第16話 悪役王子は鼻つまみ者の魔術師を師と仰ぐ①~sideエディアルド~


 俺は不遇な死を遂げ、異世界に転生してしまった平凡なサラリーマン結城大知ゆうきたいち

 今の名前はエディアルド=ハーディンだ。

 小説“運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~”に登場する悪役だが、終盤で主人公と戦うことになる主要登場人物でもある。

 ゲームで例えるとラスボスの次に強い。そう考えると俺にもかなり秘められた能力がある筈なのだ。

 実際独学だけで中級魔術が自在に使えるようになっているのは、我ながら凄いと思う。中級魔術師の資格をとるのに十年かかる人間だっているのだ。

 記憶が蘇る前は勉強する術は知らなったが、今はその術を知っているので、師匠がいなくてもある程度までは自分で学ぶことができる。

 小説の中のエディアルドは顔だけが取り柄の無能王子だった。それが主人公とたたかうまで強くなったのは、魔族の皇子ディノによって闇の魔術を授かり、本来の能力が引き出されたからだ。

 だが悪役として生きたくはない俺としては、魔族の手を借りて自分の能力を引き出してもらうわけにはいかない。

 自分自身の力で魔術の実力を上げていかなければ。


 俺は王城の図書室から初心者向けの歴史書を持ってきた。

 世界の礎を築いた古代人の歴史、魔術の誕生のことについて書かれたそれはとても興味深かったが、一時間もしない内に読み終わってしまった。

 初心者用の歴史書だけじゃ物足りなくなった俺は、今度は玄人向けの魔術書を王室図書室の本棚から引きずり出すことになる。他にも気になる本を持って自分の部屋に戻ってきた俺は、ほくほくした気持ちで読書に勤しむことにした。

 魔術書、めちゃくちゃ面白いな。特に魔術の成り立ちは壮大なファンタジー小説を読んでいるかのような面白さがある。

 そんな様子を見たカーティスは。


「そんな本ぐらい、アーノルド様はとっくに読み終わって」

「気が散るから向こうへ行け」


 カーティスの言葉が言い終わらない内に俺は言い放った。

 今まで読書をしようものなら、カーティスは弟を引き合いに出し「まだそんな本を読んでいるのか?」と馬鹿にしたような発言をし、恥ずかしくなった俺はその本を読まないというパターンだったのだが、今の俺はガキの一言程度で動揺したりはしない。

 俺は悪役王子に相応しい、意地が悪い笑みを浮かべ、カーティスに尋ねた。


「そんな本、と言うのであれば、お前も当然この本について網羅しているんだな? 三千年前、炎の術式を作ったのは?」

「イリナ=ヒースですよ。そんなの当然です」

「うん、だけどイリナの術式はまだ不完全だった。それを完全にするのに、実は二十年の歳月がかかっている。炎の術式を完全なものにした人物はまた別にいる。イリナの弟子、アフロス。少なくとも二つ以上の言葉を紡がなければ、魔術は完成しないことが分かった」

「そ、それが何だというのです」

「この本を読んでいたら、炎の術式を作り上げた人間は? と問われイリナ=ヒースの名前しかあがらないのはおかしなことだ。 この本をそんな本呼ばわりする前にお前もちゃんと読むようにしろ。知ったかぶりはハッキリ言って無茶苦茶恥ずかしいぞ?」

「……っっ!?」


 かぁぁぁっとカーティスは顔を赤くして、唇を噛みしめた。そして扉を乱暴に開け閉めして部屋を出て行く。

 皆さんあの態度見ました? 王族に対する態度じゃないよな。

 態度の悪さを理由に、いつでも解雇はできるけれど、彼を辞めさせたところで、テレスはまた新たなスパイをここに送り込んでくるに決まっている。

 あんまり有能なスパイが来られても面倒なので、とりあえず間抜けなスパイを泳がせておくことにしている。

 俺はそんなカーティスに密かに舌を出してから、再び本を読み始める。

 


