第50話 第二側妃からの招待状~sideクラリス~

 地獄からの招待状


 その封筒にタイトルを付けたら多分そんな感じ。

 まるで血のような真っ赤な紙に黒い薔薇の模様、所々に金箔がちりばめられた封筒は、見事なくらい芸術的だ。

 だけど色の取り合わせといい、差出人の名前といい、私にはそれが地獄からの招待状に見えて仕方がなかった。


 それは、第二側妃 テレス=ハーディン妃殿下から送られてきた舞踏会の招待状。

 しかもシャーレット侯爵家宛てではなく、私個人に送られてきた招待状だ。

 主催者が直接会いたいと願う人物には、招待状が個人に送られることがあるみたいだけど、第二側妃は私に会いたいというのだろうか。

 その招待状は、教室にてカーティス=ヘイリーの手から渡された。

 私は顔を引きつらせ、思わず抗議した。


「……ヘイリー卿、こういった重要な招待状は、実家を通して頂かないと」

「仕方がなかったのです。シャーレット侯爵家に送ったら、舞踏会にはクラリスではなくナタリーに行かせるという返事がくるばかりで」




 あ、以前から侯爵家に私宛の招待状が届いていたのか。

 ベルミーラやナタリーからしたら、アーノルド殿下の母親である第二側妃から、私宛てに招待状が来るなんて面白くなかったでしょうね。何としても私が舞踏会に行くのを阻止すべく、ナタリーを代理にという一点張りの返事を出したのだろう。


 明日から学園は秋休みになる。この学園は前世と違って、春休みと秋休みがある。

 秋休みは三週間。学校が長期休暇の間、今暮らしている寮は施設のメンテナンスの為、閉鎖されてしまう。

 私は実家に戻らないといけないのだ。

 ただでさえ憂鬱なのに、さらに追い討ちをかけるかのようにこの招待状って。

 王室からの招待状はお断りできない。舞踏会へ行くにしても、ナタリーたちからどんな妨害を受けることになるか。


「どうもクラリス嬢の元には届いていないようだったので、同じクラスである私が招待状を渡す役目を仰せつかったわけです」

「……ふーん、テレス妃がクラリスに舞踏会の招待状をね」

 

 隣の席のエディアルド様がジト目でカーティスを見ている。

 カーティスは慌てたように「私は用事があるので、これにて」と言って、足早にその場から立ち去る。

 せめてエディアルド様がいない所で招待状を渡すべきだったわね。

 封筒を見せるように手を差し出されたので、私はそれを渡した。どちらにしても、彼には相談した方がよい案件だ。

 彼は漆黒の薔薇が描かれた赤い封筒を手に取り、苦々しい表情を浮かべた。


「……釣り落とした魚は大きいことに気づいたか」


 ――え?釣り落とした魚は大きいって諺、こっちの世界でも使われていたっけ?


 首を傾げたものの、エディアルド様が見たこともないくらい冷ややかな表情をうかべ、招待状を凝視していたので私はギョッとする。


「炎の精よ、この手紙を灰に変えろ。ミリ=フレ……」


 炎の呪文を唱え、手紙を燃やそうとしていたので、私はエディアルド様の腕に抱きつき、慌てて止める。


「え、エディアルド様、テレス妃からの招待状を燃やしてしまってはまずいです」

「まずくはない。クラリス=シャーレットは体調不良のため欠席するから」

「……ちょ、ちょっと待ってください! 何を勝手に決めつけているのですか」

「あのババア……いや、第二側妃は君をアーノルド側に引き入れるつもりだ。今一度、アーノルドの婚約者に仕立てるつもりなのだろう」


 今、完全にババアと言いかけていたわよね、この王子様。

 だけど何故、テレス妃は今更私のことを気に掛けるの?

 不思議そうに首を傾げる私に、エディアルド様はそっと私の肩を抱き寄せた。そして、くいっと私の顎を持ち上げる。


 み、皆がいる教室の前で何を……どうか皆がこっちに気づきませんように。


 綺麗な空色の目に食い入るように見詰められ、私は心臓が爆発しそうになる。

 近い……エディアルド様の顔、近すぎっっ。

 

「君は自分の価値にまるで気づいていないな」

「私の価値、ですか?」


 エディアルド様の細長い指が顎から頬に移動する。

 その感触だけでびくんっと身体が反応してしまう。

 指先の温度を感じるだけで、胸が高鳴り、顔が熱くなる。


「君は大公家の血を引く侯爵家の長女。しかも学校の成績は優秀で教師からの評判も良い。社交界に流れていた君の悪い噂も大半の人間は嘘であることを知っている。君を熱い目で見詰めている貴族子弟は何人もいる」

