第40話 悪役令嬢と間者カーティス~sideクラリス~

 ジョルジュが正式(?)にヴィネの家に暮らすようになってから、ジン君はジョルジュのことをパパと呼ぶようになった。

 三人が楽しそうに笑い合っている姿を見ていたら、これで良かったのかな? と思える。

 私は最初、自分が生き残ることだけを考えて行動してきた。だけど今は、守りたい人たちがいる。

 それはとても幸せなことだけど、同時に怖いことだ。

 この先の展開……未来のことを思うと余計に怖い。

 今の幸せはいつまで続くのか分からない。


 だから私は強くならないといけない。聖女や勇者のように選ばれた存在じゃないから、得られる力は限られているけれど、王族であるエディアルド様の婚約者として、国を守る為に出来ることをしていかないといけない。

 大切な人たちを守る為にも。


「クラリス、どうした?難しい顔をして」


 その日の休み時間、私はエディアルド様と共に学園内にある温室庭園を散歩していた。

 今は様々な種類の蘭が咲いている。

 天井にはカラフルな鳥も飛んでいて、南国情緒溢れている。

 ヴィネのことを思い出している内に、未来のことも考え込んでしまった為、私は知らず知らずの内に険しい顔になっていたみたいだ。


「いえ……何でもありません」

「何か悩みがあるのなら、いつでも相談にのるから」

「……」


 本当のことなんて言えない。

 ここが小説の世界で、あなたと私は悪役だなんて絶対に言えない。

 

「俺はいつだってクラリスの味方だから」

 

 エディアルド様はそっと私のことを抱きしめる。

 温かくて広い胸にドキドキする反面、肩にのし掛かってくる重圧がふっと軽くなるのを感じた。

 何故かこの人と一緒なら、どんな展開になっても大丈夫かも知れない――根拠はないのだけど、そんな安心感がある。

 抱擁が強くなるにつれ、絶対に私を不安な気持ちにさせないという気持ちが伝わってくる。

 その一途な気持ちに私も彼に愛しさを覚える。

 周りのクラスメイトたちも一部を除いて、日々仲を深める私たちを微笑ましそうに見守っていてくれる。


「はぁぁぁ、クラリス様羨ましいですわー。あんなにエディアルド殿下に愛されるなんて」

「本当に。あの時、婚約破棄になるかもって仰っていましたけれど、無用な心配でしたね」


 特に仲の良いデイジーとソニアは自分のことのように喜んでくれる。

 本当に信じられない、こんなに幸せでいいのだろうか。

 ……ううん。

 幸せに浸っているばっかりじゃ駄目だ。

 小説の展開どおりだとすると、魔族の皇子ディノが魔物の軍勢を率いて王都を攻めてくるかもしれない。

 もし物語と異なりディノが攻めて来なかったとしても、エディアルド様はこの国の王子。小説の展開通りにいかなくても、高確率で覇権争いには巻き込まれてしまう。

 



 校内の噂ではアーノルド殿下の母親である、テレス第二側妃が、次々と有力な貴族たちを懐柔しているという。

 あと、エディアルド様がジョルジュを師匠にした経緯も聞いたけれど、ベリオースはテレス妃が王妃様に紹介した人物だったそう。

 エディアルド様の分の授業料を貰っておきながら「基本も出来ていない実力のない人間には、魔術を教えることができない」と言って、エディアルド様に魔術を一つも教えていなかったそうだ。その基本から教えるのが教師の役目なのに。

 エディアルド様が何も分からない子供だと思って、「基本は教えずとも、出来て当たり前」「初級魔術は生まれながらに出来るものだ」という無茶まで言っていたそうだ。

 エディアルド様に魔術を教えようとしなかったベリオースには、テレス妃の影がちらついているような気がする。

 小説では知略として知られていた主人公の母親、テレス第二側妃。影で主人公を支えていた存在って書かれていたけれど、その実態はかなりの食わせ者と思った方が良いかもしれない。


