第53話 クロノム家の女子会~sideクラリス~


「お父様にも困りましたわ。私だっていつまでも子供じゃないのに」


 デイジーは溜息まじりに呟いてから、ハーブティーを一口のんだ。

 私はクスクスと笑って言った。


「でも羨ましいです。デイジーのお父様の爪の垢を煎じて、うちの父親に飲ませたいくらい」

「そうですわね、うちの父の爪の垢で良ければ、クラリス様のお父様には死ぬほど飲ませて差し上げたいですわね」


 で、デイジーの笑顔が黒い。

 多分冗談で言ったのだろうけど、本当にうちの父親に爪の垢を煎じて飲ませそうで怖い。とりあえず、話題を変えることにした。


「それにしても助かりました。デイジー様とソニア様のお陰で、舞踏会に着ていく服も決まって。私一人では決められなかったと思います」

「うふふ、私たちもドレスを選ぶのが楽しくてついつい夢中になってしまいましたわ。ねぇ?ソニア様」

「本当に。ふふふ……それに私が選んだドレスをクラリス様がお召しになった時のエディアルド殿下の反応」


 思いだし笑いをするソニアに、デイジーも思い出したのかクスクスと笑う。

 私は何だか恥ずかしくなって、とりあえず紅茶の方を見ておく。


「独占欲丸出しで可愛かったですわね」

「本当に。クラリス様、愛されすぎていますよ」

「い、いや……そんな……」


 とりあえず言葉を濁して、紅茶を一口飲む……あ、お砂糖入れるの忘れた。ストレートでもおいしいけど。

 温かい紅茶を飲んだら少し気持ちが落ち着いたので、私はお返しと言わんばかりに二人にも恋愛の話を振ることにした。


「お二人はどうなのです? 誰か気になる方はいらっしゃらないのですか?」


 私の問いかけに、二人は顔を見合わせてから恥ずかしそうに俯く。

 お……その反応だと、どうやら二人とも気になる人はいるみたいね。私ばっかりいじられるのは癪なので、この際だから掘り下げるわよ。


「たまにはお二人の恋愛話も聞かせください。良かったら相談に乗りますし」


 するとデイジーがもじもじとしながら、周囲をキョロキョロと見回す。使用人が近くにいないのを見計らっているみたいだ。

 そうね……デイジーに好きな人が居るって、使用人を通じてクロノム公爵に知れたら大変なことになりそうだもんね。


「私、最近ある方と魔術の特訓をしているのです。彼は魔術のコツも丁寧に教えてくださいますし、悩んでいる私に親身になって相談に乗ってくださって……」

「もしかしてコーネット先輩のことですか?」


 私はさりげなく小声で尋ねる。壁に耳あり障子に目ありって言うからね。

 ビンゴだったようで、デイジーは顔を真っ赤にして首を縦に振る。

 ふふふ、可愛いなぁ。

 彼女がコーネット先輩と一緒に魔術の特訓をしているのは知っていたからね。すぐに分かったけど……そっかぁ、コーネット先輩のことが好きなんだ。

 コーネット先輩は私と同じ侯爵家、クロノム公爵家よりは格が下になるけれど、ハーディン王国随一の資産家だ。

 クロノム家としては悪くない結婚相手だけど、でも相手が誰であろうとあのお父さんだったら反対しそうだな。


「コーネット先輩とならお似合いですね。応援しています」


 ソニア、普通の声で言っちゃっている。

 この部屋に盗聴器の機能を果たす魔石なんか置いてないよね? ? ? 


「ありがとうございます。ソニア様。私、どんな手を使ってでもこの恋を成就させてみせますわ」


 い、意外と情熱的。どんな手を使ってでも……というのが物騒だけどね。

 でも確かにコーネット先輩とはお似合いかもしれない。あの先輩も一癖ありそうだけど、申し分ない美男美女だ。


「つぎはソニア様の番ですわ」


 デイジーは目を輝かせてソニアの方を見る。私も興味があるので期待に満ちた目で彼女を見詰める。

 普段は凜々しい彼女の顔が真っ赤になる。

 そしてらしくもなく、うろたえたように視線を彷徨わせた。


「私の話など……面白くもなんともないですよ」

「恋バナに詰まらないものはないわ」


 にべもなく私が逃げ口を封鎖した。

 デイジーもうんうんと頷いてから「ソニア様だけ逃げないでくださいませ」と笑顔の圧をかける。


 ソニアは少し冷めた紅茶を一気に飲んでから、ふうと息をついて小声で話し始めた。


「その……自分の幼なじみなのですが、今までずっと弟のように思っていたのです。幼い頃は背も私より低かったので、可愛いなとは思っていたのですが」


 幼なじみといえば……思い当たる人物が一人いて、私とデイジーは顔を見合わせた。

 お互い「あの人よね?」と無言で確認し、うなずき合う。


「つい最近、騎士団の訓練で足をくじいてしまって。足を引きずって医務室に向かっていた所、彼が助けてくれたのです。私を横に抱いて医務室まで運んでくれました」


 横に抱くって……つまりお姫様だっこってことね! 

