悪役たちは敢えて敵キャラと仲よくする

第29話 悪役令嬢は、敵キャラと出会う~sideクラリス~

 私はクラリス=シャーレット。

 ただ今、胸がドキドキしすぎて授業内容も右から左へ状態。

 数学は前世でも得意だったし、予習もしているから支障はないけれど、だ、駄目だぁぁぁ。

 エディアルド様の微笑、そ、それにキス……手の甲に触れたあの唇の柔らかさ。

 頭から全っ然離れないっっ!

 恐る恐る隣のエディアルド様の横顔を見る。

 ううう、横顔も完璧。ノートを取る真剣な顔も格好いい。

 どんなに顔が良くても、どうしようもない馬鹿だったら、こんなにときめかなかったと思う。

 エディアルド様はちゃんと努力をしている。自分で師匠を見つけてきて、魔術の鍛錬にも励んでいるし、魔術に関する情報も網羅している。

 他の授業もきちっと予習をしているのか、意地悪な教師の質問にもスラスラ答えてしまう。

 エディアルド様を馬鹿にしている人たちは、さぞ勉学もできるのだろうと身構えていたけれど、教師の質問にはしどろもどろだ。

 

「君は、もう少し殿下を見習いなさい」

 

 と叱られて、私は内心、ざまぁみろ……じゃなくて、ざまをご覧なさいませ、と思ったものだ。

 とにかくエディアルド様は馬鹿どころか、とても聡明な方だ。しかも年齢にしては老成しているのか、二十代後半の記憶を持つ私にとっては何となく話が合う。

 出来ればこのままずっと仲睦まじく、時間を共に出来たらな……そんな浮ついた気持ちに緊張感が走ったのはその時。

 廊下の引き戸が開かれ、一人の女生徒が入って来た。

 

「時間に遅れて申し訳ありません。ソニア=ケリーです」


 教室が響めく。

 女生徒の制服は基本、ブラウスにリボン型のタイ、その上にジャケットを羽織り、下はスカートなのだけど、その娘は乗馬ズボンを履いていて、しかも腰には帯剣をしていた。

 騎士団に入っている生徒はああいう格好なのよね。

 アイスブルーの切りそろえた長い髪を、ポニーテールにくくっている。顔立ちは綺麗だけど紺色の目つきは鋭い。かなり負けん気が強そう。

 

「騎士団の朝練が長引いたようだね。席に着きなさい」


 ソニアは頷いてから私の前の席についた。

 席に着く際、左手に持っていた鞄を右手に持ち替えて机の脇にかけたのだけど、その時彼女は反射的に右肩を左手でおさえた。

 肩を痛めているのかな?

 それにしても、ソニアってどこかで聞いたことがある名前だわ。


 ソニア……

 ソニア……


 あっ!!

 小説に登場する女騎士の名前だ。

 物語の中のソニア=ケリーは、悪女クラリスの肩を斬りつけ、大ダメージを負わせた。すぐに反撃を喰らって重傷を負うのだけど、彼女の活躍によってクラリスは魔術を使うのがままならなくなる。

 それまで無名な騎士にすぎなかった彼女は、それで一気に名を上げる。そして戦いが終わった後、彼女は聖女ミミリアに忠誠を誓う。


 ――ちょっと待って。


 将来私に斬りつけてくるかもしれない人物が目の前にいるっ!? 

 こここここ怖いんですけど。

 今すぐ机の下に隠れたい。だけど本当に机の下に隠れたら変に思われる。

 私は密かに深呼吸を何度かした。

 落ち着いて。

 私はまだ悪女じゃないし、魔物の軍勢を率いる魔女でもない。

 彼女に斬りつけられる理由なんてないわ。それに小説の展開とは違う方向に持っていくのであれば、ソニア=ケリーと仲よくなっておくのも一つの手かも。

 考えが前向きになった時、ふと私はソニアが右肩を左手でさすっている姿が見えた。

 まだ肩が痛むのかな。相当痛めているのか、かなり辛そうだ。


「失礼」


 私は小声で言ってから、ソニアの右肩に手を当てた。

 そして治癒魔術の呪文を唱える。

 彼女の肩は、紫がかった白い光に包まれた。

 ちょっとした打撲みたいね。大した怪我じゃないから、すぐに治ったわ。

 小説ではクラリスがソニアに肩を斬りつけられることになっているけれど、現実の世界では私がソニアの肩を治している。

 何だか不思議な縁を感じるな。

 将来私の敵になるかもしれない……それでも放ってはおけない。

 驚いて振り返るソニアに、私は肩に触れていた手を離し、何事もなかったかのようにノートを取り始めた。

 すぐにでも御礼を言いたかったのだろう。授業中の為、お礼を言葉に出すことが出来なかった彼女は、ノートの切れ端にメッセージを書いて私にさりげなく渡してくれた。


 ありがとうごさいます。

 お陰で肩がとても楽になりました。

 授業が終わりましたら改めて御礼を言わせてください。


                              ソニア=ケリー



 メッセージと共に熊みたいなゆるキャラのイラストが描かれている。

 ソニア、凜とした見かけによらず、可愛いもの好きと見た。

 ノートの切れ端に手紙……私も学生の時、授業中に友達に送ったな。

 ちょっと懐かしい気持ちに駆られながらも、彼女の肩が元に戻って良かったなと心から思った。



「侯爵令嬢のクラリス様とは知らず、このようなノートの切れ端を送りつけてしまい、申し訳ありません」


 ――騎士というよりは武士みたい。

 騎士団の朝練が長引いて遅刻をしたソニア=ケリー。

 彼女は私の前に跪き、淡々とした口調で謝罪をする。

 お礼をどうしてもすぐに言いたくて、お礼のメッセージを書いた紙を私に渡したものの、いかんせん便せんなんかないからノートの切れ端に書くしかなかったそうだ。

 私は慌てて両手を横に振る。

 

