舞踏会の終わりそして国王謁見

第59話 第二側妃の誘い~sideクラリス~

「クラリス=シャーレット侯爵令嬢、テレス妃殿下が是非二人きりでお話をしたいとのことです」

 

 反射的に私を庇うように侍女の前に立ちはだかるエディアルド様。

 わざわざ私を指名するなんて、テレス妃は一体私に何の用なの? 

 元々はあんたの息子が私を拒んだのよ? 噂を鵜呑みにして私との出会いを拒んだのだから。

 今更何? というのが本音。


 テレス=ハーディンは小説だと主人公を支えるやり手の女性として描写されている。現実の世界でも多くの貴族達を味方につけ、あのポンコツ(おっと、失礼)を王太子有力候補に祭り上げていることに成功している所からしても、実際にやり手なのだと思う。

 今、かなり苛っとはきているけれど、妃殿下直々の誘いをこの場で断るのは得策じゃないわ。私だけじゃなく、エディアルド様の心証も悪くなる。

 私は諫めるようにエディアルド様の肩に触れ、事を荒立てないようにと首を振るジェスチャーをした。

 エディアルド様はしぶしぶと侍女の前から退く。そして私に耳打ちをした。


「君の視界にいるようにしておくから、困ったことになったら、すぐに目で合図をしてほしい」

「分かりました」


 私はエディアルド様に頷いてから、侍女の後についてゆく。

 テレス妃殿下玉座から席をはずし、テラスに設置されたテーブル席に移動していた。

 私と二人きりで話すために特別用意したってことかしら。

 テーブルの上には、一際豪華なお菓子や軽食が並んでいる……うわ、このクラッカーにのっている食材って、ひょっとしてフォアグラ!? 

 内心ドキドキしながら席に着くと彼女はにこりと私に微笑みかけた。そして紅茶を飲むように勧められたので、私は大人しく従うことにする。

 この場で毒を盛るなんてことはないと思うのよね。今の所テレス妃は私を味方につけようと思っているようだし。

 


「クラリス=シャーレット、あなたの噂は聞いているわ。学園での人望も厚く、成績も優秀だそうね」

「王国の紅き薔薇と誉れ高いテレス妃殿下にお褒めにあずかり、誠に恐縮至極に存じます」


 我ながら歯が浮くわ。

 恐悦至極と恐縮至極どっち使ったらいいか一瞬迷ったわよ。どっちにしても歯が浮くわ。

 テレス妃が王国の紅き薔薇と言われているのは、まぁその美貌もそうなんだけど、一番の理由はあの招待状なの。テレス妃の招待状はいつも薔薇の花が描かれた赤い封筒に入っているからだ。

 まぁ薔薇は黒で描かれているから、本当は黒い薔薇なんだけどね。黒は禍々しいイメージがあるからキャッチには相応しくないものね。


「今、数多くの若い娘たちが舞踏会に参加しているけれど、あなたはその中でも一際美しく、聡明さも際立っているわ」

「いいえ、私などまだまだ若輩者です」

「勿体ないわね……あなたは今の状況に甘んじているつもり?」

「……」


 早速切り込んできた問いかけに、私は紅茶を飲もうとしていた手を止めた。

 カップをソーサーの上に置いてから、テレス妃を見詰め、落ち着いた口調で尋ね返す。


「今の状況とは?」

「もちろん今の状況よ。あなたにはもっと相応しい立場があると思うの」


 さすがにこの場でははっきりとは言わないわね。でも暗にエディアルドの婚約者で満足しているのか? と尋ねたいのであろう。

 私は両手を膝の上に置いて、姿勢を整えてから、穏やかな笑みをたたえテレス妃の問いに答える。


「甘んじるも何も、私は今の状況にはとても満足しています」

「あらあら。自分の価値を自覚していないようね。あなたであれば、もっと上を目指せるはずよ」

「上というのは具体的には?」


 私は上目遣いでテレス妃の方を見詰める。

 いかにも野心がありそうな、そんな雰囲気を演じてみると、テレスはあっさりと具体的なことを言ってきた。


「あなたは元々、私の息子アーノルドの婚約者候補だった。あなたが望むので有れば、元の立場に戻してさしあげますわ。私が頼み込めば、王妃様もあなたとエディアルド殿下の婚約を考え直してくださる筈」

