第75話 女神の神託~sideエディアルド~

 外の雨はより強い雨脚となって大地を打ち付ける。

 稲妻の光が窓に差し込んできた。

 あっという間に紅茶を飲み終わってしまったが、すぐさま執事がコーヒーを持ってきた。就寝時間も近いのにコーヒー……素直に喋るまでは返さない、というあちら側の意思が見え隠れしているかのよう。

 アドニスとコーネットは複雑な表情で俺のことを見ている。

 ウィストとソニアは心配そうな表情を浮かべていた。

 

 さて、どう説明したら良いのだろう? 


 この世界が実は小説の世界で、俺の前世はその小説の読者でした……と言うのは、あまりにも荒唐無稽だろう。

 小説のくだりは省いて、正直に説明するしかないか。


「はじまりは、母上主催のお茶会があった時です。俺は目を覚ましたと同時に、ある記憶が蘇ったのです」

「ある記憶?」


 クロノム公爵は不思議そうに首を傾げる。

 他のメンバーも食い入るように俺のことを見ていた。


「前世……つまりこの世界に生まれる前の記憶です」

「ああ、人は生まれ変わるっていうもんね。じゃあ、生まれ変わる前の君はどんな人生を歩んでいたの?」


 クロノム公爵は意外にもすんなりと前世というワードを受け入れた。

 コーヒーに砂糖とミルクを入れ、ぐるぐるとスプーンでかきまぜる。

 俺は少し考えてから前世の職業を説明する。


「あー……そうですね。会社……つまりとある組織の、有能な働き手を見極め、採用する人事を担っていました」

「なんと人事ですか! ああ、それで最近になって、エディアルド殿下は気に入らない使用人をやたらにクビにするって悪評が立っていたのですね」



 な、なんかアドニスが露骨に嬉しそうな顔をしている。悪評に対するリアクションとは何か違うような……俺は少し戸惑いながらも話を続ける。



「ええ、俺は仕事が出来ない、しない人間を周りに置くつもりはないので。噂は正解ですよ」

「私も仕事をしない人間と出来ない人間は嫌いですから、その気持ち良く分かります」


 アドニスが嬉しげに共感してくれる。そういや、小説の終盤、アドニスが宰相に就いた時、人事を一掃したんだよな。

 うん、彼とは何かと気が合いそうだな。

 俺が前世、人事を選考する役割の人間だったと知るや、クロノム公爵の目はキラーンと光る。

 なんか良い人材見ぃつけたって顔をしている。し、しまったな。前世の仕事については記憶にないって言っておけば良かったか。


「今度、騎士団の人事会議、アドニスと一緒にエディーも参加してもらおっかな。君の意見も是非聞きたいから」

「いいですね、是非エディアルド殿下の意見も聞きたいです」


 クロノム公爵の言葉に、アドニスは嬉しそうに頷いている。

 ……やっぱり、余計な仕事がきた。この人、俺が一国の王子だってこと忘れているだろ? 

 クロノム公爵はすました表情でコーヒーを一口のみ、外に目をやった。


「君のことが心配になって来たのかな? ベランダの外に可愛いお客さんがいるね」


 ぎょっとしてベランダの方を見ると、あ……窓の向こうのテラス、手すりの上にレッドが鳥のようにとまっていた。

 外は雨なのに何で?

 コーネットがクスクスと笑って言った。


「ドラゴンは耳がいいですからね。殿下がバートンに怒鳴られていたのを聞いて、心配になって駆けつけたのかもしれませんね」

「すいません。少しの間、中に入れても良いですか?」

「かまわないよ。僕も蛇を飼っているし」

 

