第54話 悪役王子は舞踏会へ行く~sideエディアルド~

 水晶広間クリスタルホール

 

 王城の中で最も美しい部屋と言われているのは、水晶広間と呼ばれる場所だ。

 広間の中央には純度の高い天然の巨大クリスタルが置いてある。

 天井を飾る巨大なシャンデリアも七色に輝くクリスタル、王城を支える柱もクリスタルで出来ていて、女神や妖精、花の彫刻が施されている。

 会場には続々と招待客が集まっている。

 俺は側近のカーティスと、護衛に指名したウィストを連れて会場に足を踏み入れた。


「おお、今までこの舞踏会には参加したことがなかったのに。本当にエディアルド殿下がおいでになるとは」

「ああ、信じられない話だが婚約者のクラリス嬢が行くのなら、自分も行くと仰せになったそうだぞ」

「殿下は殊の外、婚約者に夢中のようだな」


 ひそひそと話し合っている声がたまたま耳に入ってきたが、まぁ、噂していることは概ね当たっている。

 俺がクラリスに夢中なのは確かだからな。クラリスに寄りつく虫を踏み潰しに此処に来たと言っても良い。

 

「ご覧下さいませ、エディアルド殿下ですわ」

「まぁ、王妃様によく似てお美しい」

「ここのところ勉学や魔術にも真面目に取り組んでいらっしゃるそうね」

「そういえば以前とは顔つきが変わったような気がいたします」

「それもこれも、婚約者のクラリス様と共に学んでいるからだと言われていますわ。愛する女性の為に努力を惜しまぬようになったのでしょう」

「クラリス様は妻として理想の女性になるかもしれませんわね」


 ひそひそ話のつもりだろうが、丸聞こえですよ。お嬢さん方。

 本当は前世の記憶が戻って、このままでは不味いと思い、自分から勉強するようになったのだが、まぁ、クラリスの印象が良くなる噂だから良しとしておく。

 俺は国王と側妃が座る玉座の脇に設置された王族の席にすわる。普段玉座は王妃が座る場所なのだが、今回は第二王子の誕生祝いなので、母親である側妃がそこに座ることが許されている。