 この世界では必ず聖女と呼ばれる存在が生を受けることになっている。同時に生まれるのは勇者だ。

 この世を創造した女神ジュリによって選ばれた聖女と勇者は膨大な魔力を持ち、人知を超えた力を発揮する。

 しかし聖女の力は不安定で、力を発揮するのも聖女自身の心次第。心を病み、力を発揮出来ないまま生涯を終えた聖女もいるという。

 勇者の力は聖女の力によって目覚め、また聖女の心次第で力の強弱が決まるので、これもまた不安定だ。 


 いずれにしても王室の主戦力として使うにはあまりにも不安要素が多すぎる。

 聖女と勇者の力はオプションぐらいに思った方がいいかもしれない。

 それよりも騎士達の強化、魔術師の育成、効力の高い回復薬の生産に力を注いだ方がはるかに合理的だ。

 大体聖女や勇者が活躍した時代の王様は暗主であることが多い。

 自分たちの力ではどうしようもなくなり、藁にも縋る思いで聖女と勇者の力に頼ったのだ。


 まぁ、小説に描かれたアーノルドもそうだよな。あの主人公は国王であり、勇者でもあったけれど、結局は聖女の力に頼って諸々のことを解決していた。

 聖女の力を当てにしていたら、命がいくつあっても足りやしない。


 先ほども述べたが、俺はラスボスである魔族の皇子、ディノの次に強い設定だから、かなりの潜在能力を有している筈。まずは俺自身が、自分自身の能力を引き出して、強力な魔術を使いこなせるようになれば、勇者と匹敵する力を得ることも可能だ。

 その為には俺に魔術を教えてくれる優秀な魔術師が必要だ。

 独学で中級レベルの魔術までは使えるようになったが、上級となるとやはり誰かから教授してもらわないとならない。


 しかし俺の魔術の師匠である宮廷魔術師のベリオースは、早くから魔術の才能を発揮しているアーノルドを教えることに夢中で、俺の方は見向きもしない。

 というより、アーノルドの母親であるテレス側妃がその魔術師を紹介しているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。俺に魔術を教えないように仕向けているのだ。


『あなたはまず自分で基礎を学ぶべきです。今の実力では私は何も教えることができない』


 前世を思い出す前は、ベリオースの言葉を鵜呑みにして、自分には才能が無いと信じて、そんな自身を呪っていた。

 初級魔術が少し出来るようになっても、ベリオースは鼻で笑い「そんな弱すぎる魔術じゃ話にならない。私に教えを請うのであれば、もっと能力を高めるように」とか抜かしていた。


 能力がゼロなら基本から教えて、能力を高めるのが師の仕事なのに、奴は堂々とそれを放棄している。

 しかもちゃっかり母上からは給料を貰っている。貰った給料分働こうとしない奴はクビだ、クビ。

 向こうが教える気が無いのであれば、俺は新たな師を自分で迎えようと思う。

 誰を師と仰ぐかはもう決めている。


 ジョルジュ=レーミオ


 宮廷魔術師の一人で、次期宮廷魔術師長にもその名があがる程実力はあるのだが、無類の酒好きで、しかも女好き。

 故に宮廷魔術師の間では鼻つまみ者だ。

 しかし小説によると、この人物は聖女ミミリアと出会い、彼女に魔術を教えるようになる。それまでなかなか実力が開花していなかったミミリアは、異例な早さで上級魔術師クラスの実力を身につけるのだ。

 真面目なミミリアと交流する内に、ジョルジュは女遊びをやめるようになり、酒も飲まなくなった。

 そして少女から一人の女性に成長したミミリアに弟子以上の想いを抱くようになる。

 しかし彼女の気持ちはアーノルドにあることを知ったジョルジュは、その気持ちを自分の心の中にしまっておく。


 そう。この小説“運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~”のヒロインは、アーノルドやエディアルドだけじゃなく、魔術師のジョルジュや、宰相の息子アドニスにも想いを寄せられるようになる魔性の女なのだ。

 逆ハーレムって程じゃないけど、色んなタイプの異性に好かれるという、憧れのシチュエーションではある。

 前世の俺の妹は確かジョルジュ推しだったっけ? 

 ジョルジュ=レーミオは最終的に愛弟子であるミミリアを、魔族の皇子ディノの攻撃からかばって死んでしまう。献身的なジョルジュの愛に胸キュンだったらしいんだよな。

 

 前世の妹の胸キュンな推しキャラだったことは置いておいて。

 中級魔術師からなかなか上に行けずにいたミミリアを、上級魔術師に育て上げたことを考えると、ジョルジュはかなり教えることに長けていると見た。

 果たして現実のジョルジュが小説のように、先生としての実力があるかは不明だが、とりあえず今、心当たりがある魔術師は彼しかいない。

 まぁ小説と違って教えるのも下手な教師だったら即解雇だけどな。

 その時ドアの向こうからこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

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