第80話 悪役令嬢、実家へ帰る~sideクラリス~

 秋休みが終わる二日前まで、私はクロノム家の別邸で過ごすことになった。

 コーネット先輩を中心に魔術の勉強会、密林のダンジョンを探索したり、デイジーと共に薬を作ったりと、充実した毎日。

 もちろんせっかく南国に来たのだから、海でも遊んだわよ。

 ビーチパラソルはないけれど、クロノム家の使用人達が慣れた様子で、屋根付きのテントを張ってくれて、その下にソファーやテーブルを設置。さらにアフターヌーンティの用意までしてくれるという、前世では味わえないセレブな一時を過ごすことができたわ。


 一方で、エディアルド様は、アドニス先輩やコーネット先輩と共に、クロノム公爵と色々話し込むことが多くなった。

 彼らが会議をする間は、私たちも王妃さまを囲んでお茶会をしていた。主に王妃様と陛下のなれそめ話に花を咲かせていたのだけど、話の随所に貴族同士の人間関係や、外交関係の情報など聞くことが出来たので、かなり有益な時間となった。

 

 秋休みの日々は、お母様を失って以来辛い日々だった私にとっては、信じられないくらいに楽しかった。


 デイジー=クロノム

 ソニア=ケリー

 ウィスト=ベルモンド

 コーネット=ウィリアム

 アドニス=クロノム


 小説では全員クラリスの敵だったのに、こんなに仲の良い友達になるとは思わなかった。アマリリス島で寝食を共にするようになり、よりお互いのことを知るようになって、今やかけがえのない大切な仲間であると意識するようになった。


 秋休みも残るところあと二日。

 私はデイジーの家から、直接寮に戻ることにした。

 あんな実家に帰るつもりなんかさらさらなかったから。

 クロノム家の馬車に学校の門まで送ってもらった私は、両手に沢山のお土産を抱えて第二の我が家に向かう。

 スーザンやケイト達はもう寮に戻っているかな?

 お土産に南国のフルーツを持って帰ってきたけど、喜んでくれるだろうか?

 今度トロピカルフルーツのパイを作るのもいいわね。

 


 寮入り口の前にきた時、私は歩む足を一度止めた。

 シャーレット家の護衛たちが私を待ち構えていたのである。

 いつも私のことを無視していたシャーレット家専属の騎士たち。だけど今は、何故か縋るような目でこちらを見詰めていた。


「お帰りなさいませ、クラリス様」

「お待ちしておりました、クラリス様」

「今すぐにご実家にお帰り下さいませ。旦那様が倒れたのです」


 お父様が倒れた?

 一瞬、ズキっと胸が痛んだ。

 あんな父親でも胸が痛むって……自分でも嫌になるわね。

 あの人は私が倒れたって、見舞いにも来なかった。

 私が熱で苦しんでいる時も、ナタリーとベルミーラお義母様と共に、楽しそうに観劇に出掛けて行ったじゃない。


 あんな父親、倒れたところで知ったことではない。

 私がそっぽ向くと、護衛の一人が批難をする。


「ち、父親が倒れたのにそのような態度をとるとは」

「ええ、娘が倒れた時も知らん顔していた父親の娘ですから」

「……っっ!!」

 

 嫌味混じりに言い返す私に、護衛は閉口する。

 何も言い返せないわよね? 

 あなた達だって私の存在を無視してきたのだから。

 護衛の一人が、上目遣いでこちらを見ながら切実な口調で訴えてきた。


「旦那様はクラリス様にどうしても渡したいものがあるそうです。あなたのお母様の手紙と、形見であるペンダントを」

「………」


 お母様の手紙? そんなものがあったのかしら。

 だけど私に隠していた可能性はあるわよね。

 形見のペンダントは、換金せずに私がクロゼットの奥に大事にしまっていた。

 だけど、家捜しでもしたのか、ある日ベルミーラお義母さまに見つけられてしまった。

 返して欲しい、と訴えても「これはベルミーラの方が似合う」と言って、父は取り合ってくれなかった。

 ベルミーラお義母さまはそれ以来、何かにつけて私に見せつけるように、そのペンダントを身につけるようになった。


 何で、今更になって……。


 

「……分かりました。荷物を部屋に置いてから、あなた達と共に参ります」


 そう言うと、護衛達は安堵したようだった。

 私を連れて来ないと、相当な罰を受けると脅されているのね。

 護衛達を外に待たせ、私はひとまず寮の中に入った。

 するとドア越しに一部始終を聞いていたのであろう、スーザンが心配そうに私のことを見ていた。

 


「クラリス様、ご実家にお帰りになるのですか」

「ええ……父が倒れたらしいので」

「クラリス様がご実家からどのような仕打ちを受けてきたか……クラリス様のいでたちや生活態度を見ていたら想像がつきます。どうかお帰りになるのは留まってくださいませ」

「スーザン……」


 ケイトをはじめ、他の寮生たちも私の周りに集まってきて、帰るのはやめた方が良い、ここに留まった方が良い、と引き止めてくる。


「クラリス様のお陰で私はものを作る楽しさを知りました!」

「クラリス様に頂いたお薬のおかげで、怪我を治して頂きました」

「クラリス様が優しくして下さったお陰で私は寮生活に馴染めました!」


 自分の思いを口にする令嬢たちに私は胸が熱くなった。

 そんな……私は大したことをしていないのに。

 出来るだけ楽しい寮生活を送りたい、そんな気持ちで皆と接してきただけだ。


「皆さん、ありがとうございます。ですが、どうしても取り戻したいものがあるのです」

「先ほど聞こえました……お母様の形見なのですね」

 スーザンの言葉に私は頷く。

「ええ、唯一の母の思い出なのです。それにあんな父親ですが、最後ぐらいは看取ってやらないと、私の気分が晴れませんから」


 スーザンは悔しそうに唇を噛みしめる。

 だけど私の気持ちをくみ取ってか、それ以上引き止める言葉は言わなかった。

 外の護衛たちには聞こえぬよう、声を抑えスーザンは言った。


『分かりました。ですが、このことはエディアルド殿下にお伝えします。良いですね?』

『殿下には心配かけさせたくな……』

『それを了承しなければ、私はここから一歩も動かないことにします』


 スーザンが両手を広げ、出入り口のドアを塞いだ。

 ここから一歩も動かないという決意の表情に私は一瞬息をのんだ。

 お父様が倒れたという知らせに動揺していて、正常な判断が出来ていなかったかも。

 それに万が一のことを考え、エディアルド様に連絡はしておいた方がいいわね。

 私は王族の婚約者だ。もう勝手な行動が許されていい身分じゃないのだから。


『分かりました。スーザン様、エディアルド様にこのことを伝えてください』

『お任せを。ただちに学園内の警備部から騎士たちをお借りして、王城へ参りますわ』


 言うが否やスーザンはバンっと扉をあけ、寮を出て行った。外で待っているシャーレット家の護衛たちは何事かと走り出す令嬢の姿を見送っていた。

 フットワークが軽い令嬢だったのね、スーザンって。


「クラリス様、どうかお気を付けて」

「早く帰ってきてくださいませ」

「そこの護衛の皆様、クラリス様を無傷でお送りするのですよ? もし怪我をさせたら承知しませんわよ!」


 女子寮に住む令嬢、全員に睨まれ、護衛達は肩を縮こませていた。

 私は寮の皆に心配そうに見送られながら、シャーレット家の馬車に乗って実家へ向かうことになった。 


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