第13話 悪役令嬢、薬師に弟子入りする①~sideクラリス~
三日後。
執事のトレッドがノックもなしにドアを叩きつけるように開けて、不機嫌な声で「旦那様がお呼びです。どうぞ、執務室の方へ」と言ってきた。
執事ってもう少しお上品な生き物だと思っていたんですけどね。こんな執事に育てられているのだからナタリーも行儀が悪くなるわけだ。
しかも。
「あなたも第一王子に色目を使うとは……大公家の血が泣きますよ?」
「色目なんて使っていないわ」
「あなたの悪評を聞いていたら、王子があなたを相手にする筈がない。魅了の魔術など卑怯な真似はシャーレット家の恥です」
ナタリーの言葉を何の疑いもなく鵜呑みにしている馬鹿執事。
魅了の魔術なんて上級テクニックだし、城内はそういった禁術が使えないように強力な無効魔術を施しているのに。
私は大きな溜息をつきながら、トレッドに促され執務室に入ると、もの凄く不機嫌そうに頬杖をつくお父様の姿があった。
「王室から正式な求婚の申し込みがあった。クラリス、お前はエディアルド殿下の正式な婚約者となる」
「はい?」
王室から正式な求婚申し込みがあれば、王室の弱みでも握っている貴族でもない限り断ることは出来ない。
当然、シャーレット家が求婚の申し込みを断れるわけがない。本当は断りたい気持ちで一杯なのだろうけど、素直に断ろうものなら王家への不敬を疑われることになる。
故に王室から婚約の申し込みがあった時点で、実質婚約確定なのだ。
父の報告によるとアーノルド=ハーディン殿下は私のことを嫌っていたため、喜んで婚約者候補である私を、エディアルド殿下に譲ったのだとか。
何だか嫌な言い方ね。別にアーノルド殿下のものだったわけじゃないのに。
お父様は悔しげに机を叩きつける。
「く……何故、ナタリーじゃなくて貴様なんだ!? エディアルド殿下に魅了の魔術を使ったのは本当なのか?」
「城内で魅了の魔術が使えるわけがないでしょう? ナタリーの言うことを真に受けすぎです」
「ま、まさか……惚れ薬でも入れたのか?」
「国内では違法薬物ですよ。そもそも社交界に出たこともない私が、どうやって手に入れるのです?」
「しかし、そうではないとナタリーよりお前を選ぶなんて有り得ない」
例え私がいなかったとしても、親しくもない王族をファーストネームで呼ぶような、礼儀がなっていない娘は、真っ先に候補者から外れると思うけど。
ナタリーに対する盲愛もここまで来ると哀れになってくる。
それにしてもまさか主人公のアーノルドじゃなくて、悪役のエディアルドの婚約者になるなんて。
悪役同士がくっつくって有りなの?
将来のバッドエンドを回避する為にも、そのパターンも有りは有りなのかもしれない。
エディアルド殿下は、小説とは違いお馬鹿じゃない。むしろ年よりも聡明に思えた。
それに不思議と話も合うのよね。十七歳とは思えないくらい安定した話術は、やっぱり王族だからかな。
彼との結婚、悪くないかもしれない。
アーノルドとミミリアは勝手に幸せにやってくれたらいいから。
だけど、やはり小説の主要人物との関わりを避けたい自分もいて……一応、お父様に訴えてみる。
「お父様、私が殿下の婚約者候補になることなど恐れ多いこと。お父様の口から是非、ナタリーを婚約者候補として推挙してくださいませ」
「ぬう……話が分かっているではないか。しかし、口惜しいことに儂の力ではどうにもならん。ただでさえ今回のお茶会でナタリーを連れていったことで、エディアルド殿下の不興を買っている」
ああ、そりゃそうですよね……招待しているのは私なのに、勝手に代役を立てたら王室としては軽んじられたって思うわ。せめて前もって王室に通達しておけば良かったのだろうけど、友達貴族のお茶会と同じノリで参加しているのだから話にならない。
「殿下の婚約者として上がった以上、失態は許されないぞ? もしエディアルド殿下に飽きられて婚約破棄などなったら、お前はもう役に立たないからな。この家を出て行ってもらう」
「……はーい」
エディアルド殿下に飽きられる……あり得る話なんだよね。だってエディアルド=ハーディンはヒロインであるミミリアに恋をするという設定なのだ。
ううう、そうなるのが嫌だったから、お茶会は避けていたのに。
結局私は、王族の婚約者になってしまった。
しかも相手はアーノルド殿下じゃなくて、エディアルド殿下だ。
