第41話 悪役令嬢と主人公①~sideクラリス~
私は入学したばかりだから、詳しいシステムはよく知らないのだけど、生徒会役員の選抜は、この学園独自のルールがあるみたい。
学年上位の成績で入学し、家柄、社交界の評判など、あらゆる条件を満たした人物が、現役の生徒会員にスカウトされる。
デイジーのお兄さんであるアドニス=クロノム先輩も、家柄も良く、かなり優秀だったので、生徒会からスカウトが来たらしい。しかし彼は学業に集中したいという理由で断ったそうだ。
そのあらゆる条件を満たし、生徒会入りをしたアーノルド殿下。
小説のエディアルドは、「何故、自分は生徒会に入れないんだ!?」って喚いていたのよね。
現実のエディアルド様はそんなこと言わないけどね。
だけど――
「アーノルド殿下は生徒会に入ることが出来たのに、エディアルド殿下ときたら」
「また兄弟格差が出来たな」
周りは揶揄するし、勝手に比較する。
エディアルド様自身は全く気にしていないみたいだけど、私は正直悔しいと思うことがある。
アーノルド=ハーディン。
物語の主人公、そして物語ではクラリスの婚約者だった人物。
多くの貴族がそれほど称えるアーノルドがどれほどの人物か、この目で見てやろうじゃないの。
「よく来てくれたね。かけてくれたまえ」
生徒会室は教室と同じくらいの広さがあり、そこには立派な応接セットが置かれていた。
アーノルド殿下に勧められ、ソニアとデイジーとともに席に着いた私は、向かいに座るアーノルド殿下の姿を初めてまともに見た。
さすがは物語の主人公様ね。
王家特有の空色の目は涼しげ、髪の毛は黒に近いダークブラウンだ。やや目つきが鋭い時があるエディアルド様と違い、柔和な顔をした美男だ。
一目惚れをする娘も多いでしょうね。
まぁ、私からすればエディアルド様の方がイケメンだと思いますけど。
眼鏡をかけた女子生徒がすぐに紅茶とお茶菓子を運んできてくれた。
学校でも紅茶とお茶菓子が出てくるのね。
そういえば、小説でも生徒会室でミミリアがアーノルドと紅茶を飲んでいたシーンが書かれていたっけ。
アーノルド殿下に「どうぞ」と勧められたので、私はとりあえず紅茶を一口のむことにした。
あ、おいしいダージリンティーだわ。
しかし、ふと視線を感じたので私は、ちらっと向かいのアーノルド殿下の方を見た。
え……な、何か険しい顔。
私、何かしたっけ?
アーノルド殿下は腕組みをして、溜息交じりの声を漏らした。
「実は君の妹について話がある」
「妹、ですか?」
予想外のことに私は目を丸くする。
妹といえば異母妹であるナタリーのことしか考えられない。
あの子は私と同い年なので、同じ学年だ。
ナタリーの学力だったら、せいぜいCクラスが関の山なのだけど、お父様が学校関係者にお金を渡してBクラスにして貰ったみたい。
エディアルド様の情報によると、本当はSクラスにしろ、と学園長に無茶振りをしたらしいけどね。私がナタリー
よりも上のクラスだったのが納得いかなかったようで。
平等を謳っているハーディン学園も金と権力次第とはいえ、学校側もCクラスの人間をSクラスにするのは、かなり無理があったようで、Bクラスに格上げするのが精一杯だったみたい。
アーノルド殿下は厳しい声で私に問いかけてきた。
「君は一体、妹にどういう教育をしているんだ?」
「と、申しますと?」
「教室にずかずかと入っては、煩く僕に話しかけてくる。初対面の人間を、下の名前で馴れ馴れしく呼ぶのもそうだが、手作りの料理を押しつけてくるわ、こちらの都合も考えずに昼食に誘ってくるわ」
……ナタリー、あんた何をやってるのよ。
あまりのことに頭痛を覚え、私は手で額を押さえた。
だけど、よく考えたら小説のクラリスも同じ事をしていなかったっけ?