「つまりエディアルド様との婚約を破棄し、アーノルド殿下との婚約を結ぶということですか?」

「ふふふ、そういうことね。聡いあなたであれば分かるでしょう? どちらの王子の方が優勢か」

「分かります。すべてはテレス妃殿下の裁量があってこそ」

「あらあら、そこまで分かっているのね。とても良い娘だわ」


 アーノルド殿下の地位がエディアルド様よりも優勢なのは確かだ。しかし、決してアーノルド殿下の実力ではないという嫌味を遠回しに言ったつもりなんだけど、テレス妃は言葉をそのまんま受け取って喜んでいるみたい。


「妃殿下の申し出、身に余る光栄なことですが、私は辞退させていただきます」


 私の言葉に、それまでニコニコ顔だったテレス妃の細い眉がぴくりとつり上がる。

 相手をあまり刺激しないように、私は友好的な笑顔のまま、尤もらしい理由を述べた。


「先ほどアーノルド殿下が仰せになったではありませんか。真実の愛を見つけた、と。ミミリア=ボルドール男爵令嬢は女神ジュリに選ばれた聖女です。聖女様を差し置いて私がアーノルド殿下と婚約するわけにはまいりません」

「その心配には及ばないわ。あなたを王妃に迎え、ミミリアを側妃に迎えれば良い話」


 うわぁ……凄いこと言っている。

 しかも聖女様の方が側妃なんだ……側妃って聞こえはいいけど、平たく言えば国王の公認の愛人なのよね。他の国ではどうなのか知らないけれど、この国ではそういう扱いなの。

 聖女様が王子の愛人だなんて、神殿が黙っているとは思えないけどな。

 でも考えてもみたらテレス自身が側妃なのだ。自分は国王の愛人じゃなくて、妃の一人だと思っている。だから平然と王妃様が座るべき玉座に座っているのだ。

 いくら主役である第二王子の母親だからといって、本当はあの席に座っても良いわけじゃない。国王が許したとしても、側妃は遠慮をするものなのだ。

 まぁ、そういう考えだから聖女様を側妃にすることに何の疑問も抱かないのだろう。

 私は淡々とした口調でテレスに告げた。

 


「聖女様を差し置いて王妃になるわけにはまいりません。あくまで私はエディアルド殿下の婚約者として、この国の為に尽力する所存でございます」

「あんな子は、あなたには相応しくないわ」



 腹が立つ。エディアルド様は『あんな子』呼ばわりされるような人じゃないのに。

 アーノルドと結婚する方がよっぽど地獄じゃない。結婚したら夫だけじゃなく、愛人のフォローまでしなきゃいけないってことでしょ? 

 あなたは愛する我が子のため、そして自分の野心のために、息子のことも喜んでフォローしているのかもしれないけれど、生憎私にはあなたのようにアーノルド殿下への愛情はないし、野心もありませんから。

 好き好んでお守りなんかしていられない。

 私は慎ましい生活でいいから、好きな人と穏やかな生活を送るのが夢なの。あなたと一緒にしないで欲しい。



「テレス妃殿下、アーノルド殿下には聖女様がいらっしゃいます。それにアーノルド殿下も才覚溢れたお方、私がおらずとも必ずやこの国を良き方向へ導いてくださると思います」

「……え、ええ……まぁ、そうなのだけど」


 テラスに設けられたお茶席とはいえ、少し離れたところで耳を凝らして私たちの会話を聞いている貴族たちは多い。

 息子が心許ないから、あなたが支えてやって頂戴! とは言いづらいでしょう?

 息子は天才って触れ回っているのだから。


「だけどね、ほら。私としてはあなたの才能を無駄にはしたくないのよ」

「私自身は今の状況が無駄だとは思っていませんので」

「私の知り合いにね、素敵なブティックを経営している人がいるの。今度紹介するわ」

「先日素敵なドレスをエディアルド様から頂いておりますので」

「シャーレット家よりも遙かに良い暮らしを約束できるわ」

「今の状況も十分実家より良い暮らしですから」


 テレス妃はそれからひとしきり、あらゆる好条件を私に言ってきたけれど、どれも心に響くものはなかった。

 私は権力には興味が無い。健康で文化的に暮らせる生活があればそれでいい。

 長々と話を聞いて疲れてきた私はエディアルド様の方を見た。彼は頷いてから、こちらに近づいてくる。


「本日はお招きありがとうございます。テレス妃殿下、婚約者がしびれを切らしているようなのでこれで失礼いたします」


 私は立ち上がり淑女の礼をとった。

 そしてテラスから広間に戻った時、アーノルド殿下が足早にこちらに歩み寄って来て、私の肘をぐっと掴んできた。

 

 な、何っっ……!?


「兄上よりも、僕の方が君をもっと幸せに出来るっっ!!」

「………………」

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