婚約者が違うから小説通りの展開になることは避けられるとは思うけれど、王太子の地位を巡っていざこざに巻き込まれるのは嫌だな。
とにかく何があってもいいよう、自立できるように頑張るしかないか。
私がエディアルド殿下の正式な婚約者になってから、家族の風当たりはますます強くなった。
普通の脳味噌の持ち主であれば、王族の婚約者なのだから、もう少し丁重に扱ってくれてもいいような気がする。
特に執事のトレッドなんか「ナタリー様の方が数倍美しいのに……」とか、「エディアルド殿下は誠に見る目がないようで」と事あるごとに私に嫌味を言うことが多くなった。
私が王族の婚約者でありながら、こうも当たりが強いのは、エディアルド殿下よりも、アーノルド殿下の方が王太子候補として有力だからだろう。お父様やお母様はエディアルド殿下の将来は明るくないと見なしている。
代々、王位を争った王族は、処刑、追放、良くても、爵位を与えられ辺境の領地へと追いやられていた。 エディアルド殿下もいずれそうなると彼らは予想している。予想というよりは、希望しているんだけどね。
両親はお茶会でエディアルド殿下に叱責されたことを、もの凄く根に持っているのだ。
そりゃいい年した大人が十七歳の小童に皆の前で怒られたんだものね。その恨みたるもの相当なものだと思うわ。
ナタリーはあれから社交界に出ては、姉から婚約者を奪おうと、ことあるごとにエディアルド殿下に色目を使っていたみたいだけど、全く相手にされていなかった。
やがてそんなエディアルド殿下に腹を立てるようになったナタリーは、ターゲットをアーノルド殿下に変えた。
姉の婚約者を奪うよりは、将来有望な王子を捕まえて姉を見返した方が良いだろう、と思ったのだろう。
「あんな愚かで無能なクズ王子が婚約者なんて、お姉様も可哀想」
「私は今、とても幸せよ? むしろ常識知らずのあなたの方が可哀想なのに」
「何ですって!? もぉ~~~~!! お父様ぁぁぁ、お姉様がぁぁぁ」
記憶が蘇ってから前世の勝ち気な性格も蘇ってしまったようで、以前はナタリーに何か言われてもお父様の怒声が怖くて何も言い返せず、黙っていたけれど、今は魔術書を読みながらしれっと言い返すようになっていた。
そうするとまた決まってお父様が怒鳴り込んで来るんだけどね。
「クラリスッッ! 何度ナタリーを苛めたら気が済むんだ!? おいっっ!! ……話を聞いているのか!? 貴様はっっっ!!」
記憶が蘇る前は恐ろしかったお父様の叱責も、今の私には馬耳東風。お父様の怒鳴り声をBGMに魔術書を読めるまでになったわ。どんなに腹立たしくても、さすがに王子の婚約者に対して、むやみに手を挙げることは出来ないしね。
まぁ、その日の夕食は腐ったトマトのサラダとカビだらけのパンと、酷さが倍増したけどね。
そうそう、ナタリーにサラダの虫を入れて以来、食事は自分の部屋で取るように言われた。
こっちとしては、その方が助かる。
腐った食材は密かに処分できるからね。
こんなもの食べなくても、町で買っておいた美味しいパンがあるし、栄養丸薬もあるからね。
あんまり平然としていると、向こうも躍起になって、食事の酷さがエスカレートさせるので、時々お腹を壊すフリをする。
念のため胃薬は街で買ってあるけど、お腹が痛いフリしているだけなので、今はまだ使っていない。それに薬がなくなっても、最近覚えた治癒魔術でも治せるし。聖女ほど強烈な癒やしは無理だけど、自分の怪我や腹痛くらいは治せるからね。
でも魔術も使えず、薬のストックもなくなってしまった時、自分でも薬を作ることが出来るようになったらいいよね。魔術以外にも薬学の勉強もした方がいいかも。
そういえば小説では、クラリスがミミリアを殺す為に毒薬を手に入れようとするのよね。その毒薬を手に入れる為にクラリスは、とある薬師の息子を人質にとり、毒薬を作らせるの。
その毒は少量ずつ服用し、致死量に至ると死ぬものだ。アリバイ作りに最適な毒。でも調合が難しくて、上級薬師の中でも一部の人しかつくれないの。
物語では結局クラリスに閉じ込められていた薬師の息子をアーノルドが助け出す。
クラリスは薬師を脅して毒薬を作らせたことが露見し、貴族社会から追放されることになるのよね。
その薬師の名はヴィネ=アリアナ
宮廷薬師長にも匹敵する実力を持つ天才薬師の女性だ。
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