第105話 その後の会議~sideエディアルド~

 エミリア宮殿 会議の間

 

 かつて聖女エミリアが王室の重鎮や貴族たちの話し合いの場として設けられたその部屋は、重厚な長机に真っ白なテーブルクロスが敷かれていた。

 その席に俺とクラリス、それからアドニスとコーネットが席に着く。

 ウィストとソニアは金剛力士像の如く、扉の前に立って護衛に徹する。

 テーブルには給仕たちがすかさず珈琲を置いてくれる。

 


 今回の襲撃事件の証人として騎士代表のイヴァンとエルダ。二人の直属の上司である将軍ロバートも同席していた。

 クロノム公爵はクラリスの方を見て尋ねる。


「クラリスちゃん、聖女の信者たちが何故君を狙ったのか心当たりはある?」

「ありません。彼らは何故か私のことを、聖女に害を為す悪女と認識しておりました」


 クラリスは襲撃された時の状況を、クロノム公爵の問いに答える形で説明をしていた。

 俺は飲んでいたコーヒーをソーサーの上に置いてから、眉間に皺を寄せる。コーヒーが苦かったのも理由の一つだが、彼女を悪女と決めつける連中にムカついたからだ。


「何の根拠もなく彼らが君を悪女と決めつけるとは思えないけどね」


 考えるように呟くクロノム公爵の言葉に、俺は思わずムッとした表情を浮かべ、反論をする。


「根拠なんかなくても、悪女と決めつける可能性は十分にある。聖女がクラリスのことを悪女だと言えば、信者たちは、クラリスを悪女と認識する」

「まぁ、それが彼らにとっては“根拠”になるんだろうね」


 クロノム公爵はうんうんと頷き、なだめるような口調で俺に言った。

 な……なんかこの人にかかると、俺もまだまだお子様扱いだな。

 アドニスはクラリスに問いかける。

 

「クラリス嬢は別に聖女のことを苛めたりしていませんよね?」

「苛めるどころか関わってもいないです」

「そうでしょうね。ナタリー嬢だったら話は分かるのですが……もしかしてその信者たち、妹と勘違いしたのでは?」


 うーん、それは否定しきれないな。

 ナタリーは実際ミミリアのことを苛めていたみたいだし、悪女のような振る舞いもしている。

 するとエルダが少し言いにくそうに視線を斜め下に向けながら手を挙げた。


「聖女様について少し気になることが……」

「どうした、エルダ=ミュラー」


 俺が首を傾げ尋ねると、エルダはしばらく視線を彷徨わせてから目を伏せ、重い口を開いた。


「この前、神官長の伝言を聖女様にお伝えしようと部屋を訪れた時のことです……」


 エルダの話によると、モニカ宮殿にあるミミリアの私室を訪れた時、たまたま扉が少し空いていたらしい。

 扉の隙間から、聖女のヒステリックな声が聞こえ、エルダはノックしようとした手を止めたという。


【クラリス……!! なんで、あの女ばっかりが、美味しい思いをしているのよ!! ……本当に邪魔な女!!悪役もろくにできないんだったら、さっさと死ねばいいのに!!】



 エルダの表情は悲しく、とても辛そうだった。

 アーノルドが溺愛する聖女様に、そんな黒い一面があったなんて信じられないのだろう。

 俺だって彼女がぶっ飛んだ性格なのは分かっていたが、まさかクラリスに殺意を抱く程の憎しみを抱いているとは思わなかった。

 エルダはさらに話を続けた。


「テレス妃殿下は聖女様に釘を刺していたようなのです。アーノルド殿下の王妃は、クラリスにする。聖女様は側妃として社交界には出ずに大人しくするように、と」


 は……っ、あのババア……いや、テレスは本当に諦めが悪いな。

 俺とクラリスの結婚が正式決定した時も、随分と反対していた。王室で結婚が決定した以上、それを覆すのは難しいのだが、テレスはまだ反対の声を上げているのだとか。

 クラリスを妃に欲しがる気持ちは分かるけどな。

 母親から見ても、息子アーノルドは頼りない部分があるのだろう。息子の足りない部分を補ってくれるパートナーが欲しいのだ。

 クラリスは慎み深く、周囲の空気も読む賢さもある。あの舞踏会で実物のクラリスと対面し、テレスはますます彼女のことが気に入ったのだろう。

 しかもアーノルド自身も、クラリスに想いを寄せているようで、舞踏会の場で堂々と自分の気持ちを告白していた。

 事もあろうに、ミミリアと真実の愛宣言をしてすぐにだ。

 我が弟ながら痛い奴だと思ったものだが、様々な要因が積み重なり、ミミリアの嫉妬心が殺意に変わった可能性は大いにある。自分が思い描いていたヒロイン生活が狂ったわけだからな。

