砂漠のオアシス

日永 ふらり

第1話 少年とおじさんと

社会人2年目の夏の話。


わたしは残業が多く、勉強も体力も必要な仕事をしていた。若めの女性にしては体力はなく、活気も特にないのだが、ないものを振り絞りながら日々こなしていた。


面接で自己PRなんか聞かれても、自分のことが好きじゃないから答えられない。こなすから働かせてくださいという感じだった。一応就職はできたが、バリバリのキャリアウーマンには程遠い。


全然充実なんかしてない。


私の職場は離職率が高く、採用されれば祝い金がもらえる。ネットで検索すれば「〇〇会社 ブラック」と予測変換されるらしい。そんなことを知っていれば、私はここに就職しなかったのかな。とにかく就職しないと、稼がないと、自立しないとの気持ち一心だったから、そんなこと思ってもしょうがないが。


一年間勤めて、わたしの同期も、先輩も、毎年、毎月、何人もやめていった。


本当に嵐にみたいに過ぎていった。一年働けば、少しは会社から使い物になってきたと思われたのか。2年目になると仕事の量も増え、後輩もできて、今度は指導していかなくてはならなくなる。


ざっくりとしか教わってこなかったのに、わからないことがあっても「2年目なんだから」という、突き放すような言葉をかけられる。「そんなこと教わってませんが」と心底思うが、会社って、社会って厳しいなって、いつしか自分の中で煮えくり返る気持ちを消化させるようになった。


仕事の疲れが取れないため3連勤だけの勤務でも私にはしんどかった。5連勤になると4日目で体調に異常をきたす。5日目はへましないように、あと一日行けば休み!という気持ちでこなす。


顔は日に日に険しくなっていった。同僚にも、顔疲れてるね、遠慮のない奴だと、「やばいよ顔」「顔が死んでる」とまで言われる。失礼だなーって笑って言い返しているが、言われなくてもわかってるし、言うだけ言って心配はしてくれないのだ

。わたしの性格上、そういうことが言いやすいのだろう。仕事増やしているのはあんたたちだよと、言いたい。


久しぶりに、定時であがれた。人々の帰宅ラッシュの中、足早に電車から降り、改札の方へと階段を下りていく。みんな、疲れた顔をしている。それにひきづられて、私の疲れた顔にさらに磨きがかかる。「早くおうちに帰って、ダラダラしたい」「明日も仕事か、行きたくないな」とばかり考えている。


夏場の空は、夕方6時過ぎてもまだ明るくて気持ちの暗さと釣り合わず、しんどい。家までは駅から徒歩12分程度。信号待ちがなければもっと早く帰れるのになと思う。赤信号のため、横断歩道で立ち止まる。ただでさえ、疲れていると歩行速度が遅いし、信号待ちはつらいのだ。


私の隣にも何人か信号待ちをしている人たちがいる。仕事帰りの人たちと、遊んだ帰りの子供がいる。


すぐ隣には、50代ぐらいのスーツ着た男性が、サッカーの名門、FCバルセロナのユニフォームがデザインされたストラップをつけた携帯をいじっている。


だれがみても地味な私は、実はサッカー観戦が好きだった。そのストラップを見つめ、やはりバルセロナのユニフォームの色やデザインはかっこいいなー、ほしいなーとぼんやり思った。


おじさんは仕事のメールをしているのだろうか。首からぶら下げる用の紐のついた眼鏡をかけ、こじんまりとした定食屋さんにいそうな、ザ・中年男性という感じの人だった。メールをしながら、「はぁ」とため息をつく。わかるよ、疲れるよねおじさん。


若い奴が何言ってんだよって、言われそうだけど私も疲れたんだ。


そのおじさんの隣に、自転車にのった小学校3年生くらいの男の子が目に入った。私と同じように、じっとその中年男性の携帯を見つめていた。


友達と遊んできた帰りなのだろう。いかにもサッカー少年らしく、若々しく、幼さがありながらも、たとえ転んでもかっこいい顔つきをしている。あたりまえだが、今の私より、今を楽しく生きている感じがした、疲れなど知らなさそうな少年だった。


じっとストラップを見つめる様子を察すると、きっと私と同様そのストラップがほしいんだろう。


その少年は、見ず知らずのおじさんに向かって前触れもなく言う。


「おじさん、バルサ好きなの?」


不意に言われたおじさんは、え?と驚きながら携帯からその少年に目を向ける。


「え、え?・・・うん」


戸惑いながら返事をすると、その少年はまっすぐに、元気に言う。


「ぼくも好きー!」


それだけ言って、ちょうど青信号になったところを、自転車で走り去っていった。


わたしも、おじさんはポカンとしてその少年が去るのをみていた。携帯のストラップに目を向け、おじさんが微笑んでいる。


なんか、告白のワンシーンみたような気持ち。いいものみた気がした。


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