第6話 恋愛もしないままに……~side大知~

 俺の名前は結城大知ゆうきたいち

 これまで順風満帆な人生を送ってきたつもりだ。

 厳格な父、優しい母、そして可愛くも生意気になってきた弟妹。

 それなりに愛され、守られて育ち、厳格な父の教育が功を奏したのか、一流大学に進学し、一流企業に就職した。

 面接の印象が良かったのか、研修の成果から判断されたのか、新卒で大手企業の人事部に配属された。

 新人で人事部に配属されるのは珍しく、出世街道に乗ったと父親も喜んでいた。

 実際、人事というのは俺にとって天職だったのだろう。新人の育成や企業戦略にそった人事配属を考えるのはとてもやり甲斐があった。

  

 あ、一つだけ悩みがあるとしたら、彼女が出来ないことかな。

 俺はどこにでもいるような普通の顔、所謂フツメンだから、目立たないというか。合コンに行っても必ず引き立て役になってしまう……それでもまぁ、肩書きは悪くないから、親がたくさんの見合い写真を持ってきてくれる。

 なにげなく見ていた見合い写真の中……お、この娘、可愛いな。

 ちょっと気が強そうだけど意志が強そうでいい目をしている。それに笑顔が魅力的だ。


 名前はヤマモトホノカさんか。


 そうだな、この娘となら……。

 俺が両親にこの娘がいい、と電話したら、ようやく結婚する気になったか、と両親は大喜び。さっそく相手に返事をするからっと父親は誰よりも張り切っていた。

 しかし、しばらくしてから、父親はとても残念そうに俺に伝えてきた。その娘はつい最近、事故で亡くなったのだという――本当に残念だな、可愛い娘だなって思っていたのに。


 

 それからというもの、仕事も順調にいかないことが増えてきた。

 その原因の一つが企画課に所属していた後輩、清水マサヤだ。

 こいつは何度か取引先でトラブルを起こし、今は心身不調状態の為、人事部で一時預かりとなっている。

 心身不調、とはいっても、何かにつけて溜息をついてはグチグチ呟くだけなんだけどな。普通に出社はしているし、単純な業務くらいならこなすことができる。

 企画課では使えなくなったこの人物を、今後どこに配属させるかはまだ決まっていない。上司も今、頭を抱えているところだ。

 俺もこいつがそばにいると、何かと気が散って仕事がはかどらないので、早いところ配属先が決まって欲しいと願うばかり。

 どうも清水は、今付き合っている彼女と上手くいっていないらしく、毎日喧嘩をしているのだとか。

 一回、愚痴を聞いてやったことがあったが、聞くんじゃなかったと後悔した。


「俺……企画書書くのに行き詰まって、元カノに助けを求めたんです。でも着拒にされていて。仕方がないので元カノの仕事場に行って、彼女を訪ねたら……彼女、事故で亡くなっていたんです」


 おいおい、仕事に行き詰まったからって、元カノに助けを求めるか?

 しかも彼女の勤める職場を訪ねただと? 下手をしたらストーカーで訴えられるぞ? 

 もうその時点で呆れて物が言えなかったのだが、めそめそ泣きながら話を続けるものだから、一応我慢して聞いてやることにした。


「彼女の仕事場今、大変なことになっていて……亡くなった彼女が生きていてくれたらって嘆いている社員がたくさんいました」

「ふうん、ずいぶんと優秀な社員だったんだな。その彼女は」

「彼女、会社ではお局様って陰口をたたかれていたんですけどね。若手の子はずっと彼女に頼りっぱなしだったみたいなんです。いざ亡くなったら、フォローしてくれる人がいない事に気づいて、彼女のありがたさが身に染みて分かったのだと思います」


 まぁ、それは今カノを差し置いて、元カノに頼っているお前にも言えることだよな? 自分のことを思いっきり棚にあげて、清水は元カノの勤め先だった会社の悪口を言いまくっている。そして目から涙をボロボロとこぼして、嗚咽交じりに愚痴ってきた。

 


「ううっ……今の彼女は前の彼女と違って掃除をしてくれない。美味しいアップルパイやキッシュも作ってくれないし。えぐっ……洗濯もしてくれないし、ううう……俺が疲れて帰って来てもご飯を作らずに寝ているだけだ。それに俺の仕事のフォローもしないし。彼女が作ってくれたあのアップルパイまた食べたい……」


 ――――お前は、一回死んで来い。

 という言葉が喉から出かかったわ。元カノと比較しすぎだろ? 自分の仕事のフォローまでしてくれる彼女なんか滅多にいねぇよ。

 心身不調になる前、清水は良い企画案をバンバン出してきて、かなり目覚ましい活躍をしていたそうだが、もしかしたら、その企画って彼女が考え出したものだったんじゃないのか。

 私生活も仕事も前の彼女に依存しっぱなしだったのだろう。

 しかもよくよく話を聞くと、その彼女を捨てて、今の女性と付き合うようになったという。

 

「今の彼女はか弱くて、俺が守ってやらないと駄目なんです!前の彼女は俺がいなくても大丈夫だったんで」


 とのことだが、何故そんなか弱い今の彼女が、前の彼女と同じように自分を助けてくれると、思い込んでいたのだろう?

 そもそもお前が自立出来ていないくせに、か弱い彼女とやらを守れるわけがないだろ。

 

 アップルパイやキッシュを作ってくれるような料理上手で、他の家事もちゃんとしてくれる上に、仕事まで助けてくれていた彼女に依存していたくせに、その自覚もなく、若い女に走ったってことだな。とんでもないクズ野郎だな。


 そんな家事も完璧で、いざとなったら仕事も助けてくれるようないい女が俺の彼女だったら、凄く感謝するし、一生大切にするのに。何でこういう奴に限って、そんないい女に縁があるのだろう?

 この世は不平等なものだな。

 そして人生というものは無情なものだ。



 ある日、俺はいつになく疲れて、バスの椅子に揺られながら、うとうとしていた。

 しかし激しいブレーキ音で目を覚ますことになる。

 窓の向こう、トレーラーがこちらに突っ込んでくるのが見えた。

 硝子が割れる音、潰れる金属音の音。

 何がどうなったのか分からない。

 バスが倒れ、沢山の人に押しつぶされ、さらに後頭部を打った感覚がした。

 順風満帆ないい人生だったけど、俺はまだ恋愛も結婚もしていない!

 こんなところで死ぬなんて……っっ!!


 そりゃないだろ、神様ぁぁぁぁぁ!

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