インターネットは不滅などという幻想

いずも

インターネットの歴史は大衆の歴史である

 昔、ウェブサイトは一日に4億ほど新たに誕生しているというネット記事を見かけました。

 正確な数字ではありませんし、もう何年も前のことなので今はそれ以上に更新されているのでしょう。

 巨大な数字を見るとまるで宇宙の広がりのようです。

 もはや人間には正確に観測することは不可能でしょう。


 この未確認で進行形のインターネットですが、それでも何とか把握しようとするならば「インターネットの歴史」というものを定義してやることで多少は理解できるのではないでしょうか。


 そもそも歴史というものは例えば平安鎌倉室町……といった過去の出来事をまとめたものです。

 今なお現在進行系のインターネットは歴史というより現代史に近く、学問として確立しているわけでもないため正解がありません。


 たとえばスティーブ・ジョブズは死にましたがアップル社は現存しています。

 ジョブズの歴史は編纂可能ですが、アップル社の歴史は2022年1月現在までしか確定していません。

 先の歴史なんてありませんからね。

 たとえ今後iPhone14が発売されることが確定事項だったとしても、現時点では歴史足り得ないのです。


 そもそもアップルの歴史とは。

 MacBookやiPhoneを発売して、歴代CEOは誰で……

 そんな客観的な事実で、誰の目にも明らかな事象、物理的な証拠が残されている出来事を意味します。



 では、とは。

 今なお生きている人々が現在進行系で更新を続けるこの世界です。


 インターネットの歴史という言葉から求められるものは、例えば――



 2000年11月 .com/.net/.orgで国際化ドメイン名(IDN)の試験登録サービスが開始

 2004年2月 Facebook誕生 mixi誕生

 2004年9月 NTT東日本が「ひかり電話」サービス開始

 2006年6月 Twitter誕生

 2011年6月 LINEサービス開始

 2015年7月 windows10配布



 もちろんこれだって正解です。

 テストなら百点満点の解答でしょう。

 ここはマイクロソフトが生まれなかった世界軸ではありませんから、しっかりと最新版のWindows11まで誕生している世界です。

 え、Windowsは10で終わったんじゃないのかって?

 残念ながらこちらの世界では11が発売されてしまっているんです。


 しかしこの歴史、果たして一般教養と何が違うのでしょうか。

 もちろん歴史も教養の一部です。

 しかしこれらの事象を過去のだと我々は認識しているのでしょうか。



 そもそもこれは年表です。

 事実の羅列でしかないのです。

 ただの暗記対象であり、みんなの嫌いな面白くない方の歴史です。

 歴史を面白いと思うかつまらないと思うかの大きな違いは、歴史という科目を「暗記教科」でしかないとみなすか否かです。


 歴史とは日々の営みの積み重ねです。

 その結果として新たな発明が生み出されようが、戦争が起きようが、国家が成立しようが、全て突き詰めれば個々人の出来事をすり合わせていって巨大な共通認識へと導いた結果です。

 江戸時代は徳川幕府の時代ですが、マクロで見れば15人の将軍の人生をまとめたもの、しかしミクロで見れば武士に町民、江戸に堺に琉球まで、ひとりひとりの人間が歩んできた人生が積み重なって積み上げられて成立したものです。



 歴史を考える上で大切なことはその「出来事」によって何が起きたか。


 Twitterが誕生して世の中はどう変わったか。

 なぜLINEというサービスが誕生したのか。

 windows10によってどのようなサービスが生まれたか。


 これらは点と点ではなく線でつながっています。

 ある日突然LINEというサービスが現れて世界中に拡散していったのではありません。

 サービスの誕生には歴史あり。

 サービスの普及には歴史あり。

 そして利用しているあなたにも歴史あり。

 利用者のいないサービスは普及しているとは言えませんよね。

 つまり私やあなたが、人生において関わることもないような見知らぬ誰かが利用することで「LINEというサービスが誕生した」という歴史が生まれるのです。


 一見無関係に見えるサービスも同じインターネットの世界で関わりがないはずがないのです。

 むしろ繋がりを見出すことこそ今を生きる我々が果たすべき歴史の醍醐味と言えるでしょう。



 これはインターネットに限らず全てにおいて言えます。


 岸田内閣であなたや私の生活はどう変わりましたか。

 菅内閣ではどうでしょう。


 緊急事態宣言が出され、多くの店が時短営業に切り替わりました。


 ……それで?

 それだけ?

 あなたの歩んできた人生にそれらは何の影響も与えませんでしたか?


 行きつけの居酒屋に通えない日々が続いたでしょう。

 あるいはカラオケにも行けなかったでしょう。

 はたまた協力金が遅いと憤ったでしょう。

 対面授業もままならず、描いたキャンパスライフは泡と消えたでしょう。

 夫や子供が一日中家にいて家事に疲れたでしょう。

 そして家族の死に目に会えなかったこともあったでしょう。

 歴史とは、それら個々人の日々の積み重ねの上に生まれるものです。



 さて。


 2015年7月 windows10配布


 そんな当たり障りのないお行儀の良い歴史は論文にでも任せておきます。

 先程からずっと述べている通り、歴史とは個人の出来事の積み重ねである。

 ということは。

 インターネットの歴史、というものはでもあるということです。


 長々とくだらないことを書き連ねてまいりましたが、つまりは私の思い出話でも聞いていっておくんなましというわけです。

 若い人には与太話、当時を知る人にはよもやま話。



 私のインターネット元年はミレニアム、2000年の終わりから始まりました。

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