 後ろに控えるカーティスは、何だか面白くなさそうにウィストの方をみている。

 自分よりも身分の低い騎士が、自分と同じように俺の側に控えているのが面白くないのだろう。

 不意に視線を感じ、前方へ視線をやると、玉座に腰掛けるテレスがじっと俺の方を見詰めていた。別に睨んでいるわけじゃない。

 俺の化けの皮を剥いでやろうと、じっと観察をしている感じだ。

 さらにアーノルドを支持する貴族たちの鋭い視線、聞こえよがしに言ってくる陰口の攻撃。

 俺はそれが嫌で今まで、アーノルドの誕生祝いの舞踏会には参加していなかった。

 だけど、クラリスが個人的に招待されたとなると話は別だ。


『クラリス嬢のおかげで少しは成績があがったようだが、所詮はアーノルド殿下にはおよばない』

『あの方は近代稀に見る天才だからな』

『婚約者を追いかけるように此処に来て。恥ずかしくないのかね』


 テレスの取り巻きであろう貴族たちは、俺をこの場から追い出そうと、俺に聞こえるように悪口を言ってくる。

 記憶を思い出す前の俺だったら唇を噛んで、その場から退場していただろうな。

 で、陰口をたたいた奴らを仕置きするよう父上に訴えて……その訴えは、テレスの根回しによって通らないんだけどね。

  俺はクラリスが城に到着してから共に会場に向かうつもりだったのだが、カーティスがやけに会場へ急ぐよう促すものだから、怪訝に思いながらも言う通りにした。

 貴族たちの集中砲火を俺に浴びさせ、クラリスがここに来る前に、会場から俺を追い出したかったのかもしれないな。

 ――ま、そうだとしても、お前らの思い通りにはならないけどな。



『何でここにいるかなぁ』


 貴族の一人は何も反応しない俺に苛立ったようで本人に聞こえるように言ってくきた。堪り兼ねたウィストがカーティスにも聞こえない小声で俺に言う。


「あの男、あとで密かに黙らせておきましょうか?」

「放っておけ。ああいうのは、いくらでも湧いてくるからな」


 カーティスは俺とウィストが内緒話をしているのが面白くないようで、不機嫌な表情をうかべている。

 そこに会場がざわめいた。


 アーノルド=ハーディンと、ヒロインであるミミリア=ボルドールが腕を組んで現れたからだ。

 二人は仲睦まじそうに腕を組んで歩いている。二人は俺の前に来ると、ミミリアの方がドヤ顔を向けてきた。

 そういや小説では、パーティーで仲睦まじくしている二人に、エディアルドは嫉妬するんだったっけ? その時に二人が恋仲であることに初めて気づくんだよな。


 あ、俺は君たちに全くと言って興味ないので、勝手に仲よくやってください。

 涼しい顔の俺に対し、ミミリアはクスクスと笑い、「うふふふ、平気な振りしちゃて」とか抜かしている。

 平気な振りじゃなくて、実際に俺は平気なんだけど。

 アーノルドは無邪気な笑顔を俺に向けてきた。


「兄上が舞踏会に来てくださるとは思いませんでした」

「今まで来てやれなくてすまなかったな」

「え……!? い、いや、そんな」


 まさか謝られるとは思わなかったのか、アーノルドはらしくもなく狼狽えていた。

 ミミリアもまじまじと俺のことを見ているな。

 記憶が蘇る前の、俺の所業のことを考えたら無理もないか。多分、生まれてこの方、誰かに謝ったことなんかなかったのではないだろうか。

 一応、相手は未来の国王になるかもしれない人間だ。

 本意じゃ無くても謝ることぐらい出来るさ。それに記憶が蘇る前の俺は、今の俺から見ても、どうしようもない奴だったしな。

 とりあえず俺はアーノルドに尋ねてみる。


「アーノルド、そちらのご令嬢は」

「今は詳しくは話せませんが、僕の唯一の人だと思って頂けたら」

「そうか。それは目出度いことだな。

「もちろんです!!」


 大きく頷くアーノルド。

 ……うん、返事だけはいいな。この前クラリスのことを惚けて見ていたくせに。

 俺は内心白けていたが、今は二人が盛り上がっている最中だから、敢えて水を差すような真似はしない。


 ミミリアが何とも意外そうな目で俺のことを見ている。しかも小声で「何か違う……」という呟きが。

 何か違うって、何が違うんだ? ?

 本当に良く分からないな。宇宙人を理解するのは難しい。


「何……あんた本物のエディアルドなの?」

「ミミリア=ボルドール。前にも言ったが王族の前では殿下と呼ぶように」

「ええーっ!? アーノルドは許してくれたのに。本当にあなたって性格悪いんじゃない?」


 おいおい、呼び捨ての上にタメ口って。しかも不敬罪に問われることを平気で口に出している。

 アーノルドの恋人になったことで、自分も王族の一員になったつもりでいるのだろうか。


「ミミリアはまだ貴族社会になれていないんだ、兄さん」

「…………」


 甘い……っっ!! お前は恋人に対して砂糖のように甘いな。

 社交界に出すのなら、とっとと慣れさせろ。恋人の教育も出来ないのか!? 


 ……と怒りたいところだが、ここは社交の場なので黙っておく。周りはアーノルド派の貴族がほとんどだし、真っ当なことを言ってもこっちが悪者にされるのがオチだからな。

 アーノルドは我が侭なクラリスを嫌い、お茶会をずる休みまでしたのに、自分で捕まえた女は結局わがままな女じゃないか。

 幸か不幸か、アーノルドはまだそのことに気がついていないことだ。


「ところで兄上の婚約者であるクラリス=シャーレット嬢は一緒ではないのですか?」

「彼女は今、クロノム公爵家に滞在していてね。友人たちと共にここに来ることになっている。到着したらエスコートする予定だ」


 本当は俺がクラリスを迎えに行きたかったのだが、クロノム公爵に反対されてしまった。

 舞踏会の日に第一王子を乗せた馬車がクロノム家へ向かったと噂が流れたら、面倒なことになるからだ。俺が婚約者を差し置いてデイジーを迎えに行ったと思われかねない。

 あそこにはクラリスやソニアも泊まっていたと説明したとしても、一度広まった噂を鎮火させるには時間がかかる。

 まぁ、だからクラリスのエスコートは彼女が到着してから、ということになった。

 アーノルドはあからさまにがっかりした表情を浮かべた。


「そ、そうですか……喧嘩したわけではないのですね」

「……」


 何を期待していたんだ? アーノルド君。

 君、結構性格悪いんじゃない? というか、まだクラリスのこと狙っているのか?

 目の前に恋人がいるのに?


 まぁ、王族ともなれば、恋人も一人や二人じゃないのはザラだ。父上である国王陛下も、三人側妃がいたけどな。何故過去形かというと、今は第二側妃しかいないからだ。

 第一側妃も第三側妃も病死している。

 ……ま、表向きはね。本当は何者かに毒殺されたらしい。その何者かは未だに判明していないが、まぁ黒幕はであることは察しがつく。

 俺はちらっとテレスの方へ目をやった。

 社交家な第二側妃様は、自分の味方である貴族たちの挨拶に余念がない。今も楽しげにどこぞの貴族夫婦と話をしているみたいだ。

 とにかくアーノルドは二股については、あんまり罪悪感を抱いてはいないのだろう。

 前世の記憶を持つ俺とは倫理観が違うようだ。

 まぁ、前世の日本でも浮気性な奴はいたけどな。


「では、兄上。僕たちはこれで。ゆっくり楽しんでください」

「ああ」


 周囲の貴族たちは意外そうに俺たちの様子を見ていた。

 まぁ、俺とアーノルドが仲よく話している姿なんか、社交界では有り得ない光景だろうな。

 ふと視線を感じたので、玉座の方を見るとテレスが何とも苦々しい表情を浮かべていた。

 俺がここに来たことが余程気に入らなかったのか……あるいは、俺とアーノルドが会話をしていたこと自体が気に入らなかったのかもしれないな。

 いずれ俺を始末する気でいるのなら、アーノルドと俺が親しくなるのは快く思わないだろうな。

 さらに突き刺すような視線を感じたので、俺は後ろを振り向いた。


 ……おい、カーティス。そんな嫉妬めいた目で俺を見るな。俺たちは兄弟として当たり前の会話をしただけだ。

 そんなにヤキモチ焼くぐらいなら、俺の側近やめてアーノルドの元へ戻ってくれよ、面倒くさい奴だな。


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