第12話 悪役令嬢、悪役王子に求婚される!?~sideクラリス~
「エディアルド殿下はミルクティーがお好きなのですか?」
「ああ、紅茶もコーヒーもミルクと砂糖を必ず入れる。後ろにいるカーティスは子供っぽいって言うんだけどね」
後ろに控える薄茶色の目と髪の毛の少年には聞こえぬよう小声でエディアルド様は言った。
へぇ、あの子がカーティス=ヘイリーか。
主要人物だけに顔はいいわね。目つきが鋭く、愛想が良いとは言えないけど。
小説では主役であるアーノルドの忠臣中の忠臣なのよね。主の為にスパイという汚れ役も請け負っていてね。悪役エディアルドに対しては、嫌味っぽい性格だけど、アーノルドに対しては忠犬のごとく素直だった。
小説の通りだとカーティスはアーノルドが大好きなあまり、エディアルド殿下の前でアーノルド殿下と比較するようなことばっか言うのよね。読者たちも、もうすこしスパイの自覚を持て! というツッコミが殺到するくらいに、やきもきしたキャラでもあった。
紅茶一つでも「アーノルド殿下は砂糖など入れない」とか言ってそう。
思わずカーティスの方を見て、私はぷぷっと笑ってしまった。
そのカーティスが私の視線に気づき、訝しげに見てきたから、さりげなく視線を反らしたけどね。
それから私たちは今食べているお菓子のことや、紅茶の話から、季節の植物の話、それに学園生活がどんなものになるのか、様々な話をした。
最初は緊張していたけれど、気がついたら自然とエディアルド殿下とおしゃべりをしていた。
何てこと無い話をしているのだけど、久々に家族や使用人以外の人と会話をしているせいか、なんだか楽しい。
ふと王妃様の方を見ると、彼女はニコニコ笑ってこっちを見ている。さっきは完全に私に対して身構えた態度をとっていたけれど、今は嬉しそうな笑顔を浮かべているのだ。
そういえば小説では同い年の少年少女と仲よく出来ない息子エディアルドに、王妃様が心を痛めていた描写があったな。
エディアルド自身も王族以外の貴族を見下していたし、その貴族達もアーノルドに劣るエディアルドを馬鹿にしていた。
そもそも同い年の少年少女に対して、どう接して良いのか、接し方が良く分かっていなかった。
だから小説のエディアルドは負の心を募らせるようになってしまったのだ。
実際のエディアルド殿下は誰かを見下している様子はない。それに話をしている限り、そんなにコミュ障には思えない。
それでも身分が身分だけに、同い年の少年少女とあまり仲よく出来ていなかったのかもしれないな。
ベルミーラお義母様のせいで、王妃様は私に対して悪い印象を抱いたようだけど、少しは払拭できたかな? やっぱり王様と王妃様は敵に回したくないし、そうであって欲しいなと思う。
エディアルド殿下も意外と気さくで話しやすい人だ。一緒にいて落ち着く、居心地が良い人っているけれど、王子に対してそんな気持ちになるって、何か違和感が……この人、王子様なんだよね?
だけど、ふとしたことでエディアルド殿下と目が合ったりすると、ドキッとするのよね。
やっぱりその綺麗すぎる顔は反則だわ。
「ねぇ、クラリス」
「は、はいっっ!?」
目が合ってドキドキしている所に、耳元で囁いてくるもんだから、私はびくんっと肩を振るわせ、裏返った声をあげてしまった。その反応が面白かったのか、エディアルド様はクスクスと笑う。
わーん、何、動揺しているのよ~。私は。
「今の時点では、君は弟の婚約者候補だけど、弟が君を拒むようだったら俺の婚約者になってくれないか?」
「……っっっ!?」
は…………!?
い、今、なっと仰いました!?
私は思わずぶんぶんと首を横に振っていた。
「そ、そんな……恐れ多いです。私は父の言う通り、とても我が侭で」
「話を聞いた限り、君は我が侭じゃないよ?」
「私よりも妹のナタリーの方が愛嬌もあって可愛らしいし」
「愛嬌と可愛さだけじゃ王族の公務は務まらない」
「とてもじゃないけれど、荷が重い……」
「その重責をしっかり認識している君だからこそ、俺は気に入ったんだ」
な、なに、この王子様……こっちが何か言う前に、先回りして言いくるめてくるんですけど!?
