第37話 悪役王子と猪突猛進ヒロイン~sideエディアルド~

 ある日、俺は不本意ながらヒロインミミリアと接触することになってしまった。

 いつものようにウィストと共に、休み時間の間夢中になって稽古をしていたら、予鈴が鳴ったので教室へ戻ることにした。



「エディアルド殿下、実行七部隊に入るとしたら、どの部隊に入るのが良いでしょうか?」

「何、お前、全部の部隊から誘われているのか?」

「はい」


 まさか実行七部隊すべてから誘いがくるとは……。

 俺とウィストの稽古風景を見た騎士の何人かはウィストに目を付けるだろうと思っていたけれど、予想以上に食いつきがいいな。

 どの部隊も歓迎ムードなのであれば、入る部隊はただ一つ。

 元々ロバート将軍やウィストの父親がいた部隊が良いだろう。

 

「一番お前に向いている部隊は、第一部隊だろう。七部隊の中でも選りすぐりの精鋭が揃っている部隊だ。あの部隊にいればより多くの強敵と戦うこともできるし、切磋琢磨できる仲間も見つかりやすい」


 あとウィストには言わないでおくが、第一部隊の隊長は徹底的な実力主義で、身分に関係なく活躍した部下には相応のポストを与える。

 他の部隊長は少なからず身分の忖度も含めた人事を行うからな。

 


「じゃあ、第一部隊に入ります」


 ウィストは迷いもなく第一部隊に入ると決めた……もう少し迷ってもいいんだぞ? と思わず言いたくなったけどな。

 思わず『忠犬ウィスト』というタイトルを付けたくなるくらい、驚くほど俺に忠実な奴だ。俺の言葉を何一つ疑いやしない。


 それにしても夏の暑さも厳しくなってきたな。

 ちょっと身体を動かすだけでも、滝のような汗が出る。俺は額から流れ落ちる汗を肩に掛けていたタオルで拭く。

 ウィストと次の休み時間はどんな稽古をしようかと話し合っていた時。


 ドドドドドドドドッッ!!


 向こうから猛スピードで走ってくる足音が聞こえてきた。

 猪系の魔物か!?

 慌てて身構えようとしたが、駆け寄って来た相手が無防備な女子生徒であるのに気づき構えを解いた。

 目が合ったので向こうは立ち止まるだろうと思っていたが、彼女は止まるどころか走るスピードを緩めずに俺に突進してきた。


 な、何なんだ、この猪女!!


 波打つパステルピンク色の髪の毛に、ビビットピンクの目。驚くほど可憐な容貌だが、こちらを見る目は獣のようにギラギラしている。


 あ、あの目と髪の毛はミミリア=ボルドール!! 


 授業初日に見かけてから、極力この女には会わないよう、図書室も遠回りしていたのに、まさかヒロイン様の方からこっちにぶつかってくるとは。

 この世界はあくまで小説通りに物語が進むようになっているのか? 


「いったぁ~いっっ!!」


 俺にぶつかってきておいて、ミミリアはわざとらしい声を上げ、尻餅をついてみせた。

 隣のウィストが剣を抜きかけた所、俺はそれを制す。

 俺を狙った暗殺者じゃないからな。

 一応助け起こそうと手を差し伸べるが、彼女は潤んだ目でこっちを見詰めている。

 そのリアクションに俺はイラッとする。

 わざとぶつかっておいて、謝罪もしないで、何泣きそうな目でこっちを見ているんだ? 

 小説ではエディアルドはミミリアとぶつかって、目があった瞬間一目惚れをするらしいが、俺の感情は小説に忠実ではないようだ。

 ヒロインにどんなに見詰められても、全くときめかない――むしろ苛々ゲージが貯まる一方だ。


「一体どういうつもりだ。わざわざ俺にぶつかってくるなんて」


 俺が冷ややかな声で問いかけると、ミミリアはひどく驚いていた。

 ずっと異性からは甘やかされてきたのだろうな。

 俺の塩対応が理解不能のようだ。

 

「王子を狙う暗殺者かと思って、危うく叩き斬るところだった」


 肩をすくめて呟くウィストに、ミミリアはびくっと身体を震わせる。

 本当に叩き斬られても文句が言えないことを、平然とやってのけているのだから呆れる。

 俺は深いため息をついてから、とりあえずミミリアを助け起こした。


「あ、あのエディアルドさま」

「殿下」

「え?」

「俺は君に下の名前で呼ばれるほど仲よくなった覚えはない。下の名前で呼ぶのなら、殿下という敬称をつけるんだな」

「な、何でよ。様だってりっぱなケーショー(敬称)でしょ?様と殿下の何が違うわけ?」


 貴族社会を知らない平民とは言え、さすがに教養がなさすぎじゃないのか? ボルドール夫妻は何をやっていたんだか。もしかしたら将来、王妃になるかもしれない人物なのに。

 俺は子供に言い聞かせるように一から説明する。


「王族を下の名で呼ぶ場合、親しい者のみ“様付け”が許されている。親しくない人間が王族を下の名前で呼ぶ時は、敬称は殿下と決まっている。貴族の行儀作法で習わなかったのか?」