「いえ、あなたの気持ちが伝わってとても嬉しかったわ。それより肩は本当にもう大丈夫?」

「稽古の時油断して、相手の攻撃を受けてしまい、肩を痛めていたのですが、クラリス様のお陰で今は何事もなかったかのように無痛です」

「良かった……」


 その言葉に私はほっと胸をなで下ろす。

 気がつくと私とソニアは注目の的になっていた。



「全然噂と違う」

「下級貴族なんかゴミのように扱っているって聞いたのに……肩の負傷を治しただと?」

「え?ひょっとしてクラリス嬢って、いい人?」

 

 はいはい、いい人かどうかは分かりませんが、少なくとも妹と義母を我が侭で振り回し、下層の者は見下す傲慢な人間じゃございませんよ。


「きっと何かを企んでいるに違いない」


 そう決めつけるエカリーナ。

 あの子の言うことは無視しておこう。周りの人間も同意している様子はないしね。

 

「あ、そういえばソニア様、前の授業のノートをご覧になりますか? 良かったら授業内容も教えますよ」

「良いのですか」

「私も復習になるから丁度いいですし」


 私が机の下から魔術史のノートを取り出していた所、教室は再びざわついた。一人の女生徒がこっちへ歩み寄って来たのだ。


「デイジー公爵令嬢ともあろうお方があのような悪女に関ってはなりません!」


 彼女の行く手を遮るように立ちはだかるエカリーナだけど、デイジーは何も答えず、にこやかに笑ってから、彼女の前をすり抜けてこちらに近づいてくる。

 ふんわりボブカットは、プラチナブロンド、銀縁眼鏡の下はオレンジの瞳。

 美少女だけど、どこかたぬき顔で童顔だ。何だか愛嬌があって親近感がわく。

 彼女はノートを持って私の元にやってきた。


「初めまして。私はクロノム公爵家長女、デイジー=クロノムと申します」

 

 クロノム公爵家。

 王族とも縁の深い家で、確かそこの当主は宰相をしていた筈。ということは、彼女はあの宰相の娘……ということになる。

 確かメリア妃殿下とクロノム公爵は従兄弟同士なので、エディアルド様とデイジー様ははとこ同士になるのよね。

 この国の宰相、オリバー=クロノム公爵は、鋼鉄の宰相と呼ばれるくらい敵には容赦がない人で有名だ。

 もっと有名なのが、娘を溺愛してやまないという話だ。実は私が婚約者候補に指名される前、この娘の方が先にアーノルド殿下の婚約者候補として名が上がっていたらしい。だけどクロノム公爵が断固として拒否したという。

 アーノルド殿下は優秀だと他の貴族たちからもて囃されているけれど、クロノム公爵からしたら、まだまだってところなのかもね。

 私が公爵家の令嬢を差し置いてアーノルド殿下の最有力婚約者候補になったのは、そういう理由もあったのよね。

 デイジー=クロノムは確か小説では将来宰相となる兄を支える妹として登場する。

 とても才女であるという描写が書かれていたと思うのだけど、Sクラスじゃなくて、Aクラスなのは意外だ。

 彼女は私の目をじっと見て尋ねてきた。

 

「魔術史のことですが、クロード=フォンスについては、クラリス様はご存知でした?」

「いえ、私も新聞を読んでいなかったので」

「私は新聞を隅から隅まで読んでいるつもりだったのですが、クロード=フォンスについては把握出来ていませんでしたわ。一体、何月何日の新聞記事の内容のことを言っていたのでしょう?」

「ああ、クロード=フォンスについては、普通の新聞ではなく、魔道新聞といって魔術師が好んで読む新聞に書かれていたそうです。私もエディアルド様から教えて頂いて、初めて知ったのですが」

「まぁ、そうでしたのね。今度から魔道新聞も読むようにしなければ」

     


 デイジーは嬉しそうにノートにメモをした。

 小説の設定通り勉強熱心な娘ね。

 彼女の背後にいるエカリーナが苛立たしげに指を噛んでいる。出来ればデイジーを自分の味方に付けたかったのだろうな。

 私よりも身分が上の公爵令嬢だし、なりより鋼鉄の宰相の娘だ。親からも宰相の愛娘に取り入っておくよう言われているのかもしれない。

 あとデイジーの兄、アドニス=クロノムは絶世の美男子であることで有名だ。


「ありがとうございます、クラリス様。これからも何か分からないことがあった時には、またお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「勿論です。私の方こそ分からない問題があった時には、デイジー様にお尋ねすることがあると思いますので。あ、そうだ。早速ですが、ソニア様に魔術史の授業内容を教えて差し上げようと思うのですが、デイジー様もご一緒にいかがですか?」

「復習にもなりますし、是非!」


 

 それから私はデイジーと共に、ソニアに魔術史の板書を見せ、授業内容も説明することにした。教科書にも書かれていない人物の名前が出てきてソニアは目を白黒させていたけどね。私は彼女に魔術書と魔道新聞を読むことを勧めておいた。

 


 デイジー=クロノム

 ソニア=ケリー


 小説では脇役だったけど、王室の危機を救った立役者だ。

 二人とも賢く、悪い噂に惑わされず私の人柄を見てくれている。

 小説の展開を避けることを考えると、登場人物とは距離を置いた方がいいのかもしれないけど、もう今更よね。敵になるかもしれない人物と敢えて仲良くなるのも一つの手だ。

 クラスメイトとなると、避けたくても避けられないしね。こうなったら、とことん仲よくなってしまおう。

 この日以降、私はデイジーとソニアと親交を深めるようになり、学校内ではともに行動をすることが多くなるのだった。

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