 ソニアは真っ赤になった自分の顔を手で覆い隠す。


「男の人に運んでもらうなんて経験、人生で一度もなかったことだったし……その時になって彼が格好いい男性だってことに気づいてしまって」


 デイジーはソニアの顔を覗き込み、悪戯っぽく尋ねる。


「ソニア様の好きな方は、ウィスト=ベルモンド卿なのですね?」

「そ、そうです」


 普段は凜々しいソニアからは考えられないくらいに可愛い顔、そしてリアクション。是非ウィストに見せてあげたい。

 デイジーが嬉しそうに、はしゃいだ声を上げた。


「お似合いですわ!私もソニア様とベルモンド卿のことを応援しますね!!」



 こんな感じで女子の恋バナはすごく盛り上がったのだった。

 ちなみに隣の部屋では、鋼鉄の宰相が「あの子達は一体何を楽しそうに話しているのだろう?」とソワソワしながら、一人寂しくお茶を啜っていたそうだ。




 ◇◆◇


 翌日

 テラスで優雅な朝食タイムを済ませた小一時間後、デイジーの部屋は戦場になった。

 クロノム家のメイド達が総出で私とデイジーの身支度を始めたのだ。

 ソニアは私の護衛としてお茶会に随行する形なので、既に自分で騎士団の服に身を包んでいたので、椅子に腰掛け、のんびりと私たちの身支度を眺めていたのだが、手が空いたメイドたちが。


「護衛の方も髪飾りくらいしてくださいませ!」


 といってソニアの長い髪をとき、一つに結い上げると綺麗な花の髪留めをポニーテールの結び目につけた。

 キラキラ輝く髪留めに、少し嬉しそうなソニア。

 そんな彼女を微笑ましそうに見ていた私だけど、すぐに「ぐえっ」と呻くことになる。

 メイドがコルセットをきつくしめつけてきたのだ。


「も、申し訳ございません……すぐにゆるめますので」

「大丈夫、大丈夫。うん、でも、ちょっと緩めてくれたら助かるかな」


 貴族の女の子の身支度って大変。

 コルセットもセットしなきゃいけないし、社交界に着ていくドレスなんか一人じゃ着られないものばかりだし。

 メイドの人って今で言うヘアメイクアーチストやコーディネーターの役割も果たしていたのね。


 そして――――


「……っっ!?」



 鏡の前、初めて着飾った自分を目にした私は、驚きで声が出なかった。

 お母様が亡くなってからずっと平民が着るようなワンピースばっかりだったから。髪もこんなにきちんとセットしてもらったことがなかったし。

 デイジーも綺麗に着付けてもらって、いつもの数倍綺麗になっている。

 身支度が完璧に整った私とソニアとデイジーの姿を見て、メイド達も口々に歓声を上げる。

 

「う……美しい」

「本当に。まるで花が咲いたかのよう」

「ああ、今すぐ画家を呼んで絵に描かせたい!!」



 自分でもびっくりするぐらい、鏡にうつる自分は綺麗になっていた。

 ああ、やっぱり私も女の子なんだな。

 綺麗に着飾ってもらえて、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。

 だけど浮かれてばかりはいられない。前回のお茶会と違い、今回の舞踏会の主宰者は、エディアルド様の政敵といってもいい相手なのだから。

 

「私たちがついています」


 不安な気持ちが顔に出ていたみたいだ。

 デイジーが私の隣に立ち、力強い言葉をかけてくれた。


「何かあった時には命にかえてもお守りします」


 一歩下がった場所に控えるソニアの言葉。

 泣きたいほど嬉しいけれど、命はかけて欲しくないな。私の護衛である前に、あなたは私の友達なのよ?

 でもそんな本心は口に出すことはできない。

 貴族社会で生きて行く以上、立場というものを弁えなければならないから。

 無意識の内に私の表情は引き締まり、目も険しいものへと変わった。




 さぁ、参りましょう。

 社交界という名の戦場に。

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