 言うが否や、クロノム公爵が着ているジャケットの懐から、蒼く細長い蛇がにゅっと姿を現す。まるで「呼んだ?」と言わんばかりに首を傾げているように見える。

 うん、可愛い顔をした蛇だな……確か、あれは猛毒の蛇だったような気がするんだけど。

 俺はレッドを部屋の中に入れてやる。執事がすぐにタオルと、猫用のベッドを用意してくれた。

 ふかふかしたベッドにご満悦なレッドの姿を見ながらクロノム公爵は言った。



「人嫌いだと言われているドラゴンなのに、まるで君を親のように慕っているんだね」

「実際に親がいませんでしたから、この子には俺しかいなかったのだと思います。例え自分の角を折った相手だったとしても」

「理由はどうあれ、君はレッドドラゴンを手に入れた。それが何を意味するか分かるかな」

「少なくとも百の軍を手に入れた気持ちではありますね」

「成長すれば千の軍にも匹敵するよね。しかも君はジョルジュ=レーミオから積極的に上級魔術を習っている」

「ええ、自分の実力を限界まで伸ばしたいと思っていますから」

「うんうん、感心だね。君は王子だけど、最終的には自分の身は自分で守らなきゃいけないからね」


 それもあるけどな。

 だけど、俺を守る為に誰かが死ぬようなことがないように、極力自分の身は自分で守りたいと思っているのだ。


「学園でも成績優秀と誉れ高いクラリス=シャーレット侯爵令嬢を婚約者に指名し、ハーディン騎士団 実行第一部隊の元副隊長を父に持つウィスト=ベルモンドを護衛として側に置いている。さらにコーネット君も君にはとても協力的だ。コーネット君が君に付いたということは、我が息子も自動的に君の味方になる。君は確実に有能な人材を手に入れている」

「……」


 俺の行動を逐一把握しているな。

 有能な人材はたまたま集まっただけで、ただの偶然です、と言って誤魔化せるような相手じゃないので、とりあえず俺は黙っていた。


「さらに君は国王陛下に軍事の強化を進言していたよね? ロバート君、男泣きしていたなぁ。第二王子は平和な世の中に軍は不要だと、軍事費の削減を求めていたから余計だよね」


 小説でも、この世界でも、ロバートはハーディン王国騎士団の弱体化を嘆いていたからな。

 クロノム公爵は少し低いトーンで俺に問うてきた。


「軍事を強化してどうするつもりなのかな? まさか別の国の侵略とか考えていないよね」

「それは考えていません。俺が考えているのはあくまで防衛の強化です」

「どこかの国が攻めてくるってこと?」

「攻めてくるでしょうね……近い将来」


 俺の言葉に、その場が水を打ったように静まりかえった。

 恐らく、クロノム公爵も予想していなかった返事だったに違いない。

 アドニスも少し戸惑った表情を浮かべる。


「僕も国外の動きは注視しているつもりですが、ハーディン王国に侵攻する動きをしている国はまだありません」

「ああ、それはそうだろう。相手は人間じゃないからな」

「「「「!?」」」」

 

 俺の答えに全員が息を飲んだ。

 一体、何を言い出すのだ、と言わんばかりの顔だな。

 そういうリアクションになるのも無理はない。


 さっきも言ったが、ここが小説の世界だから……という理由を言うわけにはいかないので、俺はそれっぽい理由を述べることにした。


「信じられないかもしれませんが、女神ジュリからの神託を受けました。近い将来、この地に闇が攻めてくる、と」

「闇?」

「魔物の軍勢です」

「――――」

「最初はただの夢だと思っていました。しかし、何度も同じ夢を見るのです。この国が魔物の軍勢に滅ぼされそうになる光景を」



 そして俺は物語の内容を、女神の神託に置き換えてこの場にいる面子に話すことにした。

 魔族の皇子、ディノ=ロンダークが、黒炎の魔女と闇黒の勇者を祭り上げ、さらに国中の魔物たちを操り、王都に攻めてくること。

 それに対抗出来るのは、聖女ミミリアと勇者アーノルドであること。

 二人の力は強大だが、その力は不安定であること。二人が追い詰められた時、初めてその力が発揮されるようになったことなど。


「あの馬鹿が勇者か……」


 コーネット、そんな絶望めいた呟きをするな。ま、まだ教育しなおせば、何とかなる筈だ …………多分。

 俺は咳払いをしてからクロノム公爵の方を見た。


「ところで、バートンはテレスのことで何か喋りましたか?」


 死んだ方がマシな目に遭いたくない筈だから、ペラペラ喋っているだろうと予想していたが、意外にもクロノム公爵は首を横に振った。


「本人はすごく喋りたい気持ちで一杯なんだけどね。核心を突くようなことを言おうとすると、もの凄く苦しみ出すんだよ」

「え……どういうことです?」

「あれは呪いがかけられているね。親族にそんなことするなんて、テレスちゃんの鬼畜振りには脱帽だけど」

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