第17話 悪役王子は鼻つまみ者の魔術師を師と仰ぐ②~sideエディアルド~

『第一王子様が俺みたいなのに何の用があるのかねぇ』


 声の主はジョルジュ=レーミオかな? 

 面倒だと言わんばかり、欠伸混じりで言っているな。

 部屋の外の会話がもろに聞こえるのは、防犯用のアイテムがオブジェとして廊下の脇に置いてあるからだ。

 一見リスの置物なのだが、リスの目の部分に魔石が埋め込まれ、その魔石を通して外の会話がこっちに聞こえてくるようになっている。

 リスの置物は俺が使用人に命じて設置させたけど、使用人達はこれが外の会話を傍受する役割を果たすことを知らない。だから彼らも俺が聞いているとは知らずに会話を続けているのだ。

 

『知るか。貴様のような奴が王族に呼ばれるだけでも奇跡だと思っておけ』

 

 もう一人の声はジョルジュを探し出した同僚の宮廷魔術師なのだろう。

 声だけ聞いても苦虫をかみつぶしたような顔が想像できる。鼻つまみ者が王族に呼ばれることが面白くないのだろう。

 

『あーあ、めんどくさいなぁ。この後、リリーちゃんと飲む約束をしてるのにー』


 うん、面倒だって口に出しちゃっているわ。何がリリーちゃんだよ。どうせ貢がされて終わりだろ。

 普段からそういう態度だから鼻つまみ者になっているのだろうな。

 すると同僚らしき男が鼻で笑いながら言った。


『ま、アーノルド殿下じゃなくて残念だったな。ハズレ王子に呼ばれても、お前にメリットがあるとは思えないけどな』

『ハズレ王子? エディアルド殿下が?』

『ああ、そうさ。城内ではもっぱら優秀なアーノルド殿下の方が王太子に相応しいと評判だからな。常に異母弟と比較されて卑屈になっているという噂だよ』

『そう? 今の時点で当たり外れを決めつけるのは早いような気がするけどな。俺だって魔術に目覚めたのって十八の時だったぜ?』

『王族と平民とじゃ事情が違うんだよ』


 そうそう、今の時点で決めつけるのは早いんだよ。

 態度は悪いが、ジョルジュ=レーミオは噂に振り回されない人物とみた。

 防犯の為につけた魔石だけど、ジョルジュの人柄を垣間見るのに役に立ったな。

 ジョルジュの同僚は、俺のことをハズレ王子と揶揄し、平民であるジョルジュのことを馬鹿にしているな。

 会話が聞こえてなかったらジョルジュを連れて来たその同僚には素直に感謝してしまう所だった。


 二人の宮廷魔術師はドアをノックしてから、何食わぬ顔で入って来て、恭しく頭垂れる。

 

「遅くなって申し訳ありません。私は宮廷魔術師 魔術部隊六班班長のフーリ=スティーバと申します。ただ今、ジョルジュ=レーミオを連れて参りました」


 フーリと名乗った狐顔の宮廷魔術師が自分の長い肩書きを告げてから、後ろに控える蒼のフードマントを纏った青年を紹介する。フードを深々と被っているから顔は見えない。

 宮廷魔術師にも色々あって攻撃魔術が得意な魔術師は、戦や魔物退治に活躍する魔術部隊に所属する。

 調べた所によると、ジョルジュは攻撃魔術と治癒魔術、両方得意だけど魔術部隊には属していない……いや、確か最初は所属していたんだけど、規律を乱すという理由で追い出されたのだ。

 ジョルジュは魔術部隊にも所属していないし、研究部門や救護部隊にも所属していない。いわゆる無所属フリーの宮廷魔術師なのだ。

 でも実力はあるから魔術部隊や救護部隊に駆り出されることもあるようだ。

 フーリに紹介された青年は前に出るとフードを外す。

 色白の肌、切れ長のグリーングレーの目はやや下がり目、整った鼻梁に妙に整った唇、ややカールがかった髪はミルクティ色……無駄に甘いマスクの持ち主だ。


「ジョルジュ=レーミオと申します。エディアルド殿下におきましてはご機嫌麗しく」

「固い挨拶はいらないから。あ、案内してくれたそこの君、どうもありがとう。もう行っていいよ?」

 