「習ってないし、何で私は“さま付け”が駄目なのよ。これから親しくなるかもしれないじゃない」


 ぷんぷんっとふくれっ面になるミミリアに俺は一気に脱力した。

 あー、駄目だこりゃ。

 もう説明しても無駄だと分かったので、もっと簡単な言葉で切り捨てることにした。


「分からない? 端的に言えば、君には馴れ馴れしく名前で呼ばれたくないってことだ」

「――――!?」


 ミミリアはビビットピンクの目をまん丸にしてこっちを見ていた。

 何だよ、そのエイリアンでも見たかのようなリアクションは。

 言っておくが宇宙人はお前の方だからな。

 この際だからもっとはっきりと言ってやることにしよう。


 

「ミミリア=ボルドール、今後は一切俺に関わらないでくれ」


 俺の言葉をどう捕らえたのか、さっきまでショックを受けていたミミリアは、たちまち笑顔になった。


 ――おい、今の言葉でどうしたらそんな嬉しそうなリアクションが出来るんだ?

 

 あー、訳分からん。やっぱり彼女は宇宙人なんだな。俺とは違う星に住んでいる人種に違いない。

 とにかくミミリアが二度と俺に関わって来ないことを願うばかりだ。


 ◇◆◇


 教室に戻ると、クラリスの顔色が良くなかった。

 具合でも悪いのだろうか? 

 心配になって声を掛けると、彼女はそれだけでとても嬉しそうに頷く。

 実の母親が死んで以来、そんな風に声を掛けて貰ったことがなかったのかもしれないな。

 

「え、エディアルド様。先ほど女子生徒とぶつかっていましたけど、大丈夫でしたか」

「ああ、大丈夫だ。俺も怪我はないし、向こうも無傷だから」

「ど、どんな女性でしたか?」

「うーん、どんな女性と言われても、今の所無礼極まりない女性としか思えないな」


 思い出しただけでも不快になる。

 あんな無礼な宇宙人がヒロインとは、世も末って奴だな。

 

 ……ん?

 もしかしてクラリスの顔色が悪かったのは、俺がミミリアと話をしていたからか? 

 俺が別の女性に心を動かされることに、不安に思っているのだろうか。

 アーノルドじゃあるまいし、そんなこと有るわけがないないのに。


「で、でも、可愛らしい方だったでしょう? あ、あの……私との婚約はあくまで王室が決めたものですし、もしエディアルド様に好きな方が出来たら、私は潔く身を引きます。だから、気持ちが変わった時には教えてください」

「何を馬鹿な事を言っているんだ? それに君との婚約は王室が決めたんじゃなくて、俺が決めたことだよ」

「え、エディアルドさま……」



 小説に登場する悪女クラリスは、ミミリアに婚約者を奪われることを恐れていた。恐れるあまり、彼女に嫌がらせをするようになる。

 しまいには命を狙うようになって……。

 物語のクラリスと違って、今のクラリスは俺がミミリアに惚れているのであれば、潔く身を引くという。

 本当に、本当に君は悪女とはほど遠い。今まで君を悪女と罵っていた人間をすべて消し去ってやりたいとさえ思う。

 俺はクラリスの身体をぎゅっと抱きしめて言った。


「俺は一生、君のことを大切にする」

「え……エディアルド様」

「何があっても不安に思わないで。俺は日々を重ねるごとに君のことが好きになっているから」



 緊張しているのか、クラリスの肩が震えている。俺は安心させるようにその背中をさすった。

 こんな華奢な身体で、彼女は王子の婚約者という重い責務を背負っているんだ。

 そう考えると何とも言えない愛しさがこみ上げてくる。

 そして心の中に強い決意が生まれる。

 

 この先何があっても、俺はクラリスを守ってみせる。

 絶対に、絶対に彼女を悪女として死なせるようなことはしない。


 もし彼女を悪女に仕立てるような人間がいたら、そいつは間違いなく俺の敵だ。


 まだ不安そうにこちらを見上げるクラリス。

 その唇に思わずキスをしたくなったけれど、ここは教室の中なのでハグだけでがまんしておく。

 ふと視線の片隅に、祝福モード全開にキラキラした目でこっちを見ているデイジー嬢とソニア嬢がいた。

 彼女たちが祝福の拍手を送ると、それに吊られてクラスメイト達も拍手を送る。

 夢中だったとはいえ、ここが教室であることを忘れていた。

 

 ……今度はちゃんと場所を考えてからクラリスを抱きしめることにしよう。

  

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