第63話 悪役王子対四守護士~sideエディアルド~

 舞踏会の翌日、俺は王城内の庭で朝からカーティスと共に剣の稽古をしていた。

 密かにアーノルドに忠誠を誓っている彼としては、本当は俺と剣の稽古なんかしたくはないのだろうが、名目上は俺の側近だ。稽古を断りたくても断れる立場じゃない。

 学園に入る前までは、カーティスとはほぼ互角の剣技だったが。


「ぐあっ!?」


 俺はカーティスの腹に蹴りを入れた。

 カーティスは目を見開きその場に頽れる。そして腹をさすりながら、きっとこちらを睨み付ける。


「剣技の試合で蹴りを出すのは反則です!!」

「誰が試合だって言った? 俺は実戦の為の訓練をするって言ったぞ?」

「こ、この平和な世の中に、実戦の訓練など不要です!!」

「この平和がいつまでも続くと思うな。まぁ、いい。足が使えなくなった時の訓練も必要だからな。今度は腕だけを使うことにしよう」


 言葉通り今度は蹴りなしで、剣を交える。

 言っておくがお前よりもはるかに強いウィストと毎日のように稽古をしていたからな。

 お前の戦い方のくせはもう分かっている。相手の懐に入ると必ず、剣を突き出すくせがある。その地点に立つと突きやすいからな。

 俺は胸を反らしその刃を避けると、自分が持っている剣の柄でカーティスの手の甲を叩きつけた。

 痛みに思わず持っていた剣を離すカーティス。


「馬鹿な……ちょっと前まで、互角か、それ以下だったのに」


 それ以下というのは余計だ。

 こいつの辞書に不敬という言葉は載っていないのか?

 その時、アーノルドが護衛の騎士たちを連れてこちらにやってきた。

 小説では四守護士と呼ばれる騎士たちだ。


 魔術騎士のイヴァン=スティーク

 槍術騎士のエルダ=ミュラー

 戦斧騎士のゲルド=モース

 大剣騎士のガイヴ=ハリクソン


 小説の主要メンバーが揃ったな。

 さすがに存在感が抜群だ。金髪をオールバックにしているガイヴは、目つきがトカゲに似ているが端整な顔だし、イヴァンは髪の色と瞳の色が黒に近いグレーだからか、日本人の顔に近い。一重の切れ長の目が印象的な美形だ。

 エルダは一見美女のようだが、りっぱな男子。長い栗色の髪を三つ編みにして一つに纏めている。ゲルドは壁のように巨漢な男で、弁慶の立ち往生のごとく主人公アーノルドを守った人物でもある。


     

「以前よりは少しは腕を上げたみたいだね。実戦を兼ねた訓練ならば、彼らを相手にしたらどう?」


 アーノルド、露骨に対抗意識を露わにしてきたな。

 でも、それは俺を対等な存在と見なしているとも言える。

 お友達であるカーティスが一方的に倒されたのが気に入らないのもあるだろうが。 

 

 俺に手の甲を叩きつけられ、痛みに蹲っていたカーティスは、「ざまをみろ」と言わんばかりに嬉々としてこっちを見ている。

 そういや小説でも似たようなシーンがあったか。不意打ちを食らわせ、カーティスをボコボコにしていた悪役王子エディアルド。そこにアーノルドが現れ、そんな異母兄を咎めるのだ。

 それに対しエディアルドは「実戦に向けた訓練だ」と言って不意打ちを正当化した。そこでアーノルドは、実戦に向けた訓練なら四守護士を一人で相手にしてみろ、と兄を脅す。

 四対一の実戦もあり得るだろう? とさらにアーノルドに言われ、エディアルドは悔しそうにその場から退散する……そんな感じのシーンだった。


 しかし現実の俺は、不意打ちなんかしていない。あ、でも何の前触れもなく蹴りを入れたから、不意打ちになるのか。

 あーあ、物語の通りの展開になってしまったよ。

 アーノルドは冷ややかな声で言った。


「実戦なら四人を相手にすることだってあるだろう?」


 その言葉に小説のエディアルドなら、こっちを睨み付ける四守護士に驚いて逃げてしまうんだよな。

 だけど、そこは小説の通りには進むつもりはない。アーノルドの申し出は願ってもないことだからな。


「ああ、かまわないよ。試合じゃなくて、実戦の訓練だよな?」

「も、もちろん。どんな攻撃でもOKだよ」


 まさかあっさり勝負を受けるとは思わなかったらしく、アーノルドは驚きに目を瞠りながらも頷いていた。

 俺は後ろに控える四人の騎士達を見回す。

 にやにやとこっちを見て笑うのはガイヴとゲルドだ。対照的にこちらをじっと見据えているのはイヴァン。エルダは……自分のネイルばっか気にしているな。実力はあるけど、お洒落が第一なんだよな。このキャラクターは。