アーノルド王子の気を引くために手作りの料理や、刺繍したハンカチを渡したり、昼食に誘ったり。
うわ、私の代わりに、ナタリーがそれをやっちゃっているんだ!? しかも恋人でも婚約者でもないのに。
ナタリーが手作りの料理ねぇ……多分、料理長に作らせたものだろうな。
「しかも同じクラスのミミリア=ボルドール嬢のことを目の敵にし、事あるごとに嫌がらせをしていると聞いているっっ!!」
えええええ!?
そ、そんなことまで私の代わりにやっているの!?
うわぁ、何か違う所で小説通りの展開になっているわ。
これ以上、驚くことを聞かされたら飲んでいる紅茶を吹き出しそうなので、私はとりあえずカップをソーサーの上に置くことにした。
「可哀想に……ミミリアはすっかり元気をなくして。君は一体、妹にどういう教育をしているんだ?」
「はい? あの、お言葉ですが、教育しているのは両親であって、姉である私は一切関与しておりません」
「何を言う? 姉であれば、妹を教育するのは当然のことだろう?」
「……………………」
えーと……彼は優秀な王子様なんだよね? 稀に見る天才児って言ってなかったっけ?
カーティスだって、どんだけ彼を褒め称えていたことか。
確かに勉強や魔術、剣術は優秀なのかも知れない。
だけど、とんでもなく単細胞だ。
あんまり深く物事を考えていない。しかも考え方も年より幼くない? あれ? 十七歳ってそんなものだったっけ?
私自身はアラサーの記憶もあるから、余計そう思っちゃうのかもしれない。
だけど、そう思っていたのは私だけじゃないようで、デイジーがずれかけた眼鏡を持ち上げた。
「殿下、発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」
「む……君は宰相の娘の。ああ、かまわん」
デイジーの父親は宰相なのよね。
国政の中心にいる人で、国王陛下を影で支えている。一貴族子弟の一人として、この学校に通っているけれど、アーノルドも彼女のことは無碍に出来ないし、無視も出来ない。
「殿下の仰せになる常識が正しいのであれば、アーノルド殿下はエディアルド殿下から教育を受けていることになるのですが?」
「な、何故、僕が兄上から教育を受けなければならないんだ?」
「だって殿下のお兄様ではありませんか。弟である貴方は当然、お兄様の教育をうけてこられたわけですよね?」
「ぼ、僕の場合は違う! 母親も違うし、一緒に暮らしているわけじゃないから」
子供っぽい返しに呆れながら、私は溜息まじりに言った。
「私とナタリーも母親が違います。それに同じ屋敷にはいますが一緒に暮らしているわけではありません」
「王族と貴族とでは事情が違うだろう!?」
王族と貴族は確かに違うけど、姉が妹を教育しなきゃいけないという理由にはならない。年が離れているのならともかく、私とナタリーは同い年で、同じ学年なのだ。
「とにかく私はナタリーを教育する立場ではありません。苦情は両親にお願いします。仮に私に苦情を言った所で、妹は私の言うことを聞き入れませんよ」
「君は姉だろう。言うことを聞かせられることが出来る筈だ」
何故、そう断言出来る?
私も一応社交的な笑みを浮かべてはいるが、いい加減苛立ちが顔に出そうになる。
多分、額には米マークが付いていると思う
「先ほども申し上げた通り、その理屈であれば、あなたもお兄様の言うことは何でも聞き入れるということになりますが」
「だから、王族と貴族とでは事情が違うのだ」
「お言葉ですが兄弟間に王族も貴族もありません。私よりも父に言った方が良いですよ。父の言葉は比較的聞き入れますので」
私はじっとアーノルド殿下の目を見て言った。
苛立つ気持ちはとりあえずおさえて、誠実さをアピールしつつ、穏やかな口調で進言しないとね。
アーノルド殿下は私と目が合った瞬間、何故か逃げるように視線を外し、少し上ずったような声で言った。
「……わ、分かった。君の言うことも一理あるな。後でシャーレット侯爵に苦情を入れておくことにする」
あれ?
意外とあっさり納得したな。さすがにそこまで馬鹿じゃなかったってことか。
アーノルド王子は軽く深呼吸をしてから、テーブルの上にある紅茶を一口飲んだ。
「ところでクラリス嬢、本題に入るのだが」
……は!?
今までの話は本題じゃなかったの!?
ちょっと、何なのよ。この王子様。
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