 クラリスが心配そうにエルダの顔を覗き込み問いかける。


「アーノルド殿下の腹心であるあなたが、そのようなことを報告しても大丈夫なのですか?」

「腹心だなんて……恐れ多くもアーノルド様には重用されてはいますが、私たちはあくまで王室の騎士です」


 驚いたな。

 四守護士と呼ばれるキャラクターはアーノルドと固い友情で結ばれているとばかり思っていたけれど、小説とは状況が違うようだな。

 アドニスが苦笑いをする。

 

「クラリス嬢に嫉妬、ですか……今度はミミリアも魔族に攫われて、仲間になるかもしれませんね? 負の心が満載ですからね」


 せ……聖女が魔族の仲間に? それは考えたくないな。

 しかしミミリアが普通の少女で、魔力が豊富ならその可能性もあるが、聖女が魔族の仲間になるなどあり得るのだろうか。

 頭の中でぐるぐる考える俺の心を読んだかのように、クロノム公爵が答えた。 

 

「聖女の体内には膨大な女神の力が宿っている筈だよ。女神の力と闇の魔術は相容れないから、ミミリアちゃんが魔族の仲間になることはないだろうね」


 良かった……あんなぶっとんだ聖女が魔族になったら、とんでもない化学反応が起こりそうで怖すぎる。 

 魔族の仲間にならないことは分かったが、信者に邪魔者を始末させるなんて、おぞましい行為だ。

 もしクラリスが白紫の魔女と呼ばれる程の実力者じゃなかったら、信者達の手に寄って殺されていただろう。

 あの聖女様はもう人の道を外れてしまった。完全に、闇堕ちしてしまったのだ。


 俺は、絶対にミミリア=ボルドールを許さない。



 イヴァンがタイミングを見計らって口を開いた。


「今回、クラリス様に助けて頂き、感謝と同時に己の不甲斐なさを痛感しております。ずっと鍛錬をしてきたつもりでしたが、心のどこかで自分は四守護士であることにあぐらを掻いていたのだと思います」


 真面目一徹なイヴァンは悔しそうな表情を浮かべていた。エルダもそんな仲間の言葉に同意するように頷いている。元々、俺に負けた時から鍛錬に励んでいた二人だからな。

 彼らに足りないのは経験だ。これからはもっと実戦のメニューを増やしたいところだな。

 この場にはいないガイヴとゲルドにも同じように努力して欲しいものだが。

 そして二人の直属の上司である将軍ロバートが、額をテーブルの上にくっつけるくらいに頭を下げて言った。


「今回の事を機に、ハーディン騎士団の訓練内容を大きく変えていきたいと思っております。今までよりも厳しい訓練メニューを用意するつもりです」

「その訓練メニュー、後で俺の元に提出してくれないか?」


 俺の言葉にロバートは驚きながらも、快く頷いてくれた。

 将軍自身も少し平和ボケしているかもしれないからな。訓練内容は俺の目でチェックしていく必要があるだろう。

 コーネットが一つ息をついてから俺の方を見た。


「で、どうしますか? 捕らえた信者たちは」


 現在、クラリスの捕縛魔術によって捕らえられた信者たちは、王城の地下牢に閉じ込めている。

 自殺をしないよう猿ぐつわをして、身体を縛り、それから城内の構造を把握されないように、目隠しもしている。

 俺はコーヒーを飲み干し、いったん息をついてから口を開いた。


「彼らがクラリスを悪女と決めつける根拠が、本当に聖女なのかどうか確認しておきたい。それによって彼らの処遇も決まるし、場合に寄っては捜査も必要になる」

 俺の言葉にコーネットは肩をすくめる。

「捜査の必要はないでしょう。彼らは聖女様の言葉にしか従わない。他の貴族がからんでいるとは考えづらい」

 俺は腕組みをして眉間に皺を寄せる。

「その聖女様が信者に命令を下したという証拠がない。信者たちも絶対に口は割らないだろうし」


 するとアドニスが、完璧なる美貌にふっと冷ややかな微笑を浮かべた。

 彼のこういう顔は時々空恐ろしいものを感じる時がある。


「あの手の人間は下手に拷問なんかしたら、自分で自分の舌を噛みますからね。そういう時は逆のことをしたら良いのです」


 アドニスの言葉にその場にいる全員が目をぱちくりとさせた。

 拷問とは逆のこととは一体……。



「拷問が駄目なら、優しくすれば良いのですよ。追い詰められている人間ほど、救いを求めようとしますからね」


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