第58話 悪役たちの舞踏会④~sideエディアルド~
舞踏会会場を去り際、殺意に近い眼差しを向けていたベルミーラとナタリー。
このままあの実家に帰すわけにはいかないと思った俺は、王城に滞在することを彼女に勧めた。
しかしクラリスは首を横に振って言った。
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は一度実家に戻ろうと思っています」
「しかしこのままあの実家にいたら」
「大丈夫ですよ。大半の時間は屋敷を抜け出してヴィネの元で過ごすことになると思いますし」
「……」
クラリスは少し楽観している節がある。今までのようにただの嫌がらせが続くだけだろう、と思ってやしないか?
あのナタリーとベルミーラの目つきは、狂気に近いものがあった。ハッキリ言って何をしでかすか、分かったものではない。
俺としてはもうあの家にクラリスを帰らせるわけにはいかないと思っている。
城に泊められないのであれば、どこか良い宿泊施設がないかと考えるが、残念ながら貴族の令嬢を止められるような、安全で設備が調った高級ホテル的なものはこの国に存在しない。
今度そういった施設をつくるように、デイジーの父親、クロノム公爵に掛け合うのもいいかもな。
宿泊する場所がなくて、王都の旅行に行きたくても行けない地方の貴族たちの為にもなるし、外国の来賓を招く施設としても使える。
「秋休みはおよそ三週間。三週間もの間、君をあんな実家に置いておくわけにはいかないよ」
俺は言うと、クラリスは首を横に振った。
「だからといって婚約の段階で王城に住まうのは、他の貴族の反感を買ってしまいます」
「……」
反論はできないな。王城に住むことが出来るのは王族だけ。
もちろん客人が宿泊する部屋はあるが、そこも外国の貴賓が泊まる場所とされている。
国内の貴族の娘が王城に寝泊まりするなど、有り得ないことなのだ。
クラリスを城に住まわせようものなら、俺の存在を快く思っていない連中は、ここぞとばかり俺を叩くだろう。クラリスは恐らくそれを懸念しているのだ。
だからといって彼女があの危険な実家に戻るのを黙って見ているわけにはいかない。
どうすればいいか考えていたところ、デイジーがクラリスに申し出てきた。
「王城が駄目なら、私の家にずーっとお泊まりくださいませ。同性の友人同士のお泊まり会は貴族令嬢の間でもよくあることですから、何の気兼ねもいりませんわ」
「そ、そんな、昨日もお世話になったばかりなのに」
「そんなの気にしないでくださいませ!」
クラリスはかなり迷っているみたいだ。
彼女とて出来ればあんな家には帰りたくはない。しかしそこまで友人に甘えるわけにはいかないと思っているのだろう。
クロノム家に滞在するのであれば、俺も安心なんだけどな。
「ソニア様もせっかくだから一緒にお泊まりくださいね。今日も三人でたくさんお話をしたいですわ」
「わ、私までよろしいのでしょうか?」
ソニアも申し訳なさそうな顔をしながらもちょっと嬉しそうだ。
昨日のお泊まり会はよほど楽しかったようだな。
友達同士のお泊まり会というのはそんなに楽しいものなのだろうか……前世でもあんまりそういうことはしたことがなかったからなぁ。
大学時代、飲み過ぎて友達のアパートに泊まったぐらいで。あれはお泊まり会とはまた違うもんな。少なくとも会ではない。
俺もウィストの家にホームステイするか?
そうすればいつもより早く魔物退治に出掛けられるな。思い切って遠出をするのも悪くはない。
出会ったこともない魔物に出会えるかもしれないし、思わぬアイテムも手に入るかもしれないからな。
俺の部屋に存在感を消す魔術をかけとけば、気兼ねなく泊まることができる筈。
そんなことをグルグル考えていた所、デイジーが何かを思いついたかのように、ポンッと手を打った。
「そうですわ!実は私たち、毎年秋休みに旅行へいきますの!今年はクラリス様とソニア様もご一緒しましょう」
「りょ、旅行ですか!?」
クラリスは目を白黒させる。なんだか凄い話になってきたな。
デイジーの説明によると、どうもクロノム家は毎年領地内にある離島に、家族で旅行に行くらしい。
常夏の島であるその離島は、色鮮やかな植物、青く澄んだ海、白い砂浜が広がり、とても美しい場所なのだという。
旅行か……生まれ変わってから一度も行っていない。前世の時は学生時代、友達と旅行に行ったりしていたけど。
ソニアはとっても興味津々な表情を浮かべる。
「おお、旅行ですか!それで、どのようなダンジョンに挑むのですか」
「もう、ソニア様。冒険と旅行は違いますわ」
「へ……し、しかし我が家の家族旅行は、ダンジョンが定番なのですが」
――――どういう家族なんだ?
と、その場にいる全員がドン引きしてしまった。どうやら、ソニアの家は、家族旅行と称し、滅多に行かないダンジョンに挑戦しにいくのが定番らしい。
「私はのんびり過ごすことが多いですけど、お兄様はソニア様のように密林のダンジョンに冒険しに行くこともありますわ」
「「「密林のダンジョン!!」」」
俺とウィスト、それからソニアはそろえて声を上げた。
離島にある密林のダンジョン……もうレアアイテムがありそうな予感しかしない。
それに珍しい魔物とも会える可能性が高い。
海の魔物にも出会えるかな? 海底のアイテムも見つかるかもしれないし。
こいつは俺も参加したいな。ウィストも参加したそうだし……コーネットも誘えば、合宿という形でクロノム家のお世話になることが可能ではないだろうか。
それに離島なら空気もいいよな……最近体調を崩しがちな母上を連れて行くことはできないだろうか?
俺がそんなことを考えている横でデイジーは目を輝かせて離島の話をする。
「あそこはまだまだ未開発な場所なので、新種の魔物やアイテムも発見できることがあるのです」
おお、やっぱりそうか。
これはますます行きたくなったな。
でもそうなってくると、一度父上にお願いをしなければならないな。もうすぐ月に一度行われる国王謁見で、旅行の許可を貰わなければ。
本当はクラリスとの結婚をお願いしようと思ったんだけどな……しかし体調をくずしている母上のこともあるし、そのお願いは来月にまわすことにしよう。
ソニアは密林のダンジョンと聞いてから、めっちゃノリノリだ。
そしてキラキラした目でクラリスの方を見る……何も言わないが、一緒に参りましょうという圧が彼女にのしかかっている。
嬉しそうな友人二人を前に、クラリスが正面から断れるわけがなかった。
「わ、分かりました……ご迷惑じゃなければ、よろしくお願いします」
「きゃーっっ!嬉しいですわっっ!!今年の旅行、今まで以上にとても楽しくなりそうです」
デイジーが思わずクラリスに抱きついた。
ソニアもその横で拍手をしている。
クラリスは何だか照れくさそうに笑いながら言った。
「旅行なんて久しぶり……この後楽しいイベントがあるかと思うと、気が重いこの舞踏会も乗り切れそうです」
「その意気ですわ、クラリス様」
ん?
クラリスは旅行に行ったことがあるのか?
あのシャーレット家の人間が、クラリスを連れて家族旅行をしていた時があったのだろうか。クラリスの実母が生きていた時の話かな?
俺がそう思った時、テレス妃の侍女らしき女性がこちらに近づいてきた。
能面のように無表情なその女性は、淑女の礼を取り、抑揚のない口調でクラリスに告げる。
「クラリス=シャーレット侯爵令嬢、テレス妃殿下が是非二人きりでお話をしたいとのことです」
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