「そ、そんな……」


 耳元で囁くように言わないでっっ。

 貴方の声、本当に声優さんかってくらい通る声で、直接胸に響くのよ。

 エディアルド様は頬に当てていた手を離し、今度は髪の毛に触れてきた。


「俺が真面目に勉強をするようになったのも、成績があがったのも、全部君がフォローしているおかげだと認識されている」

「何て失礼な……全部エディアルド様の実力なのに」


 内心ドキドキしながらも、私はいい加減な噂に腹が立つ。私の感情はいま忙しいことになっている。

 周囲の視線が、一つ、二つこっちに向いてきたので、エディアルド様はさりげなく、肩を抱いていた手を離した。

 そして深紅の封筒を天井にかざしながら話を続ける。


「実際君に助けられることもあるから、半分は当たっているのだけど、テレス側は、俺が変わり始めたのはクラリスのお陰なんじゃないか、と思ったかもしれないな」

「そんな……」

「テレスはアーノルドをフォローしてくれる女性を手元に置きたいのだと思……」

「絶対嫌です!」



 し、しまった。エディアルド様の台詞が言い終わらない内に,

 思わず口から本音が飛び出てきたわ。

 あまりの即答ぶりに、エディアルド様も空色の目をまん丸にしている。

 いや、だってそんなの婚約者じゃなくて、お母さん代わりじゃないの。なんでアーノルド殿下のお母さんしなきゃいけないわけ!? 

 私は一度咳払いをして言い方を変えることにした。


「第二王子殿下のお守りは、愚昧な私にはあまりにも荷が重いので」


 私の言葉にエディアルド様は思わず吹き出した。

 しかも大声を立てて笑いたいところ、どうにか口を押さえて笑いを堪えているみたいだった。

 何か変なこと言ったかな?


「お守りって……何気なくひどいこと言うね、君」


 あ、言い直したつもりが。無意識にまた失礼なことを言ってしまっていた。

 我ながらよほど嫌なんだな、アーノルド殿下との婚約が。

 小説中のクラリスだったら、きっと大喜びだったんだろうけど。私はあのクラリスのようにはなれそうもないわ。


「ただ、テレス妃殿下の招待状を正面切ってお断りするわけにはまいりません。あの方はエディアルド様のお母様でもある王妃様と懇意にしている仲です。お断りして、もしテレス妃殿下の不況を買えば、王妃様の私に対する心証が悪くなる可能性がございます」

「あの世間知らずが、女狐のことを一つも疑っていない所が厄介なんだよな」


 え、エディアルド様、実の母親に対しても容赦の無い評価を下すのね。

 舞踏会を欠席したら、テレス妃は王妃様と仲が良いことをいいことに、クラリス=シャーレットは礼儀知らずだとか言って、私の悪評を吹き込むに違いないわ。

 ただ応じたら、応じたで、クラリス=シャーレットはアーノルド殿下に気があるから応じたのだ、と噂になりかねない。

 どっちにしても困ったことになるのは確かだ。

 するとエディアルド様はクスリと笑った。


「今回の舞踏会は、アーノルドの誕生祝いでもある。いつもは欠席しているけど、今回君が行くのであれば、俺も兄として参加しようと思う」

「エディアルド様……」

「デイジー嬢とソニア嬢も参加するだろうから、舞踏会の間は極力俺たちの側を離れないようにすればいい」

「ほ、本当ですか!?」



 エディアルド様と、それからデイジーやソニアも一緒だったら凄く心強い。

 舞踏会も、皆で行けば怖くない。

 そんなキャッチが頭の中でよぎったものの、ふと根本的な問題があることを思いだし、私は恥ずかしくなって思わず俯いた。


「……あ、有り難いことなのですが、実は他にも問題が」

「ん?」

「舞踏会に着ていくドレスがないのです……クローゼットの中、町へ買いだしにいくような服ばっかりで」

「……」



 そう、私が持っている服は平民が着るようなドレスだ。

 布地も安いものだし、どれも色褪せたものばかり。ドレスというよりも、ワンピースと言った方がいいかもしれない。

 平民にとっては小洒落ている服でも、王室が主催する舞踏会に着て行けるような服ではない。

 エディアルド様も少し考えるように腕を組んだ時、小用を済ませたソニアとデイジーが教室に戻って来た。

 エディアルド様は彼女たちの方を見て言った。


「ドレスのことは良く分からないから、女性陣に相談した方がいいかもしれないな」


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