 俺はフーリに言ったが、彼はニコニコ笑ったまま動こうとはしない。

 ジョルジュに何の用があるのか気になるのだろう。しかも俺がまだ小僧だと思って舐めているのもある。

 狐顔の魔術師はへらへらと笑いながら「自分のことはお構いなく」と言って、従おうとしないので、俺はやや低い声で言った。


「フーリ=スティーバ。ジョルジュを探して連れてきたことには感謝している。だから俺のことをハズレ王子だって陰口をたたいたことは不問にしてあげるよ」


 俺の言葉にフーリはこちらから見ても分かるくらい顔を真っ青にし、恐る恐る質問してきた。


「え……ま、まさか聞こえていたのですか?」

「うん、魔石を通して丸聞こえだった。本来なら不敬罪で投獄しているトコだからね?」

「……!?」

 

 俺は口元に笑みを浮かべたまま、小首を傾げてわざと茶目っ気たっぷりに告げる。

 狐顔の男は、深々と頭を下げてから、回れ右をして、そそくさとその場から退出した。

 そんな同僚の様子に溜息をついてから、ジョルジュは腕組みをして俺の方を見た。


「驚いたな。魔石って、ひょっとしてさっきのリスの置物?」

「よく分かったな」

「俺たちが通った時、リスの目がほんの少しだけ光った様に見えたからな。ま、フーリは全然気づいていなかったみたいだけど」


 魔石の光はごくわずかで、普通に廊下を歩いていたら気づかないのだが、かなり目ざとい奴だな。常に自分の周辺の変化を注視しているのだろう。


「ところで今さっきの畏まった態度はどこへ消え失せたんだ?」

「堅苦しい挨拶はいらないと言ったのはそっちだろ? 気に入らないのなら、俺も不敬罪で牢に入れてくれても構わない」


 確かに堅苦しい挨拶はいいとは言った。だからといってタメ口を許したわけじゃないのだが……面接だったら減点だ、減点。しかし、こいつはその減点をカバーするほどの能力がある可能性があるので、そう簡単に不採用を言い渡すわけにはいかない。

   

「単刀直入に言わせてもらうけど、魔術を教えて欲しい。一応独学で中級レベルの魔術は使えるようになったけど、上級となるとそうもいかなくてね」

「ベリオースに教わっているんじゃないの? 二人の王子を教えているって、あいつ自慢していたけど」

「彼は職場放棄しているから解雇することにした」

「職場放棄?」

「俺は教え甲斐がないから、教え甲斐がある実力をつけてから指導してやると言って、魔術を教えてくれないんだ」

「おいおい、そりゃとんだ給料泥棒だな」

 

 ジョルジュはぷっと可笑しそうに吹き出す。別に笑わせたつもりはないんだけどね。

 でも本当に給料泥棒という以外何者でもない。

 母上から給料を貰うだけ貰って置いて、俺の指導をしていないのだから。

 ジョルジュは首を傾げて俺に尋ねてきた。

 

「俺の噂は聞いているだろう? それでも俺から魔術を習いたいと?」

「酒癖と女癖が悪いというマイナス点を差し引いても、ジョルジュの実力は飛び抜けているからね」

「俺は誰かに束縛されるのが大嫌いなのは知っているよな?」

「うん、知っているよ。ついでに方々の酒場に莫大なツケがあることも知っている」

「う……」



 ガキになんかに仕えたくないという気持ちが顔と態度にありありと出ていたので、俺はジョルジュに現実というものを突きつけてやった。

 ツケが溜まりすぎて憩いの酒場が出入り禁止になりつつあることは既に調査済みだ。

 


「俺がそのツケ立て替えてあげる。あと魔術の授業時間以外は特に拘束することもないから……」

「喜んで承ります」


 俺の台詞が言い終わらない内に、ジョルジュは快諾した。

 そして胸に手を当て跪く姿勢をとる。

 いや、少しぐらい迷うようなリアクションがあってもいいんじゃ……と思ったけど、よっぽどツケが溜まって困っていたんだろうな。あと、授業以外は拘束しないという言葉が効いたのかもしれない。


「じゃ、さっそく分からない所が沢山あるから教えて、ジョルジュ先生」


 俺はデスクの下から平積みにした魔術書を取り出して、ジョルジュに笑いかけた。

 とにかくありとあらゆる魔術を頭に叩き込んでやる。

 そしてこの身体に秘められた強大な魔力を使いこなせるようになってやるんだ。

 デスクの上に積まれた本を見て、ジョルジュは顔を引きつらせる。

 早くも俺の師匠になったことを後悔しているみたいだった。


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