悪役令嬢は悪役王子に溺愛される
第38話 悪役令嬢とラブラブポーション①~sideクラリス~
私はクラリス=シャーレット。
とある小説の登場人物で、悪役令嬢というポジションだ。
自分の婚約者と恋仲になったヒロインに嫉妬し、事あるごとにヒロインに嫌がらせをし、しまいには命を狙うようになる。
ところが現実は全然違う。
小説では主役であるアーノルド殿下と婚約をしていたクラリス。
だけど現実の私は、アーノルド殿下の異母兄であるエディアルド様と婚約をしている。
しかも――――
「クラリス、今度二人で美術館に行かないか?」
「え……エディアルド様っっ」
校内の美術室に飾ってある絵を何気なく見ていた私は、後ろからエディアルド様に抱きしめられた。
う、後ろからハグッッッ……ずっと前に、妄想しちゃった時はあったけれど、まさか現実になるなんて。
振り返るとこれでもか、というくらいに熱い眼差しで私を見詰めてくる。
どんな鈍感な女でも気づくだろうってくらいに、熱すぎる眼差し。
季節は夏。
例年以上の猛暑がそうさせているのか。
目と目が合いエディアルド様がそっと顔を近づけてきた。
……あ、唇にキスされる。
ここ、学校なのに。
でも美術室の中には誰もいないし、窓から誰か見ているってことはないよね?
だけど唇と唇が重なりそうになった瞬間、美術室に誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
エディアルド様は我に返ったように、近づけていた顔を慌てて離す。
び、びっくりした。このままキスしてしまうのかと思った。
いくら婚約者同士だからって、学校でキスは駄目駄目。
私たち以外にも貴族同士で婚約している生徒たちはいる。恋人同士のように仲睦まじくしているカップルもいるけど、さすがに校内でキスはしていない。
もしかしたら人知れずに、キスぐらいはしているかもしれないけど……学校以外だったらいいのかな?
……って、何を考えておるのだ!? 私はっっっ!!
去れ!! 煩悩よ、去るのだ!!
エディアルド様がミミリアとぶつかったあの時、小説の筋書き通り、エディアルド様がヒロインに一目惚れをするんじゃないのかと思っていた。
そんな私の不安な表情が表に出ていたのだと思う。
『何があっても不安に思わないで。俺は日々を重ねるごとに君のことが好きになっているから』
あの言葉は美声と共に今でも耳に残っている。思い出すと顔が熱くなって、胸も高鳴ってしまう。
前世は恋人もいたけど、あんな風に言われたことなんてなかった。
「君がいないと駄目なんだ」「君だけが頼りだ」「君の力が必要なんだ」
とは言われていたけどね。
いつも私に頼って、縋っていたあの言葉が愛の囁きだと勘違いしていたみたい。
不安に駆られている私をエディアルド様は優しく抱きしめてくれた。
安心させるように背中もさすってくれて、泣きたいくらいに嬉しかった。
あれ以来、エディアルド様は私との距離を徐々に縮めてきている。
さりげなく私の肩を抱いたり、目立たない場所では手をつないだり、それに今のように、何かとハグするようになって。
政略結婚の婚約者というには、私たちの間にはあまりにも甘い空気が漂っている。
何だか申し訳ないくらい、普通に恋愛だよ、これじゃ。
しかもお互い目が合う度に、唇が重なりそうになる。でもそういう時に限って、誰かが教室に駆け込んできたり、先生の足音が聞こえたりとか、まぁ、お約束かってくらいに邪魔が入るのよね。
「クラリス、今日は愛しい婚約者様には内緒でかるーい媚薬作っちゃおうか」
「な……何言っているんですか?」
「大丈夫。合法のかるーい媚薬だから」
ヴィネも私たちの仲を祝福してくれるのはいいんだけど、余計な応援もしてくるのよね。
合法な媚薬って何なのよ。
「だって婚約者同士なのに、キスの一つも出来てないってどういうこと? 貴族だからってそんなにお堅くなる必要ないんだよ」
「貴族は貴族でもエディアルド様は王子ですし、皆に示しがつく生活態度をとらなければ」
