第94話 前世の記憶を持つ者たち①~sideクラリス~

 私はクラリス=シャーレット。

 今、運命の時を迎えようとしている所で、とても緊張しています。


 何故、今まで気づかなかったのだろう?

 私と同じように生まれ変わっている人間は一人とは限らないじゃない。

 最初に私以外の転生者がいるかもしれない、と思ったのは、ジョルジュがミミリアとおぼしき人物に追い回された、と愚痴っていた時だ。


“町でばったりあった女がいきなり声を掛けてきて、俺の弟子になりたいってさ。俺が断っても、“あなたは私に魔術を教えるべきなの”と言って、もの凄い勢いで追いかけてくるんだぜ?”


 あの時は追いかけている相手がミミリアという確証はなかった。実際はミミリアだったんだけど、ジョルジュのあの台詞を聞いて、もしかしたら小説の内容を知っている転生者が他にもいるんじゃないか、と思うようになった。

 それが確信に変わったのは、結婚式に乗り込んできたミミリアと、ジョルジュの会話だった。


“あんたはねえ、私のために魔術を教えて、私のために死ななきゃ駄目なの!”


 あれは小説の内容を知らなかったら出てこない台詞だ。

 ミミリア=ボルドールは私と同じ転生者に違いない。

 彼女は自分が幸せになる為に、強引な手を使ってでも筋書き通りに動こうとしている。そして筋書き通りにならなかったら、結婚式に乗り込んでしまうくらいに激昂する。アーノルド以外の男性キャラにも相当執着しているみたいだ。

 

 ミミリアとは反対に、私はバッドエンドを回避するために、筋書きとは違う行動をとってきた。

 小説だと共闘関係でありながら、仲が悪かったエディアルド様と婚約し、ヒロインを苛めることもなく、アーノルドに恋心を抱くことも無く、平和な学園生活を送ってきた。

 またいつ、何が起こってもいいように、手に職を付けることにした。小説では悪女クラリスが毒をつくらせていた薬師、ヴィネから薬学を教わり、魔族との戦いでミミリアを庇って死ぬことになるジョルジュから魔術を教わった。


 出来るだけ悪役令嬢とはほど遠い生活を送ってきたつもりだ。

 おかげで私は白紫の魔女という二つ名を得て、黒炎の魔女にならずに済んだ。

 そして筋書きとは違う行動をとっていた人がもう一人。


 エディアルド=ハーディン


 彼は小説のエディアルドと全く違う道を歩んでいた。

 社交界に流れる噂をものともせず、私のことを見てくれた。そして私を婚約者として選んでくれた。

 同じ師匠の元、共に魔術と薬学を学んで。

 常に勉学や剣術、魔術の鍛錬を怠ること無く、魔物退治など経験値を得るための実戦にも果敢に挑んでいた。

 今にして思うと、彼も私と同じように、自分が国を追われる――もしくは殺される可能性を考えていたのかもしれない。

 いざとなれば自分一人でこの世界で生きていけるように、あらゆるスキルを会得してきたのだろう。

 不思議とエディアルド様とは気が合うとは思っていたけれど、私たちの生き方はあまりにも似ていたのね。

 同じ前世の記憶を持っていて、その上、兄弟と比較されたり、蔑まされてきた現世の傷も抱えていた。

 

