第93話 婚約指輪~sideエディアルド~

「まぁ、君たちの気持ちは嬉しいけど、期待に添えられるかどうかは分からない。ただ、この国を守る為に俺が出来ることはやっていくつもりだ」

「もし殿下が王太子にならないのなら、私はこの国を出ますよ」

 

 そう答えたのはコーネットだ。そういえば彼は元生徒会役員だったけれど、無能なアーノルドに失望して辞めたのだったな。

 するとアドニスも同意するように頷いた。


「あ、私もあの馬○に仕える気は毛頭ないので。クロノム公国として独立します」


 ど、独立!? おいおい、クロノム家に独立されたら、ハーディン王国はひとたまりもないぞ。 

 魔物の軍勢どころか、隣のユスティ帝国をはじめ、近隣諸国に狙われるかもしれないな。

 アドニスの言葉に、コーネットも目を輝かせる。


「本当かい?アドニス、じゃあウィリアム領は君の国に属するよ」

 

 コラコラコラ、ウィリアム領まで離れられたら、国力が半減するだろうが。

 こいつら、無茶苦茶言うなぁ。

 俺が頭痛を覚えるのを余所に、二人は楽しげに話を続ける。


「コーネット、君なら大歓迎さ。領地が隣同士だし丁度いいよね。でも君とはこれまで通り対等な関係でいたいから、属国はいただけないな」

「じゃ、二つの領土を合わせて一つの国にして、エディアルド殿下に王になってもらおっか?」

「いいね。僕はどっちかというと、裏方の方が性に合っているから父上と同じ宰相になろうかな」


 な、何だか勝手に二人で話が盛り上がっている。アドニス、言っとくけど俺だって裏方向きだからな、どっちかというと。

 二人とも、どんだけアーノルドに仕えるのが嫌なんだか……ま、気持ちはものすごく良く分かるぞ? 

 あいつが実の弟じゃなきゃ、とっくにさじを投げていたところだ。

 ヴィネはクラリスの肩を叩いて、くすくすと笑う。

 

「私の弟子が将来の王妃様っていうのも悪くないね」

「ヴィネまで……」

「あんたならいい王妃様になれるような気がするんだよ」

「買いかぶりすぎだわ、ヴィネ」


 クラリスは、どうリアクションをして良いのか分からず、顔を紅くして俯いている。

 さらにジョルジュも俺の肩を叩いて、にっと笑って言った。


「俺の弟子が王になるのも悪くないな」

「ハズレ王子に過度な期待はするなよ」

「ハズレ王子は第二王子の方だ。あいつが王になるくらいなら、俺は宮廷魔術師を辞めて冒険者に転職するわ」


 せっかく安定した職業に就いているのに、上司が気に入らないからって、転職しようとすんな。

 まぁ、ジョルジュだったら冒険者になっても、それなりの稼ぎを得そうだけど。


「あのー、僕もエディアルド殿下が王太子にならないのなら、宮廷魔術師辞めます」


 手を挙げたのは、騎士の家系でありながら魔術師になったクラスメイトだ。

 クラリスと同じ寮生のスーザンも手を挙げる。


「私もクラリス様について行きますね。我がウエブスト男爵家はエディアルド殿下が国王になる国に属したいと思います」

「す、スーザン。実家のことまで勝手に決めたら」

 焦るクラリスに、スーザンは胸をどんっと叩く。

「ウエブスト家は私が当主になる予定なので問題ありません!」

 

 そ、そうか。スーザンは確か一人娘だったから、彼女が男爵家を継ぐらしいな。

 同じ寮生であるケイトも両手を組み、神さまお願いのポーズをとる。


「我がコーエン家もエディアルド殿下の国に入れてくださいませ。私は後を継ぎませんが、兄も賛成すると思いますわ」



 俺の前だからって、そんなにお世辞を言って貰っても困る……と言いたいところだが、お世辞というには、全員の目が本気だ。

 スーザンがにこやかに笑って理由を言った。


「私、泥船には乗りたくないのです」



 彼女の言葉に、全員がうんうんと頷いている。

 アーノルドが国王になる、ということに不安を抱いているみたいだな。あいつも前回の舞踏会でかなりの醜態をさらしているからな。

 ミミリアが恋人であることを公表し、皆の前で真実の愛宣言までしたのに、その直後にクラリスを口説いていたアーノルド。

 その姿を見て不快に思う人間はとても多かったようで、特に女性陣の評判がガタ落ちだった。

 また学園生活の中でも、普段からアーノルドの態度や言動に疑問を持っていた者もいて、最近になって、Sクラスの一部の生徒たちが、俺に相談を持ちかけてくるようになっていた。