「あんたたち真面目すぎ~。ちなみにこれが軽媚薬、通称ラブラブポーション。飲みやすい苺味だからね。好きでもない人間を惚れさせる違法薬物の媚薬とは違って、想い合っている相手にしか効かないからね。恋人同士や夫婦が気持ちを高める為のソフトな媚薬だよ」
小さな瓶に入っているのは苺シロップのような赤い液体だ。
薬師としては作ってみたい代物だけど、不純な動機があると思われると嫌なので作りづらいわ。
そんなやりとりをしている内に、買い出しに出掛けていたエディアルド様とジョルジュ、そしてジン君が帰ってきた。
ヴィネはラブラブポーションを隣の調理場兼作業場の部屋に持って行って、どこかにしまったようだった。
買い出しは薬学の授業に使う、薬の材料や紅茶の茶葉やコーヒーなど。
ジン君が買って来た紅茶の缶を手に取り、弾んだ声で言った。
「僕、最近お茶が淹れられるようになったんだ!今日は僕が皆のお茶をいれるよ。皆どんなお茶がいい?」
ジン君の申し出に、全員がデレデレ顔になる。君が淹れてくれるお茶なら何だって飲みますよ、と言いたい所だけど、せっかくなので注文してみることにした。
「じゃあ、俺はストレートティーで頼むわ」
ジョルジュは椅子に座りながらジン君に注文する。
「あたしも同じのでお願い」
ヴィネは茶器を出しながらジョルジュと同じものを注文。
「俺はミルクティーをお願いできるかな?」
エディアルド様は買って来た薬の原料を運びながら注文。
「私もミルクティーを淹れてくれる?」
私はお皿やフォークをセッティングしながら注文。
それぞれ飲みたいものを聞いたジン君は頷いてから、茶器を乗せたトレイを持ってすぐに調理場の方へ行った。
ヴィネも調理場から木の実がぎっしりつまったパウンドケーキやクッキーをもってくる。
程なくしてワゴンを押したジン君が、ストレートティーとミルクティを持ってきてくれた。
紅茶は蒸らす時間とかタイミングがあるから難しいのよね。どれどれ、どんな味かな。
飲んでみると、ほどよい苦味とミルク……それにピリッとした刺激。あ、もしかしてジンジャーも入れたのかな? 身体がぽかぽか温まる。
「おいしい。ジン君、少しジンジャーも入れたのね」
「これを入れると身体が温まるとママが言っていたよ。女の人は身体を冷やしたら駄目、とも言っていたなぁ」
ご、五歳児の発言とは思えない。
ジン君、いい薬師になりそうね。
ヴィネが作ってくれた甘いケーキともよく合いそう。
ヴィネとジョルジュもストレートで紅茶を頂いている。
「どう?紅茶の方にはさっき苺シロップを入れてみたんだけど」
「ああ、確かに苺の匂いがするな」
ジョルジュが感心したように紅茶の香りを嗅ぐ仕草をする。
へぇ、紅茶にシロップ入れるなんて、ジン君洒落ているなぁ。そこはかとなくこっちにも苺の香が漂ってくる。
「苺のシロップ……?」
ヴィネは震えた声でぽつりと呟いてから、紅茶のカップを乱暴に置いて、慌てて調理場の方へ行った。
ど、どうしたんだろ。
直後。
ジョルジュもカップをソーサーの上に置くと、突然胸を押さえ何度か深呼吸をしはじめた。その顔は耳まで真っ赤だ。
「……じゃ、ジン。君が入れたのは、苺シロップだったんだよな?」
「うん。多分、ママが作ったものだと思う。赤い小さな瓶の中に苺の香りがする液体が入っていたもん」
……え!?、それってまさか。
ジン君、苺シロップと間違えて、ラブラブポーションをジョルジュとヴィネの紅茶に入れちゃったってこと?
ジョルジュは自分の身に起きた症状から、薬の内容を把握したみたいで、頬を赤くしながらも、何だか愉快そうに笑う。
「そ、そうか……ははは……ママは何でそんなもの作っていたんだろうな」
エディアルド様は様子がおかしい師匠に、何だか心配そうだ。
ジン君も訳が分からずオロオロしている。
ラブラブポーションの解毒薬はないだろうなぁ。恋人同士や夫婦が気分を盛り上げる為のアイテムだもの。
え……っと、この場合どうしたら良いのだろう?
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