「じゃあ、さっそく始めますかね」


 先だって俺と向かい合い長剣をかまえるのはガイヴ。

 こっちの様子をじっと窺い片手剣を構えるのはイヴァン。うん、彼はいい。油断していない姿勢は好感が持てる。

 エルダは後方で、少し欠伸をしてから槍を構える。戦うのが面倒だという態度がありありと出ている。

 ゲルドはニタニタ笑いながらこっちを見ていたが、不意にガイヴと目を合わせたかと思うと互いに頷いて、同時に俺に向かって突進してきた。

 小説でもこの二人は敵に対して連携技を使っていたな。どんな技を使うのか見て見たい気もするが、四人を相手にするとなるとそんなに悠長なことは言っていられない。

 俺は剣を構えずに左手を差し出す。


「馬鹿!! 闇雲に突っ込むな」


 イヴァンが声を上げるが、二人はそんな背後の仲間の警告を嘲笑ってから、剣と斧を振り上げて、同時に俺に襲い掛かってきた。


「キャプト・ネット!!」


 呪文を唱えると地面に蜘蛛の巣が張り巡らされ、飛びかかってきた二人を捕らえた。

 イヴァンは俺が魔術を使うことを読んでいたのだろう。呪文を唱えた瞬間、飛び上がり、後方にいたエルダもそれに倣うようにジャンプした。


 蜘蛛の巣に足を取られ動けなくなったガイヴは血走った目で俺に怒鳴りつける。


「くそっっ!!魔術を使うなんて聞いてない。卑怯だぞ」

「だからさっきから実戦にちなんだ訓練だって言っているだろ? 何処の世界に、これから魔術を使いますって教える敵がいるんだ?」

「…………っっ!!」


 俺の言葉に何も言い返せなくなるガイヴ。

 すると俺の言葉に同意する人間がいた。魔術騎士のイヴァンだ。


「その通りだぞ、ガイヴ。だいたい四対一という状況が卑怯という自覚をお前は持て! こちらが卑怯なのだから、向こうがどんな攻撃をしてきても文句は言えないだろう」

「うるせぇな!!説教野郎。お前は俺たちの味方だろ」

「味方だからお前の誤った考えを正そうとしているんだ!!」


 そういや、小説でも仲悪かったよなぁ。この二人。

 軽薄なガイヴと真面目一徹のイヴァンは対照的なキャラで、彼らの喧嘩シーンがお約束になっていたんだよな。

 そんなことを思いつつも、今度はエルダが槍を突いてきたので、俺はそれを振り払いつつ、防御の呪文を唱える。イヴァンが炎の魔術を唱えていたからだ。

 防御の呪文を唱えそれを防御した後、俺は続けて別の呪文を唱える。


「スリーピュア!」

「しまった……!」


 二人一度に相手にするのはきついからな。向こうが槍を突いてくるのに視線を集中させているところを狙い、すかさず誘眠の呪文を唱えた。

 案の定、俺とばっちり目が合ったエルダは、もろに誘眠の魔術にはまり、眠りにつくことになる。

 残り一人になったイヴァンは四守護士の中でも最強の実力を持つ騎士。しかも魔術を使うから油断できない。


「アイス=アロー!!」


 イヴァンが唱えた瞬間、無数の氷の刃が俺に降りかかる。

 防御魔術の壁は、一度攻撃魔術を防御すると消失するので、その都度呪文を唱えないといけない。

 もう一度防御の呪文を唱え、氷の攻撃を防いだ瞬間、剣の気配を感じ、頭上に剣を構えた。

 剣と剣がぶつかり合う。

 早い。

 スピードだけだったら、ウィストと張り合えるんじゃないのか。

 さらに連続で打ち付けてくるイヴァンの剣を俺は悉く受け止める。向こうはそんな俺が信じられないのか、驚きに目を見張っている。


「いつの間にこれほどの実力を……」

「喋るヒマはないぞ。ウェイブ=ショック」


 右手で剣を受けながら左手をイヴァンに向け、人間を弾け飛ばす衝撃波の魔術を唱える。イヴァンの身体はふっとび、木に叩きつけられた。

 イヴァンはよろめきながらすぐに立とうとするが、その前に俺は彼の喉元に剣を突きつけた。

 彼はがくりと項垂れ「参りました」と敗北を認める。


「……四守護士がこれじゃ先が思いやられるな」

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