様に感謝の言葉と祈りを捧げるワンザ。

 彼らの目には、俺たちは救世主に見えているのかもな。

 三人は何一つ、こちらの言葉を疑うことなく、俺たちの後に付いて来るのだった。


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