 それにエディアルド様の側近であるカーティス=ヘイリー。


 彼はエディアルド様に事あるごとにアーノルド殿下と比較するようなことを言っている。

 エディアルド様が活躍しても、絶対に認めようとはしないのだ。

 カーティスが真に忠誠を誓っているのは、第二王子であるアーノルド=ハーディン殿下。

 エディアルド様の行動を監視する、テレスが放った間者でもあるのだ。

 だけどスパイならスパイらしく、表面上だけでもエディアルド様を素直に称えていればいいのにね。


 ハッキリ言ってエディアルド様は、カーティスのことを全くと言って信用していない。

 放課後、私はエディアルド様と共に学校から直接ヴィネの家に行くことになっているのだけど、カーティスには何かしら用事を言いつけては自分の側に置こうとしない。

 しつこく着いて来ようとする時は、護衛として迎えに来たジョルジュが睡眠の魔術をかけて眠らせたり、催眠の魔術で別のことに興味をもたせるようにしたりすることもある。


 さすがに私とエディアルド様が二人きりの時は、用事がない限りは近づいてこないけど、事あるごとにエディアルド様の行動に目を光らせているので、正直言ってうざい。

 そんなカーティスがある日私に声をかけてきた。


「クラリス嬢、少し時間をいただけますか?」


 私はソニアとデイジーと共に談話をしながら、エディアルド様とウィストが中庭で稽古をしている様子を窓から見ていた。

 意外な人物に声を掛けられたものだから、私は訝しげに首を傾げる。

 


「ヘイリー卿、どのような御用ですか?」

「アーノルド殿下がお呼びです。すぐに生徒会室に来ていただけますか?」

「……あら、エディアルド様の側近であるあなたが、アーノルド殿下の使いとして私の元に来るなんて、不思議なこともあるものですね」

「!?」


 びくっと肩を振るわせるカーティス。

 自分が間者であることに気づかれたか、と思い吃驚しているわね。

 小説を読んでいるから私は最初から知っていたけれど、読んでいなくても普段からの態度でバレバレだから。

 あんなにアーノルド殿下のことを褒めていたら、間者とまでは思わなくても、誰だって彼がアーノルド側の人間であるという察しはつく。


「あなたはもうアーノルド殿下に仕えた方が良いのではなくて?」

 デイジーは、可愛い笑顔で直球を投げてくる。

「騎士たる者、真に仕えたい者に仕えるべきだと私も思います」

 ソニアは極真面目な顔で、もう一発直球を投げてきた。


 デイジーとソニアに痛いところを突かれ、目を泳がせるカーティス。

 平静も装えないなんて、本当にこの人は間者には不向きな性格だ。

 本来ならカーティスだって、堂々とアーノルド殿下に仕えたい所だけど、彼はエディアルド様の監視役を担っているので、表向きはエディアルド殿下の側近として仕えなければならない。

 希望の部署には行けず、不向きな仕事をさせられている社員のようなものだと考えれば、まぁ、可哀想と言えば可哀想なんだけど。

 それでも上司であるエディアルド様には敬意を払わないと駄目だ。そもそも誰であろうと王族を軽んじたらいけない。

 カーティスを間者に選んだのは、完全にテレス妃の人選ミスだわ。

 私は一度咳払いをしてからカーティスに言った。

   

「今ここにいる二人の友人も一緒に連れて行きたいのですが」

「え……!? そ、それは」

「婚約者がいる身で女性が単独で殿方に会いに行くというのは、あらぬ誤解を招きかねません。場合によっては、アーノルド殿下の立場も悪くなるかもしれませんよ」

「わ、分かりました! では二人もご一緒に」

 


 アーノルド殿下の立場という言葉が効いたのか、カーティスは慌てたように首を縦に振った。

 私は申し訳なさそうに友人二人の方を見たが、彼女たちは任せてくれと言わんばかりに親指を立てて頷いている。そのジェスチャーって、前世と共通しているのかな? 

 そういうわけで私はソニアとデイジーを連れて、物語の主人公であるアーノルドに会いに行くことにした。

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