 

 

 皆の期待が俺の方に向いてしまうのも無理はない。

 だけど俺はついこの前まで愚か者と言われていた人間だぞ? 前世の記憶を思い出して、このままじゃいけないと悟り、出来る事はやっているつもりだけど。 

 その前世の記憶だって、ごく平凡な会社員のもの。

 時の権力者だったわけじゃない。

 正直、いい王になる自信はこれっぽっちもない。だが王族としてこの国を守らないといけないことは分かっている。いや、本音を言えば俺は大切な家族や友達、尊敬する人たちを守りたいのだ。


 そして……君のことも。


 俺はしばらくの間、友人と楽しそうに話すクラリスの横顔を見詰めていたが、やがて意を決し彼女の名を呼ぶことにした。


「クラリス」


 クラリスがこちらを向き、小首を傾げる。

 ……くっっ……緊張してきたな。

 彼女と向かい合う形になった俺は、その場に跪いた。


「クラリス、これを受け取って欲しい」


 掌に収まるくらいの紅い天鵞絨の箱をクラリスに差し出す。

 クラリスはピンクゴールドの目を大きく見張る。

 俺はゆっくりと箱の蓋を開けた。

 箱の中には紫魔石の結晶がはめ込まれた指輪が入っている。加工されたことにより紫魔石はダイヤモンドにも勝る輝きを放っていた。

 紫魔石の結晶は、以前アマリリス島のダンジョンで見つけたレアアイテムだ。紫魔石を凝縮したもので、この結晶を身に付けていると魔力の消費を最大限に減らすことができる。

 国宝級の魔石なので、宝石商もエミリア宮殿にもって来るまで厳重に保管していた。

 


「殿下……これは」

「婚約指輪だ」

「婚約……指輪?」


 クラリスの声が震えている。

 この世界にはマリッジリングという風習はあるが、エンゲージリングの風習がない。

 小説では、主人公とヒロインが敵を倒して平和が訪れた所から、エンディングの結婚式のシーンが描かれているからな。主人公とヒロインの婚約シーンや婚約指輪を贈るシーンが描かれていなかったせいか、この世界には婚約指輪という習慣が存在していないのだ。

 デイジーが手を叩いて頬を紅潮させる。


「素敵!婚約の証として指輪を贈るなんて」



 パーティーの参加者たちは紫魔石の結晶の輝きに息を飲んでいた。

 なかなかこの目で見ることもできない程、珍しい魔石だからな。

 俺はクラリスの手を取り、指輪を嵌める。

 よかった、サイズもぴったりだ。以前、母上がクラリスに指輪をプレゼントするのに、彼女の指のサイズを測っていたから、急激に太らない限り大丈夫だとは思っていたけれど。

 細長いクラリスの指に、紫に輝く魔石はよく映えている。


「クラリス、どうか俺と生涯を共にしてほしい」

「は、はい」


 俺のプロポーズに、クラリスは驚きに目を見張ったままではあったが、すぐに応えてくれた。

 だけど、そのピンクゴールドの目は何故か俺を食い入るように見詰めていて。 

 

「エディアルド様……あなたはまさか」


 クラリスは俺に何かを尋ねかけたが、周囲を見回してから、一度口をつぐんだ。この場では言えない何かを尋ねたかったのだろうか。

 じっと食い入るように見詰めてくるピンクゴールドの瞳に、いつになく俺の胸は高鳴っている。

 何か言いたそうにしているけれど、言えずにいるのが伝わってくる。

 

 クラリスはふっと美しい笑みを浮かべ、俺にハグをしてきた。

 か、彼女から抱きついてくるなんて……嬉しいやら恥ずかしいやら。



「エディアルド様、ありがとうございます」


 

 俺はクラリスの身体をきつく抱きしめた。

 このままキスしたい所だけど……駄目だ……ジョルジュのような熱烈なキスを皆の前でするのは恥ずかしすぎる。

 やっぱり結婚式の時じゃないとな。儀式という言い訳でもないと、皆の前でキスなんて出来やしない。

 皆が祝いの声や拍手を送って来る中、クラリスは周りには聞こえないように、俺の耳元に囁いた。



「エディアルド様、今宵は二人きりでお話がしたいです」

「クラリス?」

「お願いします」



 ま、まさかクラリスからお誘いがくるとは。

 でもそれは甘い物とは少し違う、真剣な口調だった。

 とても大切な話なのだろう。

 俺はクラリスの耳元に唇を近づけて、小さな声で約束を交わす。


「分かった。今日は星が綺麗だから、ここのテラスでゆっくり話をしよう」

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