小説のエディアルドと全然違うじゃない!! あの悪役王子はヒロインの可愛い顔と、ちょっとした優しい言葉でイチコロになるくらい単純な男だったけど、この人は全然違う。
噂で私のことを判断していないし、お父様の嘘もすぐに見破る洞察力あるし、何より口が立つ。
それに不思議と話が合うのよね。波長が合うというか、相手は十七歳の少年で、二十九歳の記憶を持つ私とはジェネレーションギャップがありそうなのに、何故か一緒にいても違和感がない。
エディアルド殿下は私の右手に自分の左手を重ね、こちらをじっと見詰めながら言った。
「クラリス、どうか俺の婚約者になってほしい」
私は美しすぎる切ない顔、そして吸い込まれるくらい綺麗な空色の目に見詰められ、胸がきゅんっと締め付けられた。
エディアルド殿下をがっかりさせたくない……そんな気持ちで一杯になってしまって。
ほとんど無意識というか、反射的にこくんと頷いてしまったのだった。
◇◇◇
帰宅した私は、夕食を食べることもなくそのままベッドの上にダイブした。
疲れた、疲れた、疲れたぁぁぁ!!
急にお茶会に行くことになるなんて思わなかったよぉぉぉ。
しかも、エディアルド殿下と一緒にお茶を飲むなんてっっっ!!
『クラリス、どうか俺の婚約者になってほしい』
切ない目でこっちを見つめてくる美貌が、目に焼き付いて離れない。あの空色の目に見蕩れてしまった私は何も答えることができず、ただ反射的にこくんと頷いてしまっていた。
私の馬鹿!! 何であの時頷いちゃったのよぉぉぉ!!
小説の主要人物には極力関わらない方がいいのに、婚約者になっちゃったら、そうもいかないくなるじゃないっっ!!
私はボロボロの枕をぽかぽかと叩いた。枕はそのたびに羽が舞うのだけど、今はそんなの気にしている場合じゃない。
しばらくしてから私はもう一度大きな溜息をついて、枕を抱いたまま天井をみつめた。
「………………」
で、でもまぁ、私が頷いたくらいで、婚約が成立するってことはないよね? ただの口約束というか、現場のノリって奴もあるじゃない?
それに王室だってアーノルド殿下の婚約者候補だった私を、エディアルド殿下の婚約者に据えることを了承するとは思えない。
その時バタバタと廊下を走り歩きする足音が聞こえてきた。
この煩い足音はナタリーね。
彼女は例のごとくノックもせずにドアを開けて、部屋に乗り込んできた。
「お姉様っっ!! どういうことなの!? どんな手を使ってエディアルド様を誑かしたの!?」
今日の異母妹の声は何デシベルなのかしら。 相変わらず耳がキーンとくるわ。
彼女はヒステリックな声で私に突っかかってくる。
「別に誑かしたりしていないわ。エディアルド殿下に誘われて一緒にお茶を飲んだだけよ」
「そんなわけないでしょ!? お姉様が色目でも使わない限り、エディアルド様から誘うなんてこと有り得ない。お姉様、絶対魅了の魔術を使ったでしょ!?」
「魅了の魔術は禁術だし、城内はそういった魔術を無効にする、防御魔術もかかっている筈よ?」
「嘘よ!!私、言いふらしてやるんだから!! エディアルド殿下は、お姉様の魅了の魔術に掛かったって」
「勝手にすれば?」
今回のお茶会で、あなたお父様の信用はガタ落ちになっているのだけど、果たして何人の人があなたの言葉を信じるかしらね。
ましてや禁術を使っているなんて言いふらしたら、宮廷魔術師たちがうちに乗り込んで捜査しに来るかもしれないのに。
つれない私の態度に、ナタリーは憤慨してドアを叩きつけるようにして閉め、部屋を出て行った。
私はもう一度深いため息をついた。
あんな馬鹿な言い分ばっかりしていたら、その内社交界の信用を失うわね。お父様もナタリーが絡むといつも以上に判断能力が鈍くなるみたいだし、ろくに領地経営もせずに散財しているから、この家もそんなに長くないかもしれない。
婚約のことで悩む前に、この家が没落することを心配した方がいいかも。平民として暮らせるよう、就職先を探しておかないといけないわね。
私としては、得意な魔術を生かせる冒険者がいいと思っているけど……その前に魔術のスキルをあげないとね
一刻も早く魔術を極める必要があると感じた私は、ベッドから起き上がり魔術書を読むことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます