波乱の舞踏会

第49話 第二側妃の暗躍

「……そう。ベリオースは死んだのね」

「はい。遺体は山中に埋めました。魔物が多いところですから、掘り起こされて喰われているかもしれませんが」

「そう」


 

 執務室にて、ハーディン王国第二側妃であるテレス=ハーディンは部下の報告を聞きながら黄金のグラスに入ったワインを一口のんだ。

 その横のデスクではやや痩せぎすではあるが、端正な顔をした青年が、書類を書き進めている。

 本来ならば第二側妃の仕事なのだが、テレスは地道な作業を嫌い、事務作業を全て彼に任せていた。


「……それにしても、エディアルド=ハーディン。彼に一体何があったのかしら? あの子にベリオースを解雇するような気概があったようには思えないのだけど」

「最近、こちらが送ったメイドも解雇されました。仕事が出来ない人間は必要がないと言われたそうです」


 フードを深く被った部下の口元は苦々しく歪んでいた。

 テレスは軽く舌打ちをしてから、サイドテーブルにワイングラスを乱暴に置く。中に入っているワインは零れ、テーブルクロスに染みができた。



「王妃に似て愚かな子だと思って油断していたわ……あるいは、誰かに吹き込まれたのかしら?」

「私の見解だと、エディアルド殿下が変わったのは丁度、シャーレット侯爵家令嬢であるクラリスと出会ってからのように思えます。もしかしたら、彼女が入れ知恵をしたのでは?」

「あら、少しは賢い娘なのね?」

「学業の成績を見る限り、彼女の成績はトップクラス。本来ならSクラスにいても良い人材なのですが、婚約者であるエディアルド殿下と共に勉学に励めるよう、学校側が同じAクラスにしたそうです」

「クラリス=シャーレット……元々アーノルドの婚約者候補に挙がっていた娘ね」


 テレスは顎に指を当てて考えるように天井を見上げる。

 フードを被った部下はクラリスについて淡々と報告をする。


「クラリス侯爵令嬢の我が侭ぶりに、父親であるシャーレット侯爵や、ベルミーラ夫人は辟易としていたそうです」

「あくまで社交界の噂ね。確かクラリスはベルミーラの継子だったわよね。ふふふ、よくあることだわ。気に入らない継子を陥れる為に、継母が社交界に悪い噂を広めるって」

「……さ、左様でございますね」


 フードの下、男は何とも言えない表情を浮かべる。

 彼は常々、王妃の子であるエディアルドの悪評を社交界に流すようにテレスから命じられていた。第二側妃は自分のことは思い切り棚に上げている。

 ただ、考え方が似ているからこそ、ベルミーラ=シャーレットの思惑が透けて見えるのかもしれないが。


「クラリス侯爵令嬢の噂を聞いていたアーノルド殿下は彼女を厭い、顔合わせの場でもあるお茶会には参加しませんでした」

「あらまぁ、会うくらいすれば良かったのに。あの子は素直なところは良いのだけど、噂を鵜呑みにするのは考えものね」


 テレスは深く溜息をついてから、ワインをまた一口飲む。

 グラスが空になると、そばにいた給仕の女性がすかさず歩み寄りワインをなみなみとつぐ。女性の手はかすかに震えているのを見て、テレスはふっと彼女の方へ目をやった。

 

「あら……あなた新しい娘ね」

「は、はい」


 まだ二十歳にもなっていない女性だ。

 今はメイド服に身を包んでいるが、艶やかなブラウンの髪、色白の肌が印象的で、給仕として働かせるのは勿体ないくらい美しかった。

 秘書の青年が書類を書く手を止めて、惚けたように女性を見詰めている。

 女性もまた秘書の青年と目が合い、恥ずかしそうに俯く。秘書の青年はテレスお気に入りの美男子だ。目が合った女性は大抵そのような反応をする。

 テレスはそんな二人の様子にクスッと笑ってから、給仕の女性に命じた。

 

「ワインはギリギリまでつぐの。溢れるか溢れないかのすれすれまでよ」

「は……はい」


 震えた手で女性はワインをゆっくりとつぐ。そしてこぼそうになるすれすれで、女性は手を離した。

 なんとか零れずにつげた、と女性が安堵した瞬間、グラスの縁からワインが一滴したたり落ちてしまう。


「……っっ」

「残念、不合格ね。ワインもつげないような給仕はいらないわ」


 テレスはワイングラスの傍らに置いてある手持ちベルを鳴らした。

 すると二人の屈強な兵士達が現れ、女性の両脇を捕らえた。


「処分して頂戴」

「「承知しました」」


 テレスの命令に兵士達は無感情な声で答える。

 女性は顔を蒼白にし、涙目になって訴えた


「テレス妃殿下、なにとぞご慈悲をっっっ! 魔物討伐で負傷した兄に代わり、幼い弟妹の為に私が働かねばならないのです!」

「そんなの知らないわ」


 給仕の女性は助けを求めるように秘書の青年の方を見るが、彼は気まずそうに目をそらすだけ。

 悲痛な女性の声を雑音でも聞いているかのように不快げに眉を寄せ、テレスは兵士に早く連れて行くように命じる。

 その場に居合わせたフードの男は溜息をつく。

 テレスはあの給仕の女性が粗相をしたことが気に入らなかったのではなく、身分の低い女のくせに容姿が美しかったこと、その美しさにお気に入りの秘書が目を奪われたのが気に入らなかったのだろう。


 フードの男は何事もなかったかのように、続けて報告をする。


「調べた所、クラリス侯爵令嬢は噂とはほど遠い人物のようです。クラスメイトたちからの人望も厚く、寮の生活態度も模範的。貴族とは思えないほど質素な生活を心がけているようです」

「結婚相手としては理想的ね」

「エディアルド殿下はクラリス侯爵令嬢を一目見て気に入られたようで、自分の婚約者にすると陛下に訴えたそうです。アーノルド殿下はそれを聞き、二人の仲を祝福したとか。その為、二人の婚約はあっさりと決まったそうです」

「我が儘な令嬢を兄に押しつけられた、と内心喜んでいたわけね……本当に馬鹿な子。みすみす極上品を敵に渡すなんて」


 テレスはなみなみとつがれたワインを一気飲みした。

 既にボトル一本を開けているのだが、彼女は顔色を一つも変えない。まるで水を飲むような感覚でワインを飲んでいる。

 テレスの気分は高揚しているのか口調はどこか弾んでいた。


「うふふふ、今からでもあの娘をこちらに取り込むことはできないかしら?」


 テーブルの上にくるくると円を描きながら楽しげに呟く側妃に、フードの男はハッと顔を上げる。


「まさか、クラリス=シャーレットを再びアーノルド殿下の婚約者に?」

「本来はあの子の婚約者候補だったのよ?」

「しかしアーノルド殿下はクラリスを嫌っているのでは?」

「政略結婚なんて好き嫌いでするものじゃないわよ」


 そう言ってからテレスは黄金のグラスを手に持ち、ワインを口に含んだ。

 そして書類を書き進めている青年の方を見て、彼女は嬉々とした声で命じる。



「クラリス=シャーレットに舞踏会の招待状を書いて頂戴」


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