 そんな彼が、今無性に愛しい……。




 この世界にはないはずの婚約指輪を渡されて初めて気づいた。

 彼が私と同じ転生者であることを。





 お祝いのパーティーが終わったその夜。

 エミリア宮殿の南テラスは、星が綺麗に見える場所らしく、ゆっくり天体観測ができるようにソファーやテーブルが置かれていた。

 エディアルド様はリラックスしているのか、ソファーの上に横になって星空を見上げていた。

 私が近づいてくる気配に気づくと、彼は起き上がり隣に座るようソファーを軽く叩いた。

 促されるまま彼の隣にすわると、ふわんと身体が沈むような感覚がした。外に置いておくのは勿体ないくらいふかふかのソファーだ。

 不意に強めの風が吹き抜け、私は思わず自分の身体を抱きしめる。上着をもって来ればよかったかな。

 エディアルド様は私の肩を抱き自分の方に引き寄せ、自分のマントが私の肩にかかるようにしてくれる。


「思ったよりも寒いけど、場所を変える?」

「いえ、せっかく星が綺麗ですし。今は温かいので」


 私の言葉にエディアルド様は頷いてから、肩を摩ってくれる。

 本当に優しい人だなぁ。

 こんなに格好よくて紳士的な人が私の婚約者だなんて信じられない。


「こうして二人きりで過ごすのも久しぶりだね」

「お互いに忙しかったですからね」


 今、私はエディアルド様に肩を抱かれて、彼にしなだれかかった状態。

 すごく、幸せだ。

 だけど、いざエディアルド様を目の前にすると、何から話していいか分からなくなる。

「あなたは前世の記憶がありますか?」と、いきなり質問してもいいのだろうか?

 彼が転生者であることは、ほぼ確実なのだけど、万が一違ったらという気持ちがよぎってしまう。


 ああ……まずい。私、弱気になっている。


 元々自分はそんなに強い人間ではない。ただ強がっているだけの人間だ。

 このまま、何事も無くとりとめも無い話でもしてしまおうか、と私が思いかけた時、エディアルド様が口を開いた。


「何か大切な話があるのだろう?」

「……あ……その……」


 今、尋ねないといけない。

 そうしないと、多分一生尋ねることはできない。

 それなのに、怖じ気づいている。

 だって今まで自分以外の転生者がいるなんて思いもよらなかった。ミミリアだけじゃなく、婚約者であるエディアルド様まで転生者だなんて、何だか信じられなくて。



 身体が震えているのが、寒さのせいか緊張のせいか分からない。

 エディアルド様はそんな私の額に、そっとキスをした。

 緊張している私を落ち着かせる為のキスのように思えた。

 彼は優しい笑みを浮かべ、こちらを覗き込んできた。


「何か大切なことを話があって誘ってくれたのは分かっている。けれど、君から“二人きりで話したい”と誘ってくれるものだから、ちょっと浮かれているんだよね」

「エディアルド様ったら」


 思わずクスッと笑ってしまう。

 ちょっと冗談めいたエディアルド様の台詞に、私は少し気持ちが落ち着く。

 前世でも、あなたのような人に会いたかったなぁ。

 エディアルド様は私の頬に触れて、顔を覗き込んでくる。


「此処に来るまでずっと考えていた。君が何を話そうとしているのか」

「……」


 エディアルド様は私の手を取り、婚約指輪が嵌められている左の薬指にキスをする。

 そして真剣な眼差しを向けてくる。


「婚約指輪を渡された時、君はとても驚いていた。思いがけないプレゼントに驚いているのかと思ったけれど、それとは少し違う驚きのように思えた」

「……!?」


 どくんっ、と私の心臓が高鳴る。

 エディアルド様の空色の目が、私の姿を映し出す。熱い眼差しで見詰められているのが分かる。

 ああ……彼も、気づいたんだ。

 私の驚き方が、サプライズプレゼントを貰った時のそれとは少し違っていたから。

 そんな微妙な違いを見抜くなんて、流石としか言い様がない。


「それから君は俺と二人きりで話がしたいと言った。皆には聞かせるわけにはいかない、そんな内容であることは察しがついた」

「……」


 エディアルド様の唇がもう一度指輪に触れる。

 唇の温度、柔らかさが指に感じられる。


「指輪を渡されて驚いた君……後で二人きりで話したいと言った君……それに今、話すことを躊躇おうとしている君の姿を見て、俺はようやく確信した」


 エディアルド様は、私が弱気になっている時には必ず支えてくれていた。

 今もそうだ。

 前世のことを話すのを恐れている私の気持ちを察して、こうして助けてくれる。

 涙が溢れる。

エディアルド様が意を決したように、私に問いかける。

 



「君は、転生者なんだね? クラリス」



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